第10話 HiBiKi、実戦デビュー
夏休み、みんな大好き夏休み。
響だって夏休みは大好きだ……大好きだったはず……
「ファーイト、ファイトっ!」
暑い……めちゃくちゃ暑い。
「ファーイト、ファイトっ!」
太陽の光がジリジリと肌を焼き、むわっと熱をもったアスファルトの上を走る。
実は響、最近姉に教わった『冷却魔法』で暑さ対策できるのだが
『全魔法ダウンした時に生き残るための訓練』をしている都合上、今はこの魔法は止められている。空力加速も禁止され、ひたすら二本の脚で地面を蹴っている。
「ふひぃ、ふひぃ、ふひぃ、ふひぃ」
ただ、熱中症防止のために二周走ったら休憩。その間は冷却魔法と風魔法を組み合わせてクールダウン。
水分とって、塩分とって、さぁもう一回!
そこで、サイレンが鳴った。
♦︎
『緊急、緊急。茨城県鉾田市の
鉄塔上のスピーカーから大音量で放送が入った。
「あ、うちだわ。響ちゃん悪い、今日はここまでだ。ちょっと行って来るわ」
面倒を見てくれていた中隊長が撤収にかかった。
「あのっ、鉾田市ってうちのすぐそばなんです。わたしも行っていいですか?」
「あー……確認とってオーケー出たらな。まずは準備だ。一緒に来な」
中隊長について走り出す。
♦︎
魔物対策出動は完全な実戦である。過去には隊員が殉職したこともあるのだ。
今の所、ここでも法律が追いついておらず、亡くなった隊員はただの殉職という扱いになっている。
これも、近日中に法整備され戦死として扱われるようになれば、遺族にはより大きな年金が出るようになるだろう。
それでも、誰一人殉職なんてさせたくはないが。
「響ちゃん、国からの許可は出たから連れてってあげるが、絶対に前には行かないようにな」
「はい、わかりましたっ!」
「はは、返事は最高だな」
三つの中隊に出動命令と言っても、みんながまとまって行くわけではない。
木更津から飛んでくる
響が今日お世話になっているのは第四普通科中隊だ。今は習志野演習場で
すでに第一中隊はチルトローター機の俊足を生かし、習志野を出発している。
第七中隊も高機動車とハーフトラックが群をなして出発していった。
CH-47チヌーク。1961年に初飛行したヘリコプターである。以来九十年間に渡って世界の空を飛び回ってきた。そして、今でも生産が続いている化物でもある。
ロールアウトから100年現役で飛んでいる軍用機は数あれど、90年間作り続けているヘリコプターはこいつしか無い。
「よし、搭乗っ!」
着陸した
他の隊員も次々と搭乗し、荷室がパンパンになったところでハッチを閉めつつの離陸となった。
乗り込んでいる隊員は四十名ほどであろうか。
全員が20式自動小銃で武装している。
響は愛用のヘリパイ用ヘルメットをかぶり、訓練用に作ってもらった迷彩服に身を包んでいる。
「響ちゃんは魔物見たことは?」
飛んでる
読者の皆も聞いたことあるであろうか。前後に配置したタンデムローターを持つ、特徴的なシルエットの
アレの『中』にいるのだ。それはそれはうるさい。
だから、ヘッドセットを繋いでいない時は、会話はほとんど怒鳴り合いに近くなる。
「まだ見たことありませんっ! 今日は何が出てるんですかっ?」
「情報が錯綜してるが、ゴブリンとコボルトは確認できたとコントロールが言ってた!」
緑色した小人と、犬っぽい顔つきの人型魔物。可愛くはないらしい。
「まぁ、あと五分で着く。くれぐれも注意してくれよ」
「はいっ!」
先行した第一中隊はそろそろ展開を終えた頃だろうか……そんなタイミングではあるが、激しい電波障害により連絡が途絶えている。
「降下点確認! 着地は出来そうか? ロープ降下した方が無難か」
茨城県、
第一中隊を乗せてきた
「降下準備っ!」
「降下準備っ!」
指示に復唱があり、ハッチが開き始めた。
「降下っ!」
ハッチ天井部から伸ばしたロープに、両手両足で取り付き、腕力握力のみで降下して行く隊員たち。ファストロープ降下と呼ばれる危険な技だ。これも厳しい訓練の賜物である。
四十名もの隊員が、ものの二分で降り切った。
「じゃ、わたしも行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
「ありがとうございます」
お礼を言って、そのまま倒れるようにハッチから転がり落ちる。
中隊長さんが指示を出している斜め後ろに陣取り、超感覚で周辺を探り出す。
「あー、これが魔物の気配なのかぁ。お姉ちゃんが言ってたやつだ」
響は自らを中心とした立体空間の中で、周辺に点在する、今まで感じたことのない異物を識別して行く
先行する第一中隊が、大きく横に広く展開し前進して行く。その前方右翼側、湖側に十頭弱の魔物らしき群れが認識できる。
「隊長さん、あっち側に小さめの魔物が集団でいます。んー、十匹ぐらいかな? 第一さんの前の方です。湖のそば」
「何? 詳しく教えてくれっ!」
第四中隊の中隊長も、響の能力はそれなりにきちんと聞いている。ならば本当にそこにいるのだろう。
魔物が近くにいるので無線はほぼ使い物にならない。
しばらくすると、遠くから
「湖のそばの群れはこれで全部だと思います。あと、さらに前の方……どのぐらいかな? 1kmぐらい向こうかな? そこに三匹」
戻ってきた偵察用オートバイを再び送り出し、そちらも第一に向かってもらう。
響からの情報により、的確に魔物が処理されて行った。
「あっち側の反応はこれだけかな? もう少し詳細に見てみますね」
響はそう言って目を瞑り、周囲の状況を脳内に展開して行く。
(前方向はもういないかな? 左右……今のところ気配は特には……後ろ、あ、なんかいた)
「隊長さん、前側はこれで終わったと思います。あと、後ろがわ。あっちの方に二十匹近い団体さんがいます。距離は2km以上! なんかめちゃめちゃ大きいんですけど……用水路のそばの、背の高い草むらの中です。ゆっくり移動しています」
「マジか……斥候、二小隊展開。オート、先行」
すぐに偵察部隊が展開して行くが、強い電波障害のため、無線内容が不明瞭になって行く。
響が方向を指示しようとしても、すぐに連絡が取りづらい状況になってきた。
「空にいれば安全かな……ちょっと先行して居場所確認してきますね」
隊長が止める間もなかった。響はふわっと浮き上がったと思ったら、猛烈な勢いで先行部隊を追い越し、あっという間に魔物の真上にまで到達する。
(な、何これっ! ワニ? ワニの、群れっ⁉︎)
コボルトとゴブリンじゃなかったのか? 何がどうしてこんなのが?
すぐに引き返し、偵察部隊の前に降下して内容を伝える。
「あのっ、おっきなワニみたいなやつです! 大きさは、めっちゃ大きいのが沢山! 用水路の幅ぐらいあるやつが泳いでたりしてます!」
続いて隊長さんの場所まで戻り、同じ内容を伝えた。
「すごくおっきいですけど、大丈夫でしょうか……あの、おっきくておっきいです!」
語彙っ! 響ちゃん、もう少しお勉強頑張りましょうね。本読んだりとか……
「いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて……あ、始まった!」
タタタタタタタタ、タタタタタタタタ。
連続した銃声が響いてきた。
20式小銃。三十年以上にわたって自衛隊の制式小銃として使われてきたが、人と人との戦いではなく、人と魔物の戦いの中では威力不足が否めなくなり、部品の組み替えで7.62mmNATO弾が撃てる20式改として運用されている。
通報ではゴブリンやコボルトとのことだったので、大口径ライフルが前線にいない状況が発生してしまった。
7.62mmNATO弾は、人型魔物の継戦能力を奪うには十分なのだが、大型魔物の息の根を止めるためには……
銃声はひっきりなしに鳴り響いている。銃声が聞こえて来ると同時に残りの部隊も前進しているが、前線が遠いためにまだ辿り着いていない。
「あのっ、上から援護します!」
再び響が飛び上がった。隊長の制止も間に合わず、一瞬で最前線に到達する。
(見えたっ……って、危ないっ!)
ワニたちの左後ろに、潰されたオートバイが見える。退避する隊員とワニとの距離は20m程。援護の射撃も虚しく、嫌がっている気配すら感じられない。
(あのままだと、隊員さんやられちゃう! 何か……何か……)
今日の響は手ぶらである。無理言って連れてきてもらったため、ヘルメットと迷彩服は身につけているが、レールガン用の弾すら持っていなかった。
(ファイヤーボール撃ったら隊員さんが怪我しちゃうかも。でも、チャージ砲もアサシン魔法も許可出てないし……)
響は考えた。世界最高峰レベルの天才である姉と、同じ遺伝子で作られた頭で必死に考えた。
「光よっ!」
響が初めて自ら考えて自ら開発した魔法。
ライトなセイバーとか、ビームなサーベルっぽい、光り輝くアレ。
響は剣道経験者である。国の意向で昇段試験も受けることができないが、魔法禁止状態でも二段、三段あたりの人には負けることはない。
姉の才能を受け継いでいる上に、反射神経も筋力もマイクロマシンチートされてるのだ。
そして、魔法を使えば空を飛べる。風で体の動きをサポートもできる。人には不可能な挙動を、簡単に再現できるのだ。
普通の人がやったら、手足末端の毛細血管が引きちぎれ、腱が伸び、関節を痛めるような動きでも問題なく動き続けられる。
「いっけぇっ!」
光の剣を携え、ワニの首へと向かった。
一瞬地面に足をつき、姿勢を低くしたところから飛び上がりざまに下から一閃する。
刀身は、響が意識しなくとも響が望んだだけ伸び縮みした。
手元から撃ち出されたプラズマビームが、その先の次元断層を通り再び手元に出現する。この次元断層と発射点の距離を伸縮させているのは、響の希望。
「こうなるといいな」
この願いを受け取ったマイクロマシンが……
って、なんじゃい、その便利なやつっ! 魔法ってそんな柔軟なものなの? 何その魔法みたいな動作原理はっ!
『魔法なんだから、魔法みたいな動きするのが当たり前じゃないの? あ、細かいこと気にする人?』
いや、細かくないだろっ! 前作からこう、細かい理論をこねくり回す系なんだから、そこ何とか考えろよ!
『あ、この光の剣、こねくり回したらぐるぐるして、もっと威力上がるかなっ!』
ズバッ!
さらに、手元から伸びて行くビーム粒子に螺旋状の運動が加えられ、刀身が一回り太くなったようだ。
首の直径だけでも1mを超えるような異界の生物は、一瞬で首を切断された。
切断面から大量の血液が噴き上がる。
時間をかけて焼き切るレーザーメスなどでは、細めの血管などはそのまま焼き塞がれることも多い。
しかし、一瞬で切断された傷口は焼け爛れる間も無く、綺麗に円形に切り取られた血管からの出血を止める効果はない。
響は大量の返り血を浴びつつ、斜め後ろ向こうの次の敵へと向かった。
響は『ワニ』と言っているが、史上最大級のワニ、デイノスクスに良く似た何かっぽいものだ。
ただ、大きさはさらにそれをはるかに上回る。全長は15mを超え、最初に討伐した個体は20mにも達しようかというサイズ感だ。
腕立て気味に体を持ち上げると、頭の高さは3mを超え、響の身長の倍近くなる。
しかし、響は飛べる。それも、縦横無尽に飛び回る。飛び回りながら光の剣を振るい、周囲を赤く染めて行く。
そして、自らも赤く染まって行く。
「ぐぁー、ぺっぺっ」
あ、口に入ったらしい。
飛びながら剣を振るい、洗浄魔法でうがいをし、襲われそうな隊員の周りにリフレクトマジックでシールドを張っていく。
二十頭のワニ……っぽい何かは、それから五分ほどで全て倒された。
仕事を終えた響が、地上に戻ってきた。
先ほど守られた偵察員が寄ってきて、響に全力の感謝を伝えている。
第四中隊の本体ももうそこまで駆けてきていた。隊長さんを見つけ、そこに飛ぶ。
「隊長さん、御免なさい。許可もらってる時間、ありませんでした……」
「いや、こちらこそ申し訳なかった。まさか響ちゃんにこんなに助けられるとはな……」
全身、血に塗れて赤黒く染まった戦闘服、髪からはポタポタと魔物の血液が流れ落ちる。
中学一年生女子が、こんな状態になるような戦いをさせてしまった。しかも、この娘は初陣のはずである。
陸上自衛隊の最精鋭である第一空挺団でも、装備が足りてなければ即座にピンチに陥る。そんな強敵を相手にたった一人で奮闘し、圧倒的な数の魔物を全て撃破する。
しかも飛び道具をいっさい使わずにだ。
魔法使いとはこれほどのものなのか。
本当に助かった。あのまま行ったら、自分の隊から殉職者を出しかねんところだった。
今回のこの作戦は、スタート地点から破綻していた可能性が高い。帰ったら司令部も巻き込んで十分な対策を取らねば……
こうして響の初陣は終わった。
魔物とはいえ、生き物を殺すことについて何か?
今はまだ、無我夢中だったとしか言いようがない。
しかし、躊躇していたら人が死ぬ。それだけは正しく判断できていた。
あの時助けた偵察員。彼は響が十六歳になったら、オートバイの乗り方を教えてくれると約束した相手だった。
助けられる命を助ける。
今回は知り合いの自衛隊員であったが、これからは身も知らぬ人を助けるケースも増えるだろう。
そんな時でも躊躇なく、最善を尽くすことができるよう頑張ろう。
ただ、今は……今はただ、シャワーを浴びたいのっ‼︎
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