第12話 沢井響は中学生

 響は中学一年生だ。と言ってもあまりに特殊な立ち位置なため、普通の学校には入れ……入……

 普通に市立中学校に通っていた。


 しかし、基地の東側には一切学校が無い!

 というわけで自転車通学をするわけなのだが……飛行魔法アシスト自転車って法的にはアリなのかナシなのか……


「ばびゅーんっ!」

 いや、響さん、それアウトだから。速度超過! その道は制限速度40km/hです!


 自転車用ヘルメットと、空飛ぶための航空用ヘルメットと、両方持ち歩くのは面倒! と言って片方で済まそうとしたら、国土交通省と警察の両方に怒られた……解せぬ。


 学校には、ちゃんと友達だっている。

 ぽちゃ可愛いアニオタ、樽木詠美たるきえいみ、通称たぬき。

 ギャルギャルしいお嬢、宇佐美彩香うさみさやか、通称うさや。

 なぜアニオタとギャルが魔法使いと仲良くしてくれるのか。

 

「いやだって、響ちゃん面白いし! 将来、絶対アニメ化されると思うし!」

 いや、響はアニメ化前提かよっ!


「響ちゃん、可愛いしー、アーシらめっちゃまぶすぴじゃん?」

 もう、何語だかわかりません!


 そんなこんなで学校にも楽しく通い……


「ゴルァっ! 沢井っ! 三階の窓から入ってくんなとあれほど言ったろうがっ!」

 担任教師の山本則夫、あだ名は焼き海苔。陸上部の顧問でいつも真っ黒に日焼けしている。

 そして、いつもなんか響が怒られている。


「えー? 三階の教室の窓から入るなって言ってたじゃ無いですか! だから廊下の窓から入ってきたのに……」

「そもそも窓から入るなっ!」


 まぁ、響には怒られる理由があるな、うん。


 そんなこんなで、内申はあまり芳しく無い響であった。

 流石に数学、英語、理科、社会はいつも満点に近いし、国語、古文も上位にいる。音楽、美術だって独特すぎる世界観に目を瞑れば、良い評価をもらっている。

 でも、なぜかみんなに残念扱いされる響。


「何故に残念? あたしゃ割とできる子よ?」

「目からビームをほんとに試しちゃうからじゃない?」

 目からビームを勧めた本人、たぬきが言った。

「いや、言った本人がそれ言う? わたしは素直な良い子なだけっしょ? それ」

「素直な良い子と、考えなしの暴走娘は違うってバッチャが言ってたし!」

 うさやに突っ込まれる。


「べ、別に考えなしじゃないもんっ! 目からビームってさ、自動的に目は保護されたりするかと思ったのよ、こんな風に。目からビー……目がぁっ! 目がぁっ!」

 

「おばかっ!」


        ♦︎


 中学生だから宿題課題もあるし、定期テストも有る。

 宿題は百里の分駐所で済ませるのが日課になっている。疑問点があっても、帝大出身の二人がいれば、大抵の問題は秒殺される。

 ただ、その後に確認と称して三倍ぐらいの量の問題を出されるが、めっちゃわかりやすい解説をしてくれるので大体一発で理解できる。


 暗記だけでなんとかなる教科は、それこそ本を普通に読んでいくだけでもまるで問題ない。

 中学生レベルなら数学も問題ない。

 ただ、理沙や美智子が使っている電卓魔法は、響の中では脳機能の一つレベルで同化してしまっている。

 有る意味チートなのだが、切り離しも不可能なのだ。それも含めての響の能力である。


「やりませんけど、その気になればテストの回答集とかも見えちゃうんですよ、超センスで。やりませんけど!」

 大事なことは二回言うの大事。


 中学一年生としては、とてもとても強い意志だ。正直大人びすぎていて恐ろしいレベルなのだが……

「だからテスト勉強なんて放っておいて、剣道場行っちゃって良いですか?」

 いや、中学生だな。


        ♦︎


「響は体育祭どうするん? 競技出んのはダメっしょ?」

 ある日の昼休み、うさやが響に声をかけた。

「響の全力、見てみたい気持ちもあんけどねー」

 笑いながら響の髪の毛をブラッシングしてくれている。


 響の髪は、肩上まで。以前は姉たちの小さい頃の髪型を、そっくり真似っこしていたが、ある時習志野でバッサリ切られた。


「響の髪は綺麗だねぇ。すべっすべのつるっつる」

 真ん中に集めた髪を左右に分けて、飾り付きのゴムで止めてゆく。

 

「ほい、でけた。で、体育祭」

「創作ダンスぐらいかなぁ。チームの戦績に関係ないヤツと考えたら」

 各学年四クラス。赤白青黄の四チームに分け勝敗を競う。まぁ、よく有るスタイルだ。


 100m走……魔法なしでも11秒台前半が出る。そんな中一女子、いるわけない。

 借り物競走……みんなが何を持っているのか、超センスさんで見えちゃうので見えないようにするの大変。

 玉入れ……投げる前から投げた時の軌道がずっと見えてるから、それこそ百発百中してしまう。

 後ろ向き競争……響にとっては、前向いて走ってるのと変わらん。

 二人三脚、ムカデ競争、騎馬戦……ペアが転んだとしても引きずったまま走れちゃうので、怪我人続出しそうで怖くてできない。


「まぁ、応援頑張るよ」

「うーん、アタシゃ響のファンだからねぇ。響の活躍、たくさん見たいのよね」

「まぁまぁ、うさやは大事な類友だから!」

「あ、そこは一緒にしないで」

 ファンのくせに辛辣なうさやだ。


「じゃさ、準備のお絵描き手伝ってー」

 たぬきはスケブ持ち歩く系だ。中には耽美なのから元気なのまで、ひたすら腐った絵が描かれている。

 ちょっとその絵を外で描くのはどうなん? とも思うが、見せびらかしたりはしてないだけ、まだマシかもしれない。


「たぬきゴメン。今日はこのあと習志野行きなの」

 響はお稽古事が多すぎる。

 剣道、体操、駆け足、航空従事者、格闘戦闘……


 同じくお稽古ごとの多いお嬢ギャル、うさやが習っているのは、華道、書道、お琴にピアノ。


「ねぇ、響はなんでギャルにお淑やかさで負けてるん?」

 たぬきは割と容赦ない。じゃないと、あんな外道な絵は描けないんじゃなかろうか。

 クラス一のイケメン、吉野くんが担任をあんな風に、いや、これ以上言えない。


「わたしが負けてるんじゃないの、沢井家が宇佐美家に負けてんの」

 うさやの家は、室町時代の初めに常磐の国に移り住んできた豪族の末裔だ。

 本家筋ではないのだが、それでも田んぼの中に大豪邸が建っている。


 沢井家は元サラリーマンの家だ。

 沢井父は都内の公務員の次男として産まれた。

 大学卒業後に、有名ホテルグループに就職。地方の統括支配人になった頃に比較的手頃な地価の小美玉市に土地を買い、ハウスメーカー製の家を建てた。


 定年退職した今は、年金と、兄の遺族年金、そして『サワイ』に対する国からの補助で何不自由なく暮らしている。

 しかし、教育に関しては色々と問題を抱えている気がする。


 長男 飛行機バカ。全能力を使いパイロットの道へ勝手に進む。

 長女 ブラコン物理バカ。全能力を使い、兄を崇めて物理学者に。

 次女 拗らせシスコン。能力使うまでもなく姉の後を追いかける。


 両親特に何もしてません。そりゃ愛情たっぷりには育ててますが、何か指導したりは特に……


 そして響。

 響が生まれた時、父はもう定年退職した後なので、いつも家にいた。家にはいつも両親が待っている。

 しかし、響は忙しかった。小学生の時からも、放課後に友達と遊ぶなんてことは皆無だった。

 白衣着たおじさんと実験を繰り返したり、一人で訓練所で射的訓練したり。

 

 響は日本の……世界の希望だったから。

 こうして、結局響も両親の手を離れた状態で成長していく。


 今は中学生だが、後ニ年で卒業だ。

 義務教育が終わったら、実戦に協力することも決まっている。

 響の能力からしたら、対魔物戦は特に危険ではないと言われている。

 両親ともに響の魔法をいくつも演習場で見学して、そのあまりにも荒唐無稽な威力を確認していた。

 

 それでも心配だ。

 三人の子供を失った後に、新たに授かった私たちの娘。ずっと守って生きていくつもりだったのに……


『お父さんとお母さんは私が守るよっ!』

 娘にこんなセリフを言わせたくなかった。しかし、私たち二人だけではなく、国民全部、人類全体レベルで守護してくれそうな娘。


 すでに一度、響の希望で実践を経験したと聞いた。

 全長20mもの魔物を一撃で倒していくと聞いて眩暈がする。

 20mを頭の中で想像する。

 長男の景がよく

F-4EJ改ファントムは全長19mちょいあるんだよ!』

 と言っていたので、景に連れて行かれた百里基地の公園に展示されていた戦闘機を思い出す。


 大きい……あんな大きなものを、うちの小さな娘が……


 心配なのだ。

 心配で当たり前。だって親なんだから。大事な大事な、ただ一人生き残っている娘。本当なら家からも出したくない。

 人類の希望? そんなの知らない。

 

 映画『プライベートライアン』では、四人兄弟のうち三人が戦死したところで、四人目を国レベルで保護してたじゃないか。

 だったらうちの娘だって保護して欲しい……


 実は、日本政府は響の実戦投入以外の部分では、これ以上無いほどの保護をしている。

 政府としても、四歳の時の誘拐未遂事件のはトラウマものだったのだ。

 万が一にも、再び同じことがあってはならない。

 誘拐未遂事件後に作られた『石岡警察署警備部沢井班』はその後拡充され沢井課となり、担当課員は当初の四倍にもなっている。


        ♦︎


「さぁ、今日も元気にがんばりまっす!」

 朝、教室に着いての第一声だ。

「はふっ。響はいつも元気だねぇ」

 夜更かしして新作を描いているたぬきが、目の下にクマを作ってあくびをした。

 女子中学生でも、クマができる時はできる。あと、油断するとニキビも出てきて大変なのだ。


「ふふんっ、新規開発の深層睡眠魔法が火を噴くぜ」

 いや、火は噴いちゃダメだろ。睡眠魔法は羨ましいが。

「寝ようと思えば無限に寝られる魔法なの」

 それ、ただのお子様の体だからっ!

 しかも人より処理の大きな響は、さらによく寝ないとならないのかもしれない。

 

「さらにこんなのも! 目からビームっ!」

 ぴちゅんっ! 響が窓の外に視線を向けて、何やら輝く光を放出した。

「発射の瞬間に目を瞑ると、眩しさ半減することがわかりましたっ! それでもまだ眩しいけど!」


 はぁ……響はやっぱり、中学生だった。

 

 

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魔砲少女 HiBiKi  -空飛ぶ妹は、何でも魔法で解決する- 夏々湖 @kasumiracle

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