第十一話

 魔王が復活した。


 すぐに、帝国軍を、魔境と隣接する魔物や魔獣の溢れる死の森へ進軍させることが決まった。

 俺は、これは絶好の機会だと思い、すぐに皇帝である父に頼み込む。


「皇帝陛下、どうか兄上と私に軍の指揮権をお与え下さい」


「うむ。成る程。そういう策か」


「はい、そういう策です」


 父と二人してニヤリと口元を上げる。

 俺は、確かに強いが、それは俺というとしての突出した能力だ。だが、兄も強いが強いだけではなく、個々をうまく使いまとめ上げる能力が非常に高いのだ。それは、軍の采配にも及び、軍師としての才は、ほどほどに優秀な俺よりも圧倒的に上なのだ。

 だから、俺が全力で軍の指揮を振るおうとも、当然の如く、俺は、兄ヨハネスにのだ。


「第一皇子ヨハネス、第二皇子ユリウス。両名に帝国軍の指揮権をそれぞれ与える。勇者の魔王封印まで、死の森で采配を振るい、成果を上げた方を皇太子としよう」


「「承りました」」


 兄も俺も全力で、小細工なしで願った結果を得れる。俺達兄弟にとって、何の憂いもない皇太子選定の手段が絶好の機会として訪れたのだ。


「兄上、馬鹿な振る舞いは多少はしますが、俺、民のために頑張りますね」


「ユーリ、僕も民のために全力を出すよ。弟にかっこ悪いところは見せれないしね。早くユーリと手を取り合って国を豊かにしたいよ」


「俺もです」


 死の森で軍を展開し、たったの三日で俺と兄との差は歴然としたものとなった。

 開始から、いや、開始前から兄の指揮は違う。兵糧の運搬計画からして違ったし、部隊の配置や交代のタイミング、傭兵との連携、何をとっても完璧で、予測よりもっと被害や消費も少なく成果を上げるのだ。皆の前では、皇帝の座を狙う馬鹿皇子として悔しがるが、心では、兄のかっこよさに毎回興奮しっぱなしだった。兄上かっこいい!!


 四日目。

 日々増える魔獣や魔物の数での疲労と、俺もそれなりに優秀な指揮を取るが、圧倒的な成果を得る兄の軍隊を横目に士気が少し下がってきていた。なので、自軍の兵達に活を入れようと、優秀な帝国軍の軍師に少し場を預け、馬鹿を演じることにした。


「俺様一人である程度魔物共を片付けてやる!俺様こそ皇帝にふさわしいのだと示してやる!」


「殿下、お一人では危険です!お待ち下さい!」


「キース、うるさいぞ。おい、お前達、キースを止めておけ」


 心配して慌てて追いかけて来ようとする側近キースを、近くにいた兵士に抑えさせたのを確認して、魔法で身体強化をかけて、一人で魔物の群れに突っ込んでいく。

 死の森めがけ、派手で威力のある攻撃魔法をまずは一発。うん。歓声が聞こえる。派手な魔法は士気が上がるよね。良かった。それから、剣も魔法で強化しつつ、ギリギリ自軍や傭兵たちの邪魔にならない魔獣の群れに一人突っ込み、剣を振り回す。

 俺は、日々の努力を人目に晒してはいけなかったから、毎日短時間だけ人目を避け、隠れて兄とだけ鍛錬を重ねてきた。だから、思いっきり遠慮なく、人目を憚らず剣を振るえることに開放感を感じていた。

 それに、こんなふうに一人抜け出し、周りとの連携の取れない勝手な行動は軍人として失格。ましてや、今は一軍を預かる指揮官だ。普通ならこんな軍規破り、除隊だけじゃ済まないだろう。これで、兄上の評判がもっと上がるな、なんて考え、目の前の魔物の首を落とした瞬間だった。


 俺は、剣を光らせ―――勇者に選ばれてしまった。


 せっかく作り上げてきた、皇帝に相応しくない横暴な皇子ユリウスは、勇者ユリウスとして名称を変え、魔王の復活を不安に思う民達の希望となってしまったのだ。


 勇者として、魔王の元へ行かなくてはならない。父の『勇者の魔王封印まで、死の森で采配を振るい、成果を上げた方を皇太子としよう』というせっかくの何の憂いもない皇太子選定が、台無しだ。

 死の森での皇太子選定の土台が崩れたことで、兄の優位性も崩れたことになる。

 勇者という肩書は、この世界では圧倒的に強く、俺には諸刃の剣でしかない。


 俺は、決意を固める。

 一番は、魔王を討伐し俺自身が散り、兄上の治世の礎となること。これが最善だ。兄のために、帝国のために、過去の勇者達の為に、この命を使えるのなら本望だ。

 仮に、魔王討伐が叶わぬのなら、中途半端に命を残せない。勇者という肩書があるからこそ、長らく生きては兄の枷となる。


 ―――勇者となった俺は、生き延びてはならない



 俺は、もう生きて戻らない為に、勇者一行の出陣までの約一ヶ月をギリギリまで有効に使うことにした。

 必ず達成しなければいけないのは『こんな勇者が皇帝になったら帝国は終わりだ』と臣民に思わせること。

 それから、俺の生への未練となり、楔となり得る大切な人達との縁を断ち切ること―――だ。

 その為に不可欠な、一ヶ月。


 今夜、明日出陣する勇者一行の旅立ちに際し、前途を祝して激励するための夜会が盛大に開かれる。


 この一ヶ月「魔王封印には必ず向かう。それまで一人にしてほしい」と言い、俺は帝都に戻ってから部屋に結界を張り、引き籠もって誰にも会わずに過ごした。勇者に必要な連絡も、キースに言いつけ、全て書面で、一日一度、時間を決めて、緩めた結界の隙間から食事と共に提出させ、一切誰とも顔も合わせずに引き籠もった。

 父も兄ヨハネスもキースも、誰しもが俺の行動に戸惑っていた。

 だが、勇者として、帝国に生まれた皇子として、兄の弟として、どうしても必要なことだった。


 一月ぶりに部屋から出てきた俺を一番に待ち構えていたのは、側近のキースだった。


「‥‥‥!?殿下っ!ああ、そのお姿は‥‥‥心配しました!」


 食事は取ってはいたが、湯にも浸からず着替えもせず、ただひたすらにやるべきことをしていた俺は、髪も髭も伸びっぱなしで、服も小汚く、体からは据えた匂いが漂う浮浪者のようだ。

 心配するキースを、できるだけ何の感情も示さずに一瞥し「身を清める、湯を用意しろ」と、淡々と命じる。俺の纏う雰囲気が、見たこともないものだったのだろう。キースは、ビクリと方を震わせ「畏まりました」と、一礼した。

 湯を浴び、髪と髭を整え、皇子としての正装に着替えたタイミングで、連絡を受けた皇帝である父と兄ヨハネスが、部屋に飛び込んできた。兄が素早く、キースも使用人も外へ出し人払いをする。


「突然、部屋に引きこもり心配したぞ。どうした、父に話せぬことか?」


「ユーリ、兄に何でも頼れ、何があったんだ?」


 ぐっと堪え、腹に力を入れる。

 感情を平坦に、平坦に、決して―――見抜かれるな。


「魔王封印から戻ったら話します。それよりこれから夜会ですよね。勇者の義務としてちゃんと出席しますからご安心を」


 そう、感情なく冷めた目と抑揚のない声色で口に出し、父と兄の横をすり抜け、会場の控室へ向かう。


「殿下、足手まといにならないようにしますから私も魔王封印へお連れ下さい!」


 控室で、いきなり跪き、頭を床に押し付けながらキースが懇願してきた。


「十歳で殿下の側近としてお仕えして、殿下がヨハネス殿下の支えになろうと努力する様をずっと見て参りました。この数年のおかしな行動はヨハネス様のためでしょう。ユリウス様の嘘くらい見抜けます。だから、私もその嘘に誠心誠意付き合いました。でも、一月ぶりに部屋から出てきたユリウス様は、なぜかいなくなってしまいそうで怖いんです。どうか、どうか私もお連れ下さい!」


 まさか、キースが全部気付いていたなんて‥‥‥。

 それに、俺がここに戻らないことも勘付いている‥‥‥。

 そう言えば、隠し事はしてきたが、それでも俺の傍に誰より長くいたのは‥‥‥キース、だ。どんなに俺に邪険にされても、俺の行動のとばっちりを受けて代わりに謝罪させられても、父と兄以外で、唯一、キースだけは変わらなかった。


 俺は、いつものように「うるさい」とも「邪魔だ」とも言わず、ただ、キースを無視し続けた。

「殿下、お時間です」と、呼び出しに来た使用人に促され、控室を出る。足元のキースを足で押し退けながら。キースの「ユリウス様‥‥‥」という呻くようなか細いキースの声に、動揺しそうになるが、気付かれぬように薄く息を吐いて心を平坦に戻す。

 夜会会場へ足を進める。

 二歩ほど後ろから、キースが付き従って歩く足音が妙に床に響いて聞こえた。


 帝国らしい豪華絢爛な綺羅びやかな夜会。特に、自国の皇子の勇者が主役とあって、いつも以上の熱気に酔いそうな程、空気が色付いていた。

 父である皇帝の言を受け、拍手と歓声の中、俺は、会場をゆっくりを首を動かしながら見回し、姿勢を正し、ある一点を見ながら、拡声魔法を最初の一言だけに使う。


「黙れ」


 感情なく、できるだけ冷徹に、平坦に、俺の出せる一番低い声色で告げたその一言は、魔法により会場全体に余すことなく響き渡った。

 一気に静まり返る会場を見渡し、一歩だけ足を進める。


「エリザベス、前へ」


 急に呼ばれ驚き、萎縮する婚約者のエリザベスが近付いてくる。いつもの淑女然たる姿を完璧に装えず、僅かに怯えがその目に見えた。


「エリザベス、お前との婚約を破棄する」


 目を見開くが、さすがエリザベス。すぐに動揺を隠し、真っ直ぐにこちらに目を向ける。


「理由をお聞かせ願えますでしょうか」


「勇者たる俺に、お前などでは身分が低い。それに、お前の顔も性格も前から気に食わない」


「‥‥‥左様でござい‥ます、か」


「ああ。それから、キース、勇者でいずれ皇帝となる俺に無能は必要ない。今からお前は俺の側近ではない。お前にエリザベスをやろう。最後の餞別だ。有り難く思え」


 キースもエリザベスも、目を見開いて固まっている。

 実は、エリザベスはキースに想いを寄せている。昔から、気付かれないように俺を見るふりをしてキースをいつも目で追っているのを知っていた。それに、キースは無自覚にエリザベスを目で追う。キースは鈍感だから気付いてもいないが、エリザベスが好きだ。エリザベスの想いを無視して、キースの気付かぬ恋を気付かせぬように、皇子だからこそ、義務を全うしてエリザベスを兄の立太子後は大事にしようと思ってはいたが、この機会を有効に使いたい。お互いに想い合っているのだから幸せになってほしい。大事な二人だから。キース、早く気付けよ。


「ユリウス、何を言ってるんだ‥‥‥」


 誰も声を発せない中、兄ヨハネスが、あり得ない、という顔をして声を震わせた。

 公式の場での皇族の発言は、簡単には取り消せない。だからこそ、今まで俺も兄も公式な発言は人一倍気を付けてきた。それなのに、こんな事をかす俺が信じられないのだろう。


「ああ、兄上。兄上の婚約者のレイチェルを俺に下さい。エリザベスより身分が上だ。ちょうど良い。勇者である俺が皇帝になるのですから、構わないでしょう」


 エリザベスは、筆頭侯爵家の令嬢。レイチェルは、公爵令嬢。爵位なら確かにレイチェルが上だが、今の政治情勢では、実質的な差はなく、全く意味がない。冷静に考えれば、笑い飛ばされるくらいな幼稚な煽りも、兄上だけにはよく効く。ほら、兄上の感情をいとも簡単に引き出せた。


「ふざけるなっ!ユリウス!お前、何を―――」


 俺とレイチェル以外の全員が、その場に強制的に膝と手をつき崩れ落ちる。今、残っていない古代魔法のひとつ、重力を操る魔法を使い、全員を跪かせる。体全体にかかる大きな負荷は、前列にいた選ばれし強者―――勇者一行達でも抗えず、自由を奪い取る。皆、未知の所業に畏怖せざる得ないだろう。

 俺は、ゆっくりと歩き、一人取り残されたように立ちつくし、何が起こったかわからずガタガタと震えているレイチェルの元まで歩く。そして、レイチェルの隣で、必死に抗おうとしている兄に見せつけるようにレイチェルの腰を引いて抱き寄せた。


「兄上、見て下さい。皇帝である父上ですら、ほら‥‥‥俺に跪いている。苦しそうですね。驚きましたか?これも勇者である俺の力です。勝てないでしょう?」


「ゆ‥‥ユーリ‥‥おまえ‥」


 歯を食いしばる兄の口元には血が滲んでいる。兄ヨハネスと、婚約者のレイチェルは、父の選んだ政略なのだが、両親とは違い、相思相愛で二人共愛し合っている。兄の唯一の弱点であるレイチェルをこんなふうに乱暴に抱き寄せれば、この一時いっときだけでも、兄からのはじめての憎しみの目を向けてもらえると思った。後で気付くだろうが、この目を拝めただけで、この世の未練をひとつ減らせた気がした。


「父上、見事、魔王を封印してみせましょう。俺は勇者ですから。帰ってきたら、皇帝のその椅子は俺が貰います。誰にも、文句は言わせない」


 父は、無言で俺を見上げるばかりで、声を出す気はないようだ。

 さすが皇帝、さすが俺の父上だ。気付いている。だから、何も言わないでいてくれている。為政者として、俺の尻拭いをしてくれるだろう。安心だ。

 父の横に目を滑らせる。


「母上、よかったですね。お望み通り、俺が皇帝ですよ」


 抵抗できず、顔もあげられず声も出ずの母の顔がどうだかは確認できなかった。

 魔法を少し操作して、全員の頭だけ重力を戻し、顔を上げさせる。


「俺は、ずっと兄と比べられてきた。俺を馬鹿にした者、俺を操ろうと近付いた卑怯者、兄に味方した者、傍観者となり中立だといって距離を取っていた者。俺は全てが気に食わない」


 兄派も、俺派も、中立派も全てに当てはまるような言い方を態とすると、ほぼ全員の顔が引き攣ったのがわかる。


「俺は勇者だ。今体感している力でわかるだろう?誰も俺に勝てないと。魔王は封印してやる。だが、その後は、俺がこの帝国を支配する。どう立ち回るか、しっかり考えておけ」


 俺の腕の中でいつの間にか気を失っているレイチェルを、兄上の方へ押すと同時に、重力を元に戻した。すぐに、兄は、倒れかかるレイチェルに駆け寄り抱きかかえる。

 まだ、頭に血が登っているだろう兄上を一瞥し、兄上がなにか言う前に、残っていない古代魔法のひとつを使い、その場から姿を文字通り

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