第9話  人体改造

 マイクロマシンは、取り憑いた生体の健康状態を高いレベルで守ろうとする。


 現在、学会で『サワイケース』と呼ばれている事象である。


 最初の一例は響の両親であったため、その名『サワイ』が使われるようになった。

 中学一年生の響の両親は、今年七十六歳になった。響は六十三歳の時の子供だ。


 健康状態を守ろうとしすぎた挙句、異世界に渡った子供達のデータから逆算して遺伝子の欠損改変を修正し、身体能力が最高だった時代の体へと作り変えられていく……

 今では、見た目は『アラサー』ぐらいにまで若返ってしまっていた。


 ただ、これは極端な例である。普通の大人達は良くて二、三割ほど肉体年齢が逆行する程度で収まることが殆どだ。

 ただし、細菌性、ウイルス性の疾病には大きな改善効果が認められている。

 また、悪性新生物が消滅する事もあり、まだ治験レベルとは言え、実際にがん患者へと投与する治療法も始まっている。


       ♦︎


「ぷはぁ……やっと検査終わったぁ」

 魔法のインストールという、何を言っているのかわからない事態に巻き込まれた理沙と美智子は、帝大医学部附属病院に来ていた。

 帝大本郷キャンパス……要は二人の古巣の隣である。


「ついでに研究室寄ってく?」

「んにゃ、もう十五時過ぎたしいいっしょ。どうせ来週には結果報告来なきゃならんし」


 響が小さかった頃、学者達が寄ってたかって響の検査をしまくったために沢井夫妻の怒りを買い、以後の響の精密検査を拒否されている。

 そのため、新たに変な魔法を覚えさせられた理沙と美智子は、いい実験材料にされていた。


 前回の検査では血液どころか粘膜組織等も、マイクロマシンと置き換わってる部分が見つかった。

 と言うわけで精密検査である。今回は婦人科で、胎内の方まで検体とられたりスコープ入れられたりと、なかなかハードな検査を受けることになった。

 朝食抜きのまま身体測定、体力測定もやらされたので、もうお腹ぺこぺこスーパーダイエット? である。


「次回はお腹開けて中身取るとか言われそうで怖いわ」

「ほんとほんと。あたしら相手なら何やってもいいとか思ってそう」

 

「流石にそんな酷いことせんぞ」

「うおっ! 岡田主幹っ! いつの間に背後にっ!」

「とりあえず通報? 通報?」

 病院から歩いて出てきた二人の後ろに、いつのまにか上司が居た。

 

「通報すなっ! 別にストーカーでもなんでもないわ!」

 ゼハゼハしながら言い訳がましくがなりたてる主幹……

「言い訳じゃねーし! お前ら黙ってりゃ本部に報告もなしに百里に帰ろうとしてたろ」


 二人とももちろんそのつもりだったので、何も反論できない。


「帰りタクシー使ってもいいから。あと飯ぐらい食わせてやる」

「あ、じゃあ行きます」


 百里は遠いのだ。二十一世紀も半分が過ぎ、東京から名古屋までリニアモーターカーで一時間弱で着く時代。

 しかしここ本郷から百里となると、上野まで三十分、上野から特急で石岡まで一時間、石岡から茨城空港までが四十分、そして、百里基地まで十五分。乗り換え四回、合わせて三時間はかかる。


 永田町からタクシー使わせてもらえると、何よりも乗り換えしなくて良いのが助かる。


 病院前タクシー乗り場から永田町の内閣府庁舎へ向かった。そう言えば、ここまでくるのは三ヶ月ぶりぐらいかもしれない。


「お前ら二人とも、まったく寄り付きゃしないからなぁ、他の部署からレアキャラ扱いされてんだぞ」

 内閣情報調査室は基本的に横のつながりが殆どない。

 しかし、それでも有名になる人間が時々出てくる。

 それが昔の幸田詩琳巡査であったり、今の小川理沙だったりするわけで……


「えええっ⁉︎  わたし、有名人なんですかっ?」

「ドラゴンの第一発見者が何言ってやがる。そんなのが内調に来るとか、目立ちたくてやってんじゃねぇか? って説が……」

「いやいやいやいやいや、わたしがスカウトされた時、主幹もいましたよね?」

 理沙が反論する。

 

 内調直々のスカウトにより、帝大博士課程からこの内調に移ってきたのだ。目立ちたいだけでそんなことするやつは、そうはいない。

 

「目立ちたいからじゃなくて、生活苦からですよ」

 美智子さん、ぶっちゃけ過ぎ!


 そんなこんなで、久しぶりに内閣府庁舎へとやってきた。

 職員証なんて持ってきてなかったので、ビジター扱いで入庁。異世界対策系部署の集まる二階へと上がる。

 他にも経済政策やら領土問題やらの対策室も同じフロアにあるのだが、どちらも異世界絡みで極端に状況が振れるため、同じフロアに固められた。


「まぁ検査お疲れ様。とりあえず報告書はあとで送ってきてくれ。今日はあれだ、総理が話聞きたがってるから行ってきてくれ」


 ええええええっ⁉︎

 また面倒な仕事が回ってきた。


         ♦︎


 日本国首相、武藤大義。政権与党『新自由民主党』党首だ。

 

「ふむ。それで現在の体調はどうかね?」

「はい、絶好調と言っていいと思います。なんかこう、徹夜で報告書を書いても翌日動ける的な……」

 先週、実際にそんなことがあった。

「あー、徹夜しないとならないほど人手足りてないのかな?」

 気になるの、そこ?


 実は武藤首相、厚生労働大臣を二回も務めていた。

 また、以前はここ、内閣府に勤める官僚は時間外労働当たり前であったのが、ここ三十年で急激に進歩したAIに、かなりの業務を任せられるようになり深夜残業が激減したのだ。


 国会などで急な質問変更があったりしても、AIが必要な書類を集め、法解釈をし、大臣国会答弁用原稿にまとめ上げるまで五分とかからない。

 人はその文章と用意された資料を突き合わせ、整合性の確認と『きちんと人の言葉になっているか』を判断するだけで、実際に国会でそのまま使われるのが普通になった。


 質問する方もAIで原稿作成していたりするので

『もう、国会とか要らなくね?』

 なんて議論も出てきているが、最後の判断だけは機械には譲れない! そう決心している武藤である。


「人手の充当はまた考えよう。それで、ネガティブな側面は無いのかな?」

 気になるのはやはりそこである。


 病気が治った!

 若返った!


 ポジティブな話しか聞こえてこない。ポジティブな側面しかないのであれば、それこそ国家事業として魔法使いを増やしていくことも視野に入っている。


「いやぁ、わたくし共はまだ魔法使い歴二ヶ月のビギナーですので……」

「ふむ。もう少し様子を見てもらうか……うちから連絡員を出すので、時々状態を教えてくれるかな?」

 体の良い監視であろう。


 さぁ、面倒な本部でのお仕事も済ませた。あとは基地まで帰るだけ!

 行き先が田舎なので、自動運転タクシーは使えない。人の運転するタクシーは三割ほど高くなるが、今日は本部持ちで乗せてくれるって言うのだから太っ腹である。


 タクシーでも、百里まで二時間近くはかかる。運転手さんに長距離すいませんと謝ったら、これ一本で二日分以上の売り上げになると言って喜んでくれた。

 

 霞ヶ関から首都高に乗り、首都高六号線から常磐自動車道へ。

 常磐自動車道を順調に走り続けること一時間。

「あ、次の千代田石岡で降りた方が早いんです。そっちで降りていただけますか?」

 運転手さんに指示を出し、高速を降りてもらった。


「さぁ、帰ったら今日の仕事溜まってるよ。響ちゃんはちゃんと宿題やってくれてるかな」

「真面目なんだけど、なんかこう、抜けてると言うか……優秀なんだけど、明後日の方向向いてると言うか……」

 響の評価がかなり微妙である。

 

「あの能力が全力で魔物退治に向いたりしたら、それこそ魔物が絶滅危惧種に?」

「いや、絶滅してくれてもいいんだけどさ」

 

 ただ、その場からいなくなっても、またすぐに全然違う場所に湧いてくるのだ。

 今の所、その原理も仕組みも一切わかっていない。

 何もない場所に鏡が出現し、そこから出てくる。

 この鏡は二十年前にドラゴンが張った鏡とは違い、数時間で消えていくことがわかっている。

 いつ、どこに湧いて来るのか。それがわかるだけでも被害は激減すると思われるが、今の所一切ヒントらしきものすらない。


「響ちゃんクラスの魔法使いが、もう少し増えてくれると嬉しいんだけどね」

 理沙が目の前の決済用タブレットに映し出される広告を眺めながらぼやいた。

 

「いや、あのクラスが増えたらそれこそ地球滅亡じゃない?」

 美智子が言う通り、響の行使する魔法は威力がちょっとばかり非常識なものが多い。近くに生身の人間がいたら使えない魔法とか、勘弁してほしい。


「というかさ……」

 美智子が続けた。

 「その魔法使い候補の筆頭って、うちらだと思われてない?」

「あー、その可能性はあるかぁ」


 精密検査の結果を待つまでもなく、二人の体がおかしくなってきているのは明らかであった。

 今日の体力測定でも色々とおかしな数字が出てきている。


「まずさ、視力からしておかしいでしょ」

 美智子は中学高校と眼鏡っ娘だった。近視と乱視で視力は0.1以下。短大以降はコンタクトを使っていたのだが、今は必要性を感じなくなっている。

 

「今日の視力測定、裸眼で1.5が余裕だったわよ……二ヶ月前までのコンタクトつけてる時よりよく見えるわ」

「反復横跳びで六十回超えるのは、男子大学生並みって言われたわよ……」

「五十メートル走も六秒台出てたしねぇ。あたしゃいつの間に体育大通ってたんだろ」


 そう、二人とも「アレ」以来明らかに体の調子がおかしい。

 いや、とても調子良いのだ。良すぎるのだ。

「響ちゃんの体力テストとか、実は響ちゃん手を抜いてる?」

「もしかしたらご両親に言われてるのかもね。全力出すなって」


 もっとも、響は風を操り身体の動きを補佐することまでできてしまう上、魔法に馴染み過ぎて完全にシームレスな複合動作をしてしまうため、全力ってなんだ? になってしまうが。


 マイクロマシンがどこまで影響しているのかまだ不明だが、明らかに人の身体全体に手を加えているのは確かであろう。


『もともと、医療用なんだって』

 響が姉から聞いた、マイクロマシン情報である。

 病気が治る、若返るの効果はそれなのか?

 筋力や反射神経が向上するのも医療のおかげ? それって改造人間なんじゃないの?

 

 実は、マイクロマシンが異世界からの侵略者だったりするんじゃないの? 後で脳まで操られたりする可能性は?


 何もわからないまま、世界中でマイクロマシンが増え続けてゆく。


 真っ暗になった田んぼの向こうに、戦闘機のアフターバーナーのが見えた。

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