第六話

 母さんは言った「生きろ」と。

 父ちゃんは言った「誰も信じるな」と。


 生きるためには食わなければならない。だから金がいる。

 得意なことは父ちゃんに習った剣。兵士だと協調性を求められる。人と関わりたくない俺は、ある程度身勝手も許され、後腐れない金だけの関係を得れる職を考えた。

 父ちゃんの殺された思い出の詰まった家にはいたくなかった。


 だがら俺は、傭兵になることにした。


 幸い、傭兵の仕事を斡旋する傭兵組合は、十四歳でも仕事をくれる。

 傭兵の仕事は多岐にわたるが、護衛や警備だと貴族と関わる可能性が高く、あんな奴らに関わりたくない俺は、魔境に広がる“死の森”の魔獣や魔物討伐の依頼だけを受けることにした。

 国の辺境に位置する死の森の周辺は、辺境伯の砦があり、国軍と辺境伯の兵が日々警備をしているにも関わらず、辺境周辺の人里にも、辺境に続く街道沿いにも魔獣や魔物被害がなくなることはない。


 まだ子供だということで、最初は街道沿いや村など、死の森からある程度距離のある地域での討伐しか仕事をさせてもらえなかったが、父ちゃんのおかげで俺は強かった。

 半年後には、死の森に近い最前線の依頼をもらえるようになり、一年経たない内に、一番危険度の高い死の森の調査も請け負えるようになった。


 死の森の調査は、死の森の地形の調査で、木の位置や草の茂り具合、地面の起伏や、どこにどんな魔物がいたかまで、とにかく細かく調べる。既にある調査報告と情報が足りず穴だらけの死の森の地図とを見比べ、最新の情報を付け足す仕事だ。この仕事は、報酬が高額で、勇者様が魔王を封印する時に役立てられるのだと聞いた。

 歴代の勇者達の封印は、平均十年から四十年。今は、勇者様が魔王を封印してから二十五年で、いつ魔王が復活してもおかしくないらしい。


 死の森の調査は、最初はなかなか大変だった。

 まず、地図の見方を覚えなければならない。

 次に、魔獣や魔物の種類と特徴も覚えなければならない。森の中と外では出てくる種類が大きく異なっていたからだ。

 土地の見極め方や、何を情報として持ち帰るかも経験が必要な仕事で、この仕事は傭兵三名以上が組んで請け負うことが必ず義務付けられている。

 危険な仕事ではあるが、報酬の高さもあり、人気も高く、請け負うよう兵の数も多い。だから、同じ人と組むことはあまりなく、誰とも馴れ合いたくない俺には都合が良かった。


 必要な事以外には答えない、自分から話しかけない。

 無口な俺は、そういう奴だと思われるのも早くて、遠巻きにされるようになる。ただ、まだ外見から子供だと思われ、世話好きなお節介な奴に絡まれることも多かったが、頑なに態度を変えない俺に、そういう奴も日を重ねるにつれて離れていった。


 死の森の調査を請け負いだして約一年、森深くまで俺に付いて同行できるほどの強さを兼ね備えた傭兵がいなくなっていた。俺の強さは、傭兵の中でも飛び抜けているらしく、異例ではあるが、単独での調査を許されるようになっていた。なぜなら、魔王復活がいつ訪れてもおかしくない状況なことと、俺ほど森の深い場所の情報を得れる者がおらず、有益な調査結果に重宝されていたからだ。

 国の偉い人たちが、その調査結果を踏まえて、勇者一行の進みやすい道筋を策定しているらしい。


 死の森の調査を請け負う傭兵には、もうひとつ大事な使命がある。それは、魔王復活の兆候を見逃さないことだ。


 ある日、異変が起こり出した。

 魔獣や魔物が増えて、日に日にその強さが増しているのだ。

 この異変は、森の深い場所から起こるらしく、それにいち早く気付いたのは、誰よりも森の深い場所にいける俺だった。


「魔王復活の兆しがある」


「何?!本当か?!」


 俺がそう報告してから十日もしない内に、森の浅い部分で仕事をしている傭兵でもその異変を感じ取るくらいに異変はとても顕著なものだった。

 すぐに、国から『魔王が復活した』という宣言がなされ、死の森の調査は凍結。辺境の傭兵は全員が、死の森から溢れる魔獣や魔物の討伐だけに切り替わった。


「おい、マルク。傭兵組合として、おまえを勇者一行に指名したいのだが、受けてくれないだろうか?」


 傭兵組合の組合長から呼ばれて、普段入ることもない応接室に初めて通されたと思ったらそんなことを言われた。

 勇者は、勇者一行と呼ばれる魔境周辺の三国から選ばれた三十名と共に魔王を封印しに魔王城へ向かうと言う。

 組合長は、これは名誉なことだ、報酬も高いのだ、うちの国の傭兵ではおまえが一番だと興奮しながら力説し続ける。こちらが話す隙もないほどに。永遠と続きそうな話の節々に、勇者一行になると、ずっと避けてきた貴族との関わりが、もっとやっかいそうな王族との関わりすらもあることがわかった。

 それだけで、俺には理由は十分。


「断る」


 諦めきれないのか、その後二時間、次の日も呼び出されるほど説得を試みられたが、三日目には俺の意思が固いことを漸く理解してくれた。

 貴族なんて二度と関わりたくない。


 魔獣や魔物に時間は関係なく、朝も昼も夜も休み間もなく死の森から溢れ出してくる。傭兵が各地から集められ、国や貴族の兵達も日に日に辺境に増えていった。担当エリアを割り振られ、一日を四つの時間で区切り、四交代制で討伐する日々だ。


 その日の俺は、昼から夕方までの担当。陽が落ちてきて薄暗くなり、そろそろ交代の号令がかかると思っていた時だった。


 大型の魔獣を切り裂いた瞬間に、両手で握る俺の剣がいきなり目も開けられないほどの光を溢れさせだしたのだ。

 真夏の太陽よりも強いその光源は、夕方の薄暗さを消し飛ばすほどのもので、誤魔化す事も隠す事も無理な“勇者の証明”となってしまった。


 男たちの「「うおおおおおおお!!!」」という低い声の大歓声。

 光を恐れたのか、魔獣や魔物は一斉に森へ引き返す。

 それをかわきりのに、俺の周辺が人だかりとなり「勇者が選ばれた!」と口々に言い盛り上がりだした。


 そこからは、組合長や国の偉い人に言われるがまま従った。

 城で王に勇者として拝命される式典にも出たし、出たくもない激励の夜会にも参加した。

 何も文句を言わず、ただ、淡々と流れに身を任せ、言われるがまま、望まれるままに「勇者」となった。



 なぜなら、俺ほどな奴はいないからだ。




 無事、勇者一行の出陣式が行われ、勇者一行は魔王封印へと旅立った。

 第一関門である、死の森への突破も、死の森の調査結果を元に問題なく進んだ。同行している一行の強さは、選ばれるだけの実力を有するもので、指揮官も的確な指示でとても優秀。計画していた通りの日程で、一日の遅れもなく本当に順調に勇者一行は魔王の待つ魔王城へ足を進めていった。


 だが、魔王城が間近に迫る頃から順調とは言えなくなってきた。

 比べ物にならないほど、魔獣も魔物も魔族も強さが増すのだ。特に、魔王城の城下町からは一層強く、負傷者が増えていく。

 魔道士の中でも回復魔法や治療魔法を使う精鋭四名が、魔力切れで、ぜいぜいと肩で息するようになってくると、闘うものと傷を癒やしたり体力を回復させるために休憩をするものと代わる代わる交代しながらなので、進むのも今までの倍以上時間がかかるようになっていた。


 やっとの思いで魔王城に侵入。過去の勇者一行の情報から得ていた、理由はわからないがなぜか魔物が寄り付かない、硬い石造りの三方を壁で囲まれた通称“安全地帯”と呼ばれるそこそこ大きな広間のような空間へ到達することが出来た。


 魔王城の城下町からは、まともな休憩ができなかったので、ここで丸一日の休憩を取ることになった。

 だが、ここに到達する直前まで、激しい戦闘をしていたため、一人も命を落とすことはなかったが、一行三十名の内、十二名が大きな傷を負っていた。


 精鋭魔道士四名が、手分けして治療する中、魔道士から指示を受ける。


「マルク、そこのジョイ坊の背中の血止めをしてやってくれ」


「わかった」


 ジョイと呼ばれる俺より年下の少年は、風系統の魔法の天才で勇者一行の最年少でありながら、即戦力の一人でもある。俺が守れなかった弟のジョイと同じ名前なので、できる限り関わらないようにしていた。


 ジョイはうつ伏せに倒れており、背中をざっくりと裂かれたように一直線の深い傷跡が通っていた。大型の魔物の爪に裂かれたのだ。赤黒い血が溢れており、致命傷とまでは言えないが、早く治療しないと危ない。渡された布の束を傷に沿って強く抑える。力を入れすぎるとうつ伏せの状態では息ができなくなる。息ができるギリギリの、でも血を止めるほど強い力で、慎重に血止めの任務をこなしていた。

 普通は「頑張れ」とか声を掛けるが、特に避けているジョイに余計な言葉はかけない。


 十分ほどして、やっとジョイの順番が回ってきた。


「傷の状態を確認したいから、ジョイ坊の上着を脱がしてくれ」


「わかった」


 魔道士に指示され、上着の布を両手で持ち、衝撃で傷に響かぬように慎重に力を入れ、背中側を引き裂き傷がよく見えるようにした。

 それから、魔道士の指示に従い、水で傷を洗う手伝いをする。

 魔道士が、治療魔法をかけはじめ、魔法の光と共に傷が塞がるのを目の前でぼうっと眺める。


「よし、塞がったな。俺は次のやつの治療だ。マルク、ジョイ坊の背中に残ってる血の跡だけ洗い流すのを手伝ってやってくれ」


「わかった」


 いそいそと次の負傷者の治療に向かう魔道士の背を見送りジョイを見ると「痛かったぁー」と、うつ伏せから体を起こすところだった。


「マルクさんもありがとうございます。どうせなら、装備も全部取って、血まみれの服脱いじゃいたいのでちょっとだけ待ってもらえますか?」


「ああ」


「すみません。ちょっとお待ちを」


 ジョイは、装備を脱ぎ捨て、体に汗と血でべっとりと張り付く服を脱ぎだし、男しか居ないこともあり、真っ裸になってから俺に背を向けた。


「お手間かけますがお願いします」


 魔道士に水魔法で出してもらった桶に溜る水に布を浸し、魔道士らしい線の細い背中をゴシゴシと拭いてやる。言葉通り血まみれで赤かった肌は、拭く度に元の肌色を取り戻す。

 腰から尻にかけて拭いてやると、腰に近い右尻の上部に特徴的な形の濃い茶色の痣が浮かび上がった。


 それは、四つの羽を広げた蝶のような、とても特徴的な形を象っていた。

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