第11話 響とスクロール魔法

 響は四歳の時にスクロール魔法さんをインストールされている。

 

 脳の発達がまだ絶好調の時期である。そうなると、脳はスクロール魔法があることが前提の成長を遂げていく。


 スクロール魔法Ver. 3.0は、他次元に意識野を展開し、自前の脳と他次元の意識をページングしながら能力の拡大を図る機能を持っていた。

 しかし、響の脳はこの機能自体を自己の機能と誤認したまま、他次元も含めて一つの巨大演算装置として動き始めてしまった。


 人間は外界を認識する時、視界の処理に最も多くのリソースを振り分けている。

 たった二つの眼から入った光学映像は、脳により演算処理され立体化し、姿勢を確認し、パターンを認識照合しと、脳が頑張ることで大量の情報を取捨選択している。


 響はこれを、空間丸ごと3Dで行っている。

 周辺空間に存在するマイクロマシンが、それぞれ得た情報を中継しながら送信してくる。

 その全てを空間の中に描き上げ、面である画像ではなく、立体像として脳内に展開。その全てを把握するという離れ技を常時行なっている。

 こんなことを、半径数キロレベルで行っているのだ。

 流石に距離の三乗に反比例して解像度を落としてはあるが、それも意識を向ければ一気にクリアに『視えて』くる。

 人の脳では決して成し得ない高度な空間認識。どんなにこっそりと近づこうとも、遥か彼方から響には視えている。


「響ちゃん、宿題のプリントは?」

「あー、えっと、確かこの辺に……」

 視えてる……

「こっちだったかな?」

 視え……

「うー、美智子さん、わたしの宿題知りませんか?」

「知るかーっ!」


 二十分もかけて捜索した結果、普通に響の通学バッグから出てきた。しかも、見つけたのは美智子だ。


「ちゃんと探した?」

「さっきまでは無かったんですよぅ。あ、きっとマイクロマシンさんが……」

「な訳あるかーっ!」

 ツッコミ役の美智子さん、響にツッコミ、理沙にツッコミと、ツッコミ疲れで倒れてしまいそうです。


 学校の勉強も、強力な演算能力と記憶力でどんな問題でもどんとこい。イメージ力や発想力は姉譲りの強力なものが……


「美智子さん美智子さん。番号振った鉛筆を転がして答えを出すのを、イメージ空間上で再現する魔法を作りましたっ!」

「いや、その発想力で問題ちゃんと解いてくんない?」


 なんか残念だ。

 おそらくこの娘は世界一高性能な『脳機能』を持っている。だけど残念なのだ。使い方次第では世界征服だってわけないだろうに。


「そんなつまんないことよりも、木更津のヘリコプターと追いかけっこしてる方が楽しいですよ!」

 普通の女子中学生はヘリコプターと追いかけっこなんてしない。

 しかも、だいたい響が勝つ。機動性が違いすぎる。


V-280バーロー相手だと、まっすぐ逃げられたら追いつけないんですよね……」

 相手の中身は固定翼のターボプロップだぞ。生身の人間が勝てるわけなかろう!


 いや、そもそも生身の人間が航空機と張り合うあたりが間違えている。

 生身の人間で空を飛んでいるのは、日本政府が把握している限りでは、世界にただ一人『響』しかいない。


 響にとって、空中も地上も、どちらもただの3D空間上の位置情報に過ぎない。

 濃い霧の中でグルングルン回されても、空間内でどちらに地面があるのか、どちらに障害物があるのか、自分がどんな姿勢でどんな運動をしているのか、見失うことがない。


 もし、周囲に全くマイクロマシンのいない環境でもあれば、響にも迷いは生まれるだろう。

 しかし、もう世界中どこへ行ってもマイクロマシンが見つからない場所なんて、残っていない。


 南極、昭和基地から上げるラジオゾンデですらマイクロマシンの影響を受けているのだ。

 気球に積める程度の無線機では、見通し距離40km程度で通信不能になるような状態だ。

 最も、日本国内では10kmも飛べば良い方なので、濃度の濃淡はあると思われる。


 電波がこんな状況では、電波式無線を使った技術のほとんどが無力化されていた。

 衛星測位システムG N S Sは使えなくなって久しい。携帯電話もほぼ使えない。高出力基地局を増やしまくった大都会以外では、赤外線によるサービススポットを作ろうという計画が上がっているぐらいか。

 

 軍や警察では、電波の空中線電力を上げまくり、数十キロワットクラスの出力で中距離通信を可能にしている。

 しかし、個人装備ではそうもいかない。見通しできる場所ならばレーザー通信や超指向性音響装置で連絡が取れるのだが、物陰にでも入ったらそこまでだ。


 レーダー装置も全く役に立たなくなり、航空機の運航に多大な影響が出ている。

 無線も使えない、レーダーも使えない。無線標識V O Rも使えない。航法装置は慣性航法システムI N Sしかない。これでは安全な旅客輸送など望めない。


 ここに一つの希望があった。

 響のスクロール魔法である。


 空間認識が広まれば、レーダーの代わりになるかもしれない。

 マッピング機能があるのならば航法装置として使えるかもしれない。

 しかも、通信機能の存在も匂わされている。


「美智子さん、ステータスオープン魔法の調子はどんなですか?」

「あー、なかなか使いこなせない感じかなぁ」


 美智子と理沙は、三ヶ月ほど前にステータスオープン魔法という特殊な魔法を、二次元コードを読み込んで覚えるという

『お前は一体何を言っているんだ?』

 という状況下で、使えるようになった。


 元々は響が『お姉ちゃんに教えてもらった』魔法で、人間プリンターとして紙にプリントアウトした二次元コードであった。


「この、魔法リストの中の生活魔法ってのは、まぁ使うことはできるのよ」

「便利ですよね。魔物の血を頭から被った時とか、洗浄魔法無かったらあれ、パニックになってましたよ」

 響は初陣で魔物の血を全身に浴び、まるで悪鬼のような姿で戦っていたらしい。

 その時の中隊長や隊員たちは、聞き取り調査のために散々市谷統幕本部に通わされたそうだ。


「あ、洗浄魔法はクレンジングに最強なのよ。響ちゃんもメイクするようになればわかるわ」

 皮脂を残しつつメイク成分だけをキレイに洗い流せるとか、どんな魔法よ。……って、魔法だったわっ!


「更に、水道とか有る場所だとね、洗濯やら食器洗いも簡単にっ!」

 何それ欲しい!


「あの、美智子さん、割とガッツリ使いこなしてません?」

「だって飛べないしさ、攻撃魔法も無いしさ、局からは『お前らこれから最前線で戦えるだろ?』とか言われてんのよ? 今のまま戦ったら、ただの魔獣の餌よ餌」

 しかし、響のスクロール魔法と美智子、理沙のステータスオープン魔法は、何がどう具体的に違うのかすら不明なままなのだ。


「スクロール魔法さんは、使おうと思うとか、そーゆーもんじゃないんですよね。歩こうと思って歩くこともできますけど、歩こうと思わなくても勝手に足が動いて移動してますよね。おんなじです。飛ぼうと思わなくても、飛べちゃうんです」


 スクロール魔法はすでに、響の一部だ。体の機能として完全に同化してしまっている。


 美智子も理沙も、まだ『よいしょー』っと使わなければ、魔法を使うことができない。

 それでも、延々と呪文を唱えるその他の魔法使いとは一線を画してはいるのだが、やっぱり『頑張って使う』感は否めない。


「なので、それが人とどう違うのか……私には全くわからないんです」


 響は剣道と体操を習っている。どちらも、空飛んじゃったりしたら成立しない競技で有る。だから、飛ばないように頑張ってる。手足の動きをアシストしないように頑張ってる。

 自衛隊での体力訓練中も、頑張ってる。すごく頑張ってる。


 ただ、最近始めた特殊作戦群との戦闘訓練では、めっちゃ自由に飛び回る。ビュンビュンぴょんぴょん跳ね回って……死亡判定喰らっている。


「いや、詩琳お姉ちゃんの妹弟子とかいう小波おば……お姉さん、おかしいでしょっ! なんで空飛んでるあたしの後ろにいるのっ!」


 周りがすべて視えていても、まだまだ活かし切れてはいないようである。

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