第6話 聖都をぶらり

 人の多くなってきた聖都の通りをブラッドと邪神はゆるりと進む。


「あれはなんじゃ? ずいぶんと派手派手しい色柄をした物体が並んでおるが」


 足を止めた邪神を人ごみから守るように立ちつつ、ブラッドは彼女の視線の先にある店に目をやった。

 馬を外した荷車の前、布をしいた木箱に色鮮やかな物体がいくつも並べられている。


「果物屋ですね。夕焼け色の実に蛍光色の葉を散らしたものがラゴンの実。極彩色の糸が絡まり合ったような見た目をしているのがビュータの実です」

「く、食い物なのか。はじめて目にする色形じゃのう」

「湖の南向こうでは一般的だそうですよ。昨今、輸送技術が向上したおかげで聖都まで流通するようになったのだとか」


 聖都のある大陸の中央には、巨大な湖があった。

 神の足跡と呼ばれるその湖の東西南北にそれぞれ大きな街があり、聖都は湖の北側に位置している。


「ほほ~。わしの知らん間にそんなことになっておったとはのう。んむ、あちらはなんじゃ? 魔物のような生き物をたくさんつないでおるが」

「あれは従魔屋です。聖都の内部は安全とはいえ、ほかの街や村へ向かう道中は魔物に出会うこともありますから。金に余裕がある者は移動に従魔を使うのです」


 説明をしたものの、ブラッド自身は従魔を利用したことがない。出身の村には従魔屋など無かったし、そもそも田舎者のブラッドは大した金も持たずに聖都を目指して旅に出た。


 だってそのほうが格好良いから。

 村に立ち寄った商人の馬車に相乗りして聖都を目指した、というよりも、その身ひとつで旅立った、のほうが字面としてブラッド好みである。

 いつか伝説に語られる男になった暁に、伝記として書かれる心構えはすでに完璧だ。


 表紙はどんなポーズで描いてもらうべきだろうか。やはり剣を持って立っている姿か。いやいや、背中で語るというのも悪くない。

 あれこれ妄想を繰り広げるブラッドのとなりで、邪神はちいさくため息をついた。


「そうか……魔物はいまだに人にとって脅威か」 

「ん? なにか言いましたか」

 

 かすかなつぶやきを聞き逃したブラッドの問いかけに、邪神はゆるりと首を横にふる。


「いやなに、大したことではない。それよりも、それ。そこの店に立ち寄っても良いかの?」


 小首を傾げる邪神に、ブラッドは「もちろん」とうなずいた。

 こちらの店をのぞき、あちらの店に立ち寄りと真っすぐ進まないため、ふたりの歩みは遅い。

 騎士の宿舎を出て食事を済ませてから、高いところにあった太陽がゆるゆると傾きつつある今になってようやく聖都の第五円地にたどり着いた。


 結界の拡大とともに成長している聖都は、大聖堂を中心にして円を描くように街並みが形成されている。

 大聖堂に近い箇所、第一円地が最も歴史ある街並みであり、いまは王族の住まう箇所となっていた。

 その外縁に第二円地、第三円地と、それぞれの時代に築かれてきた街が広がっている。円地ごとに住宅街や商店街が作り上げられてきたため、最外縁である第五円地までを含めた聖都全体は慣れない者にはひどくごちゃついた都市だと感じられるようだ。

 特に今まさに成長の途上にある第五円地は、雑多な商人が思い思いに荷を広げているため混沌具合が他の円地を上回る。

 そんななか、商人も立ち寄る客を逃すまいと必死なのだろう。


「お嬢ちゃん、兄さん、うちの店に興味を持つたあ、聖都を熟知してるね!」


 中年の商人が身を乗り出して声をかけてくる。


「いや、たまたま立ち寄っただけなのじゃが」

「そうなのかい? だったらずいぶんと幸運の持ち主だ! なんたってこの荷馬車は今朝、聖都についたばかりなのさ。あっちこっちの村を回ってこれは、と思う工芸品を買い集めてきたんだ。どれも聖都じゃお目にかかれない物ばっかりだよ」


 邪神が否定するところりと言葉を替え、すらりすらりと売り文句を口にする。

 ずいぶん口の達者な商人に、ブラッドは警戒心を強めた。

 

「邪神様、この店は……」


 人を言いくるめて安く仕入れたものを高く買わせる商人は、えてして口がうまいものだ。

 発展途中の第五円地は人の出入りへの警戒がゆるい。警戒をゆるめることで発展を促している点があるので仕方がないともいえるのだが、取り締まりの目を潜り抜けて人をだますような商売をする者が入り込んでしまうのも事実。

 この店もそのたぐいの可能性がある、とブラッドは邪神に耳打ちして移動を促そうとしたのだけれど。


 フードの下でじい、と一点を見つめる邪神の横顔の真摯さに言葉を飲み込んだ。

 かわりに懐の財布に手をやり、問いかける。


「どの品が気になりますか」

「うむっ?」


 邪神のほうは見つめていたつもりなど無いのだろう。きょとんとした顔でブラッドを見上げてくる。

 無意識下に見つめるなど、よっぽど気に入ったに違いない。それならばぼったくりであろうがなんであろうが、買わないという選択肢は木っ端みじんに打ち砕かれた。


「なにか、お心に響く物があったのでは?」

「いや、いや! 良いのじゃ。さっきも散々、お主に金を出させて飲み食いしてしまったからの。もうじゅうぶんっ」

「決めかねるのでしたら、店の端から端まですべて買い求めましょう」

「ぬあっ!?」


 笑顔のブラッドに邪神は奇声をあげる。

 聖都の騎士といえば、名誉職であると同時に高給取りでもある。

 そのなかでも格段に特別視される聖女つきの騎士を、ほんの短い期間とはいえ務めたブラッドの懐は、小物売りの品物を買い占めたところで底を尽くことなどない。

 何なら荷車ごと買ったって良い、とブラッドは言おうとしたのだが。


「いやいやいや、そんなにはいらぬ! わしが見ておったのはあれじゃ、あの草の葉の飾りなんじゃ!」


 慌てた邪神が細い指で示したのは、あれこれ並ぶ品のなかのほんのひとつ。

 敬愛するその方が指すそれをまじまじと見つめて、ブラッドは「おや」と驚いた。


「この髪飾りですか?」

 

 色とりどりの品のなかで、邪神が示したそれは木から削りだしたままの素朴な色をしている。

 形も四つの円が四角になるよう並んだシンプルなもので、ともすれば埋もれてしまいそうなほど質素な見た目だ。

 飾り石も何もつけられておらず、格別目を惹くとも思えない。


「……そう、それがの。なんというか気になっただけで」


 別に欲しいわけではないじゃ、と邪神が続けるよりも先にブラッドは財布から金を出して、店主に渡す。


「店主、これを買う」

「わしは欲しいなどとはっ」


 言っておらん。とは言わせずに、ブラッドは受け取ったばかりの髪飾りで邪神のフードとそこから覗く前髪とを留めてしまう。

 見事な銀髪に素朴な木の髪飾りが、不思議とよく調和する。


「このポピーの彫り物は、俺の生まれた村で作られているものなので、着けてくださるとうれしいです」


 にこ、と笑いがこぼれたのは言葉のとおり。邪神の気を引いた髪飾りがブラッドの生まれた村の物であるからだった。


「兄さんの出身地だってか。ええと、そいつはどこで手に入れたんだったか」

「聖都より北西の山沿いの村じゃなかったか」

「ああ、そうそう! そっちの方面を移動してるときに魔物に襲われてなあ。通りかかった村の人に助けられたもんだから、聖都で村の宣伝をしてくるよって言ったら出てきたのが、それだ」


 商人は頷きながらなおも語る。


「いやあ、あの村人は強かったなあ。でっけえ魔物を単身で追い払っちまってよお。さぞかし名の有る武人か、それとも元聖騎士かって思ったんだが、ただの村人だなんて言っててなあ」

「襲って来た魔物はなんだった?」

「うん? 魔物はあれよ、トロールだ」

「トロールを追い払う程度なら、それは確かにただの村人だな」


 ブラッドの言葉に商人が目をむく。


「いやいや、兄さん。何言ってる! トロールって言ってもおとぎ話の妖精じゃねえぞ? 一つ目の大鬼、魔物のトロールだ。うちの荷馬車よりでけえんだぞ!」


 商人は広げた腕で自身の荷馬車を示してみせた。

 大きい、というほど立派なものではないがそれでも荷物を運ぶための荷車だ。大人が四、五人は乗っても余裕がある程度の大きさをしている。

 それよりも大きいとなれば、人間が見上げて恐れおののくほどの魔物と言えるけれど。


「うちの村の精鋭なら、トロールくらい一撃だ」

「兄ちゃん、そりゃいくら何でも冗談だろう」

「いいや、あの村は聖石に頼らず自力で生きていく、っていうのが決まりなんだ」

「そんなまさか……」


 荷車より大きい魔物をひと太刀で倒すのが普通、と言われて唖然とする商人に背を向け、ブラッドは邪神をうながし歩き出す。

 

「よくお似合いですよ。俺の村ではその形はお守りとされてるんです。あなたに幸運がありますように」

「うむ、むぅ……大事にする」


 クローバーの髪飾りにブラッドが目を細めると、邪神はもごもごと礼を言った。

 かわいいだけでなく、フードと前髪をまとめて留めたおかげで、うっかり角や鱗が見られてしまう危険も減って都合が良い。

 この調子で邪神を飾り立てていくのも楽しいだろう。

 ブラッドがうきうきとあたりの店を見回していると、くいと服のすそを軽く引かれた。

 見下ろせば、邪神の華奢な手がブラッドのシャツをつかんでいるではないか。


 今日を記念日にしよう。

 ブラッドは閃いた。

 今日という日はこの尊い方に出会えた記念の日。生涯仕えたいと思える相手に出会えた記念日として、語り継ぐべきだ。

 

 思いの丈を叫びたい、その気持ちをブラッドがぐっとこらえていると。


「のう、聖石とはなんだ?」


 邪神が首を傾げる姿、プライスレス。

 いよいよ取り乱しそうになる己を律することができたのは、主人の声に応えられない従者があってはならないという強い意思のおかげだ。


「聖石とは結界を張れるだけの魔力がこもった結晶です。魔物を寄せ付けない簡易の結界を張れるとして聖都に貢献した村や人に渡されると聞きます」

「ほう。今はそのように便利なものがあるのか」

「便利ではあるけれど、ずいぶんな金銭と引き換えだとか」

「その辺りは今も昔も変わらんのう」


 ブラッドの生まれ育った村には無かったため、すべて伝聞でしかない。

 聞いた話によれば聖石は透き通った結晶で、角度によって銀色にきらめく様は神秘的でたいそう美しいという。

 欲しいわけではないがいつか見てみたいものだな、と思いを巡らせたブラッドは、ふと思い出す。


「銀にきらめく結晶……あの地下にあったのも確か」


 つぶやきが何かをつかみかけたとき、ふと邪神がブラッドを仰ぎ見た。


「のう、わしの呼び名じゃが」

「はい」

「その、ポピーはどうじゃ……ちと、愛らしすぎる響きかのう?」


 髪飾りに触れながら上目遣いで問いかけてくる邪神の姿にブラッドの思考は消し飛んだ。

 驚くことを東方の小国では『魂消る』と言うらしい。

 なるほど、この尊さは魂が消し飛ぶと表現するにふさわしい。


 深い納得とともにブラッドはありったけの理性を動員して穏やかに微笑んでみせる。何が不安なのかわからないけれど、邪神が不安げな表情をしているのを何とかすることこそブラッドの存在意義なのだから。


「すばらしいお名前です、ポピー様」


 

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