三年しか魔王を封印できなかった勇者ヨハン
第八話
歴史を持つ伯爵家には、年子で男ばかりの三兄弟がいた。ヨハンはその次男だ。
代々ではないが、伯爵家の長い歴史の中で王家が直轄する騎士団に騎士を幾度となく輩出し、過去様々な名誉を賜ってきた家で、現当主は、当主を引き継ぐまで騎士団で隊長を務めた人物でもあった。
だから、騎士としての意識が強く、せっかく男子ばかり三人生まれたので、一人でも騎士として立派に身を立ててほしいという願望があった。
幼い頃から子供達に木剣を握らせ、時間がある時は自ら手解きをする。
普通の貴族よりも長い時間を父子で共有することで、三兄弟は、父から教えられた騎士道精神を持ち合わせた真っ直ぐで正義感の強い子に育っていった。
ヨハンが十三歳の頃、派閥の長である公爵家の立派な庭園で開かれる茶会に兄と共に連れて行ってもらった。この茶会は、派閥の家門が年に一度全家参加する大規模なもので、派閥のつながりを深めるためにも、ある程度、作法に問題なく、分別がつくようになれば子どもの参加も推奨されているものだった。
兄は既に参加済みで今回三度目の参加だ。ヨハンは今回初めての参加となる。
公爵家の広大な庭園には、有名な庭園迷路がある。綺麗に刈り込まれた樹木だけでなく、所々咲き誇る様々な種類の薔薇が咲き誇り鮮やかな彩りを加えられている。
茶会に集められた子供達は、これを楽しみに来る子も多く、兄から話だけは聞いていたが、はじめてその庭園迷路に挑めるとあってヨハンはわくわくとしていた。
庭園迷路は、楽しかった。
あっちだと思い進めば行き止まり。こっちかと足を進めればみたことのある場所で振り出しに戻ってしまう。
さんざん楽しみ、庭園迷路から出ると、少し遠くに小さめのガゼボが見えた。ちょうど良い木陰にあり、ガゼボ周りの木々が風でそよそよとなびいていた。
動き回り、涼みたいと思っていたで、涼しそうなそのガゼボに足を運ぶことにした。
ちょっと疲れたなぁ。喉も乾いたや。兄さんは父上のところかな?
そんな風に、ガゼボの椅子で人目がないことをいいことに足を伸ばしてだらしなく背をつけていた。
「あら、先客がいたのね。お隣いいかしら?」
背後から声をかけられびっくりして椅子から慌てて立ち上がる。
振り返ると、同じくらいの背丈の美しい少女がいた。
「‥‥‥」
「あの?お隣よろしい?」
初めて同じ年頃の令嬢と至近距離で言葉を交わしたことで、頭が真っ白になっていたヨハンは、ハッとして「も‥‥もちろんです!」と騎士の如く直立し、声を張り上げて答えてしまった。
「ふふ、元気な方ね」
「すみません‥‥‥」
大きな声を出した自覚はあるので、思わず赤面して情けなく謝った。
「私は、アンヌ。伯爵家の長女です」
「僕は、ヨハンです。伯爵家の次男です」
こんな情けない出会いではあったが、その後はアンヌと楽しくたくさんの話をすることが出来た。
アンヌは、ヨハンと同じ十三歳で、上に兄が一人、下に弟と妹がいる。しっかりもので、意見をハキハキ話すところにとても好感が持てたし、何より、アンヌくらい美しい女の子は見たことがなくて、ヨハンは一人盛り上がる。
最後は別れ際に「また来年に」という言葉をもらい、一年も先だと言うのに、その場から一年先に思いを馳せるほどに舞い上がっていた。
それから一年、アンヌにかっこいいと思ってほしくて勉強も剣の稽古も気合を入れて頑張った。会えない時間がアンヌへの想いを募らせ続ける。
だから、一年後の公爵家の茶会で再開し、想いが溢れ、気付いからありったけの想いを伝えていた。だが、こう言われるとは想像してもいなかった。
「ヨハンのことは好ましいと思いますよ。ですが、私も貴族の娘。好き嫌いではお付き合いは出来ません。嫡男でないと嫁げませんわ。ヨハンは次男ですもの」
ヨハンだけでなく、貴族の次男の大半をサクッと切り捨てる思い切りの良いあまりに正直な断りだ。現実はとてつもなく厳しいものだった。
かなり落ち込んだ。伯爵家の護衛との稽古で、わざと反撃せず自らズタボロになりにいくくらい凹んだし、何も考えたくなくて何日も寝食以外は、誰に止められても一日中走り続けるくらいに傷ついた。
だが、怪しい行動を繰り返すヨハンを見兼ねた兄に「正気になれ」と殴られ、正気に戻った時思い出す。アンヌは「ヨハンのことは好ましい」と言った。騎士として身を立て、功績を取れば叙爵も夢じゃない。次期当主である嫡男の兄を押しのけるつもりもないヨハンは、この日、騎士になることを決意した。
それからは、並々ならぬ努力をした。
十五歳で騎士見習いとなり、十六歳で騎士団への正式な入団が認めらることになり、年度の変わる三ヶ月後には目標としてきた本物の騎士となる。
そんな時、ヨハンの運命を一変させる出来事が起こる。
魔王が復活し、剣を光らせヨハンが勇者に選ばれたのだ。
兄が言った。
「勇者であるヨハンが爵位を継ぐべきだ。長男だから今まで言えなかったが、俺は家を継ぐより騎士として身を立てたい。父上、ヨハンに継がせてください」
「‥‥‥そうか。おまえがそんな夢を持っていたとは気付いてやれずすまん。ヨハン、おまえを後継者に指名する」
「‥‥‥承りました、父上」
そう、父には答えたが、ヨハンは悩んでいた。
勇者となった瞬間に流れ込んできた歴代の勇者の想いに応えたいと。自分が最後の勇者となり、魔王を討伐し平和な世の礎となりたいと思っていた。
だが、歴代の勇者が尽く討伐に失敗し、封印しかできない千年以上の歴史に、自分が歴代の勇者ができなかったことが果たして可能なのだろうか、と思い悩む。
もし、討伐でき自分が死んでも兄も弟もいるから伯爵家は存続でき、家族は悲しませるが家として困ることはないだろう。
それよりも、どうしたら命への未練を断ち切り魔王を討伐できるか、である。
その二日後、急に父と共に派閥の長である公爵様に呼び出された。
最初は、勇者となったことを称えられていたが、その話が一段落すると思いも寄らない話になった。
「ヨハンくんは、アンヌのことを慕っているらしいが、娶る気はないかね?」
「???????!!!!!!!」
何を言われたか最初は理解できず、理解した時には声が出なかった。なぜ公爵様が俺の秘めた想いを知っている?誰にも打ち明けたことがないのに。それに、アンヌを娶る?!え?夢?夢なの‥か?夢だから勇者になってこんな夢のような提案をされているのでは?はて?ここはどこ?
「しっかりせんか!」
父に頭を叩かれ現実に引き戻される。
だが、ヨハンは困った。アンヌのことは世界中の誰よりも愛している。だからこそ困っていた。
ここで「是非にも!ありがたき幸せ!」と喜び勇んで返答し、婚約が成立すれば、もしも勇者の悲願が叶い魔王を討伐できても、ヨハンの死を以って、婚約解消または婚約白紙でアンヌに瑕疵が付く可能性がある。
それに、悲願叶わず魔王を封印した場合、どれだけ寿命が残っているかわからない。アンヌを若くして未亡人にしてしまう可能性がある。
どっちに転んでもアンヌの幸せには繋がらないだろう。
アンヌの幸せを願うなら断るべきだ‥‥‥。
答えずに黙り込むヨハンをよそに、公爵は使用人に声をかけたが、思考の海にどっぷり浸かるヨハンは気付かない。
そして父に小突かれ、顔を上げると、目の前に恋い焦がれていたアンヌがいた。
盛大に断られたあの日から茶会には参加していないので、二年ぶりのアンヌだ。
髪は艶めき絹のよう、肌は白く陶器のようで、顔はたった二年で大人びており、美しさに磨きがかかりもはや輝いて見える。女神だろうか?光を纏う美女なんて現実にはいないから女神なのだろう。そうに違いない。
そして、正気に戻った時には家におり、呆けている間にアンアとの婚約が―――成立していた。
なんで?
王城から勇者一行が出発する際、アンヌが見送りに来てくれた。
「あの日、公爵様もお父様たちもいる前で跪いて愛を乞われた時は驚きました。けれど、嬉しかったです。無事、務めを果たし勇者様の妻にしてくださいましね」
全く記憶がない。記憶のない間に跪いて愛を乞うていたとは‥‥‥。
これでは、アンヌを不幸にするばかりではないか!!!
だが、上目遣いで見つめられ、頭から湯気立ちそうなほど熱くなる。おかげで、また何を口走ったのか全く覚えていない。記憶とはこうも不確かなものだったのだろうか?
魔王城に向かう道中は、闘うことに必死で、どうしたらアンアを悲しませずにできるかまともに考えることができなかった。それでも、短い休憩の合間は、頭の中の全てをアンヌが占める。
魔王城の城下町からは魔獣や魔物、魔族も強敵揃いでひたすら無心で剣を振るう。
無心で振るい続け、いつの間にかヨハンは―――魔王に聖剣をぶっ刺していた。
聖剣から光が溢れ、自分の中の命が消えていくのを感じ、意識は無から有へ。
その時浮かんだのは『妻にしてくださいましね』と、見送ってくれたアンヌの瞳。
しまったあああああああああ!!!
ああ、なんてことを仕出かしてしまったのだろう。
わかる。勇者
三年だ。たったの三年分程の命しか捧げられなかったのだ。
実際に、たった三年しか魔王を封印できなかった勇者として勇者ヨハンは名を残してしまった。
無心とはすごいもので、何もない状態である。だからこそ、歴代の勇者の誰よりも魔王討伐に大手をかけていたのに‥‥‥。勇者の悲願は今回も叶うことはなかった。
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