第七話

 俺の剣から光が溢れた瞬間に、確信した。


 俺こそが―――最期の勇者―――なのだと。



 あの光の溢れた一瞬の間に、何の抵抗もなく一気に大量の情報が流れ込んできた。

 それは、最初の勇者から今までの歴代の勇者全ての記憶や感情。

 なぜ魔王が魔王城に居て魔境が生まれたのか。なぜ勇者がいるのか。聖剣とは何なのか。

 誰も知らない、勇者と魔王の“事実”が今生きている中では俺だけに明かされたのだ。


 ―――そして理解した

 なぜ、歴代の勇者が魔王をしかできなかったのかを。

 ―――そして確信した

 俺は、魔王をし、最後の勇者になれるのだと。



 歴代の勇者達の封印は、平均十年から四十年。なぜ、バラツキがあるのか?歴史研究者が、聖職者が、何百年も研究し仮説を立ててきたが誰も解明できなかった。

 では、真実を明かそう。勇者が用いる力の根源は―――勇者の命―――であると。

 命を使って封印するという事実を。


 封印年数が短い場合、あまり命を捧げなかった勇者だからだ。

 封印年数が長い場合、より多くの命を捧げた勇者だからだ。


 では、どうやって命を捧げるのか?捧げる命の長短を決める要因は何か?

 それは、“生きたい”という、生物の根本的な本能の有無。生への未練が多ければ多いほど封印期間は短く、未練がないほど長く封印できる。

 だから、封印後の勇者の残りの命も明白だ。


 封印年数が短い勇者の場合、残りの人生を長く生きた。

 封印年数が長い勇者の場合、残りの人生が短かった。


 ほとんど例外なく、歴代の勇者は責任感も使命感も正義感も強かった。

 最初の勇者から脈々と受け継がれてきた勇者たちの記憶により、どの歴代の勇者も、強い意志を以って、我こそは最後の勇者となり、魔王を討伐してみせると決意していたようだ。

 だが、命を対価とするこの力は、決して表に出さない心の奥深くにある僅かな生への未練さえも暴き出す。


 どんなに強い意志で魔王討伐を決意しても、歴代のどの勇者も誰一人としてそれを叶えることが出来なかった。


 千年以上にわたり、歴代の勇者たちの達成できなかった魔王討伐への未練は、魔王の封印期間となって露見する。勇者以外にはわからないが、勇者だけには明確な命の対価の証明書だった。

 他の勇者と存命期間が被れば最悪だ。その勇者は、自分よりも封印期間が短いのか、長いのか。

 勇者たちは、封印をした後も、死ぬまで苦悩することになる。

 なぜ、自分を犠牲に出来なかったのか、と。世界の平和のために犠牲を払うなど当然だったのに、と。


 そんな、たくさんの歴代の勇者達の記憶や感情が流れ込み、俺が―――最期の勇者―――になれると確信が持てた。


 俺は、自分じゃ死ねない。

 母さんに「生きろ」と言われたから。

 寿命が尽きるまで生きなければならないと思っていたけれど、勇者はその厄介な寿命―――勇者の命を対価とする。

 父さんも、母さんも、弟ジョイも、父ちゃんも、俺を現世に留めるような生への未練のくさびとなる大切な愛する人は誰ひとり残っていない。

 友達も居ないし、知り合いに何の感情も持っていないし、地位も名誉も金にも興味はない。だから、俺にはこの世に縛るものが何もなかった。

 むしろ、早く死んで父さん、母さん、ジョイ、父ちゃんの元へ駆けつけたかった。


 歴代の勇者には悪いが、人類の平和も正直どうでもいい。

 自分じゃ死ねない俺の命の使い方を与えてくれて、魔王に感謝すらしてしまいそうだ。


 喜んで俺の命の全てを捧げよう。







 なのに、もう魔王との対峙まであと少し、やっと死ねるのだ、と言うタイミングで、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ‥‥‥。


 俺の目の前にいる、特徴的な蝶の形の痣を持つ年下の少年魔道士ジョイは、俺の弟だ。

 弟が生きていたのだ。

 弟と同じ名前なのが気に食わなくて、ずっと避けていたので、拭き終わったと思ったのか「マルクさんありがとうぉ~」と振り向いて笑顔を振りまくジョイの顔を初めて真正面から見た。

 俺と同じ赤みがかった父さんに似た茶髪。

 幼い面影を残す母さんそっくりのタレ目。

 人違いだと思い込もうとしても、だめだった。この子はジョイだ。弟のジョイなのだ。


 なぜだか理由はわからないが生きていたジョイの平和な未来を願おう。

 そのために、予定通り俺の命の全てを捧げよう。

 そう決意して、その時を待った。


 魔王に留めを刺す。魔王の胸の中央に聖剣となった俺の剣を力いっぱい差し込むのだ。

 勇者としての力―――俺の命が、全身から奪われていくのを感じた。

 父さん、母さん、父ちゃん、今行くよ。

 なのに、最後の力の、命の一滴を奪われて瞬間的に理解した。

 魔王をのだと。

 決して表に出さない心の奥深くにある僅かな生への未練さえも暴き出す。

 些細な俺の未練は、一時間ほどの余命となったのだとわかった。


 魔王封印を達成したと歓喜する勇者一行を眺め、俺はジョイに声をかけた。


「ジョイ、俺がおまえの兄ちゃんだ」


「え?」


「ジョイは親の記憶とかあるか?」


「え‥‥‥。僕、養子なんです。親の記憶はなくて、兄の名前だけ覚えてます。マ‥‥マルクって、兄の名前。え?本当にマルクさんが僕の兄なんですか?」


「ああ、さっき背中を拭いた時にわかったよ。その蝶の痣、俺の弟のジョイのものだ。その髪の色、父さんと俺と同じだ。目は母さんにそっくりだ」


 それから、俺は、マルクの前で両膝をつき、弟に頭を下げた。かっこ悪く涙を流し、震える声で誠心誠意、謝った。


「おまえを守れなくて悪かった。一人にして悪かった」


 それからは、あの悍ましい領主による盗賊を使いひとつの村を滅ぼした事件について語った。その頃には、いつも無口な俺が泣きながら話す様子に驚いた一行全員が、俺の話を静かに聞いていた。

 それから、ジョイが俺と別れた後の人生を教えてくれた。


「家で寝ていたと思ったのに、起きたら知らない男の人に抱きかかえられて、孤児院の前に捨てられていたんです。僕、幼かったから両親の名前も村の名前もわからなくて、手がかりになりそうな家族のことで覚えてるのは兄の名前だけで。孤児院のおじいちゃん先生が、元魔道士の方で、魔力量が多いと判明して、孤児院に来てすぐに子供の居ない貴族の養子になったんです」


「‥‥‥」


「大丈夫ですよ。心配しないでください。養父も養母も優しくって、血の繋がらない僕を大事に育ててくれました。それに、僕、この前婚約者もできちゃったんですよ」


 にっこり幸せそうにジョイが笑った。

 それから、この勇者一行の隊長を呼んだ。


「俺の財産も俺の勇者としての報奨も全てジョイに渡るように手配してくれ、お願いだ、頼んだからな」


「おい、マルク!何を言ってるんだ?おまえが手配すればいいじゃないか?」


「‥‥‥」


「どういうことなんだ?」


 詰め寄る隊長を無視して、俺は二歩足を進めてジョイを抱き寄せた。


「最後におまえが生きて幸せになっていることを知れてよかった」


「最後って‥‥‥」


 戸惑うジョイの声が俺の胸の中で聞こえる。ああ、もう時間が来る。

 父さん、母さん、父ちゃん、今度こそ行くよ。

 そう思った時、ジョイがぎゅっと抱きしめ返してくれ、小さな声でこう言った。


「兄ちゃん、戦ってるのすごくかっこよかった」


 その瞬間、遠い記憶が蘇る。

 昼飯の後で、近所の子供たちと一緒に木の枝を聖剣だと言い張り、振り回して笑顔で勇者ごっこをして元気に走り回っていた弟の懐かしい顔。



 そうして、俺の全ては昇華した。



 不幸な生い立ちを持ち、歴代最長の魔王封印期間を持つ勇者マルクは、それまでのどの勇者よりも生への未練がなかった。けれど、最後の最後、命の尽きる間際が、どの歴代の勇者よりも幸せな唯一の勇者となる。

 だが、それは受け継がれる記憶を引き継いだその後に選ばれた勇者しか知り得ない―――幸せな勇者の物語―――だった。

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