第8話 初めての戦闘訓練
千葉県、習志野駐屯地。
陸上自衛隊の最精鋭が、その辺りをフラフラしている危険地帯。
なんなら時々、空から人が降ってくる。
「と言うわけで、今日からしばらくここで響ちゃんの訓練するからね」
理沙が響を連れて千葉県までやってきた。
とは言っても、百里基地から対策室の専用ヘリで飛んできたので、あっという間だが。
「何が『と言うわけ』なんですか?」
「ここはね、幸田
幸田詩琳。伝説の女スパイ。日本版007と呼ばれる事もある。
ただし、異性関係はからっきしだったらしい。
沢井景。言わずと知れたドラゴン事件唯一の殉職者。
陸上自衛隊習志野駐屯地は、陸上自衛隊最強……最狂の第一空挺団が駐屯していることで有名である。
響の兄、沢井景は航空自衛隊のパイロットだった。
自衛隊パイロットは、必ずここで落下傘降下訓練を行なっている。
景も第一空挺団……とにかく飛行機から飛び降りるのがお仕事の人に教わって落下傘降下訓練を受けた筈だ。
また、習志野駐屯にはもうひとつ……特殊作戦群と呼ばれる特殊部隊もあった。自衛隊の標準装備から離れた最新の装備品まで導入し、常に国内最高峰の戦力を保持している最精鋭である。
幸田詩琳は、第一空挺団やこの特戦群で訓練を積んだ唯一の警察官として、ここ習志野では伝説となっている。
レンジャー
と言うか、なんで婦警がこんなもん持ってんだよっ!
レンジャーとか、あれだよ? 何言っても『レンジャーっ!』しか言わない奴らだよ?
第一空挺団とか、第一狂ってる団とか言われてるやつよ?
特戦群って、アメリカで言えばグリーンベレーだよ?
航空って、ヘリコプターのパイロットよ? 空飛んじゃうの!
水陸両用って、バスですか? ニンジャーとか言っちゃうの? え、海兵隊?
もうね、そんな婦人警官いるかっ! ってなるのが幸田詩琳巡査だった。
県警から警察庁に移り、自衛隊で訓練を積みつつ公安から内閣情報調査室へと渡り歩いた女傑。
五十八歳で殉職するまで婦警である事にこだわり続けた女スパイ。
そんな伝説の古巣に来てみれば……
「この娘が詩琳ちゃんさんの弟子ですか?」
習志野駐屯地司令、第一空挺団長
詩琳が空挺団に出入りしていた頃を知る、数少ない現役自衛官である。
「ええ、可愛いでしょう。響ちゃん、自己紹介して」
「沢井響です。十三歳です。よろしくお願いします」
きちんと挨拶できるのだ。響は。
基本的に大人に囲まれた生活をしているので、どうにも子供らしさがスポイルされてしまっているのが残念だが。
「で、十三歳の少女を空挺で預かってどうしろと……」
司令の疑問もよくわかる。
まだ体の出来上がっていない子供を鍛えても、悪影響しかないだろう。
しかも、よりによって第一空挺団なのだ。
「それについては詩琳さんからの指示が出てます」
「え? 詩琳ちゃんさんは殉職されましたよね? え? 当時もう、すでにこのことあるを予見して指示出されてたと? いやいや、いくら詩琳ちゃんさんでも、それは無理じゃ⁉︎」
司令が驚くのも無理はない。
響が『サワイチルドレン』と呼ばれる特殊な出自であることは通達されているが、異世界らしき場所にいる詩琳達と、継続的に連絡がとられていることはまだ告知されていないのだ。
「詩琳ちゃんさんがいくら伝説だと言っても、詩琳ちゃんさんだしそこまで緻密なことができるとはとても……」
いや、割と酷いこと言われてるな……
「それがですねぇ、詩琳さん、異世界転生した上でこちらと響ちゃん経由で連絡取れちゃったりするんですよ」
「はぁ? んなラノベじゃないんだから……」
陸将補、他国の軍隊で言えば少将である。そんな人の口からラノベとかの聞き慣れた言葉が出てくる。
一時は衰退しかかっていたライトノベル界隈だが、あのドラゴン事件で一変した。
異世界からの転移物ラノベが次々とベストセラーになり、読者層が急激に広がった。
しかも自衛隊が直接絡む事件だったため、自衛官の中には読み漁ったものも……
「と言うわけで、あとで文書回しますけどこの娘を鍛えてやって欲しいんですよね。なんなら特戦群に放り込んでもとか言われてまして……」
いやいやいやいや、誰だよそんなこと言うやつ……って詩琳だよ!
こうして、響の戦闘訓練が始まった。万が一魔法が使えなくなっても必ず生きて帰るための訓練である。
空を飛び回る響は、常に墜落にも備えなければならない。まずは基本の五点接地から訓練開始することになった。
「まぁ、マット運動のちょっと激しい奴だよ」
体操を習いに行っている響、マット運動は得意である。
「危険な物が落ちてる場所は避けて、足裏からこうね、ふくらはぎ、もも、お尻、背中と……」
第一空挺団の団長自らが実演してくれるとか、どんな贅沢。
長田団長は防衛大学校から陸上自衛隊幹部候補生学校を経て普通科に配属になった。
その後レンジャーに憧れ、レンジャー資格を取得、気がついたら空挺入りしていた空挺上がりの団長である。
「こんな感じでしょうか」
響がマネてみるが……
「いや、なんか物理的におかしな動きしてないか?」
「響ちゃん、飛んじゃダメ。今魔法禁止っ!」
見た目だけマネしてたら一発でバレた。所詮中坊の浅知恵である。
「はい、じゃ、その場で倒れるの、まずは百本っ!」
ころりん、ころりん、ころりん、ころりん、ころりん、ころりん、ころりん…………
「ふひー、ふひー、ふひー」
「あー、体力足りてないねぇ、走るところからやろっか」
陸自といえば駆け足。
とにかく走る。どんどん走る。なんなら陸将補が一緒に走ってる。
気がつくと他の隊員も走ってる。
みんなで走れば怖くない。ファーイトファイトの声も高らかに、中学生を中心に走っている。
いや、なんだよこれ。シュールすぎるだろ。って言うか、真ん中走ってる響、泣きそうだよ! 怖いだろ、この状況。
女性隊員が二人駆け寄ってきて、団長含めた全員に説教を始めた。
詩琳がここにいた頃と違い、女性空挺隊員もいる時代だ。そして、男勝りの女性隊員たちだが空挺男子ほどは狂ってないらしい。
こうして、基本的には女性隊員が目を光らせている中、響の訓練が始まった。
と言っても、走って転がる毎日だ。転がる訓練はコツを覚えたのか、あっという間に5ftの高さをクリアして来週からは10ftに挑戦しようなんて言われている。
走る方は、まだプロの走り屋たちにはついていけないが、女子中学生としては異様な脚力になりつつある。
そう、響の身体に取り付いているマイクロマシンが、心筋繊維を分子レベルで補強し、肺胞の中では積極的に二酸化炭素と酸素のガス交換を行うことで心肺機能を人外のものへと作り替えていっていた。
全身の筋肉や血管も強化され、超人へと近づく。この調子だと、空挺団の化け物たちに追いつくのも時間の問題であろう。
「ところで、わたし、走って転ぶ練習しかしてないんですけど」
「走る体力がついて、転んで怪我しないようになれば今は十分だ! いくぞっ、ファーイトファイトっ!」
「ふ、ファーイトファイトっ!」
魔法少女の戦闘訓練は始まったばかりである。
「ファーイトファイト……って、魔法少女ってみんなこんな感じなのっ⁉︎」
まぁ、ここじゃなくても陸自ならどこでもこんなもんだわ。
「いや、自衛隊じゃなくて魔法少女の話!」
日本初の公認魔法使いなんだから前例ないし、まぁ頑張ってね。
「そんなこと言っても……あ〜れ〜」
魔法少女の特訓は、まだ始まったばかりだ。大事なことは、きちんと二度言う。
これが戦闘訓練と言えるのかは、まだわからない。
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