第7話 魔法熟女MiChiKo
「で、そのステータスオープンとやらは、まだ見えてるのかね?」
岡田主幹に詰められる。
「見えるというか、感じるというか、意識するだけでいろんな情報がオーバーレイしてきて、ちょっと混乱してます」
響が人間プリンターで打ち出した二次元コードは、今は伏せられた状態で卓上に置いてある。
「情報とはどんなものかな?」
「たとえば、『今何時かな?」と思うと時計を見るまでもなく、時間がわかるんです。それも、その時必要としてるところまで。秒まで欲しい時には秒単位まで分かりますし、大雑把でいい時は『五時前かぁ』ぐらいな感じで伝わってきます」
この『さまざまな情報を知覚する』のは響が持っている感覚とほぼ同等なものである。
しかし、響きは幼少時からその感覚を持っているために、他の人に説明することができないでいた。
尻尾のない人間に、尻尾の使い方を説明するような、エコーロケーションで空間を掴む鯨たちの空間把握能力を人に理解させるような、存在しない感覚を説明するのは、元々それを持っている人には難しいことだった。
「この部屋も、中にある家具も、感覚の中で今どこに何があって誰が立ってるのか、目を瞑ってても分かりますし」
響はそれを、数キロ単位でやっているらしいことがわかっている。
ただ、彼女がどんな風にそれを知覚しているのかは、一切の謎であった。
「ただ『分かる』んですよ。今ここでわたしだけ目隠しして鬼ごっこしても、負けない自信があるぐらいには周囲が全部『見えて』ます」
響が剣道修行でほぼ負け知らずになっているのは、この常人では得られない超感覚によるものが大きいかもしれない。
ただ、国の意向で大会に出ることも、昇段試験を受けることも叶わないため、響の剣道を知るものは地元の道場関係者しかいない。
「とりあえず、危険はなさそうなのか……」
岡田主幹が、伏せられたプリントを何気なくひっくり返した。
後ろに立って見ていた理沙も、つい覗き込んでしまい……
「あっ!」
「うおっ!」
理沙と岡田主幹の声が被った。
『ステータスオープン魔法をインストールしますか? はい/いいえ』
「これが、その文字列なのか?」
そう言いながら、つい『はい』に触れてしまう岡田主幹。
どう見ても『そこに文字列が存在してる』のだ。そこに『ある』物に、つい触れてしまう感覚なのだ。決してボタンを押したつもりでは……
「うおっ!」
「ああっ!」
岡田主幹と理沙の声が再び被った。
『Magic StatusOpen Version.2.0.2 install……』
始まってしまった。
「んん? 何やらエラーが出たが……」
岡田主幹が手元のノートに文字を書いていく。
「うーん、エラーE-04 メモリースタックエラーと出て、止まってしまった」
「あ、お待ちください。わたしの方に何かインフォメーションが出てます……E-04が出た時は、対象の方が男性、または女性であれば子宮や卵巣などに疾病がある方がインストールしようとすると、なるらしいです」
美智子の視界には目の前で起きている事象に対しての解析結果まで出ているのか?
「危険はないのか?」
「『確認』のボタン押せばそれで終了らしいですが……」
ほっと息をつき、確認ボタンに指を伸ばす岡田主幹である。
「あの、わたしの方はInstall completeって出たんですけど……まさかわたしも魔法少女になっちゃったんでしょうか……」
「いや、お前ら二人、少女じゃないだろ……いいとこ魔法熟女だわ」
「っ!」
まともな企業ならば、一撃アウトな発言だが、ここは内調、少なくともまともな就職先ではない。
「と言うわけでだ……現在のところ、この紙は見ただけでアウトな呪物として判定するしかない。俺はこれ持って本部へ行ってくる。二人は体調等に問題がなければとりあえず現状維持。あとで魔法研から呼び出しはあると思うが、その時は応じることになるだろう」
岡田主幹はすぐに車を用意し、永田町へと帰っていった。
後に残された美智子と理沙は、この『ステータスオープン魔法』の考察を進めることにした。
と言っても、かなり詳細なヘルプが存在するのがすぐに判明した。
「魔法、これ使えるのかな?」
美智子が『魔法』と書かれたページを開き、つぶやく。
視界内に魔法のリストが並んでいる。
『生活魔法』と記されたツリーに『イグナイト』『ウォータ』『ウインド』『ウォッシュ』『ライト』の五つがぶら下がっている。
「ヘルプ通りにやればいけるんじゃない?」
理沙が同じページを開いてヘルプを確認していく。
「確か、響ちゃんがウォータ使う時はコップの上に手のひら出してやってたよね」
美智子が自分のマグカップの上に手のひらをかざして口を開いた。
「ウォータ……うぉっ! 出たっ、出たよっ」
ジュワジュワとカップの中から湧き出すように、水が溜まっていく。
量としてはたいしたことないが、それでも魔法が発動したのだ。
「み、みっちゃん凄いっ! 多分これ、国内の魔法使いの最高年齢記録更新だよっ!」
「誰が魔法熟女じゃ、誰がっ!」
「魔法熟女MiChiKo爆誕っ!」
「やめいっ! というか、理沙もできるでしょ。やってごらんよ」
理沙もマグカップに手をかざし
「ウォータ」
じょぼじょぼじょぼ……
「ほらっ、これで理沙も魔法熟女になったっ」
「でも、最高齢の記録はみっちゃんのままだし。わたしの方が誕生日二ヶ月遅いもん」
「そんなもん誤差よ誤差っ! とにかくあの二次元コードを読めば、魔法を使えるようになるのは確かみたいね」
今までに魔法使いになったのは、響を除けば全員『自力で魔法に辿り着いた』少女ばかりである。
人に教えられて魔法を使えるようになったものは一人もいない。
当然、紙っぺら一枚で覚えたようなパターンは人類初である。
「あ、でもこれ、攻撃魔法入ってなくない?」
魔法リストを確認していた理沙が言った。
「イグナイト、ウォータ、ウォッシュ、ウインド、ライト、この五つだけだわ。わたしのリストに出てきてるのは」
「わたしも同じね。あとは意識するだけで使える時計とかスケジューラとか……あ、マップが出てくる……最近
軽い方向音痴の美智子が嬉しそうに言う。
「電卓とか、見たことあるようなインターフェイスの関数電卓なんだけど……」
ちなみに理沙も美智子もカシオ派だった。予備校で最初に斡旋された電卓がカシオだったからに過ぎないが。
超感覚みたいなものも、別に何かを行使するわけでもなく、なんか普通にわかっちゃう感じである。
「そう言えば、無線が使えなくなるから魔法使えとか言ってなかったっけ?」
「あー、響ちゃんが言ってたねぇ。メニューにはないっぽいけど……」
電波障害で無線機が使えなくなるので、将来的には魔法で連絡を取り合うと良い……そう異世界の姉からアドバイスされたと言っていた筈であるが……
「まぁ、また今度聞いてもらお」
こんな感じで、二十一世紀初の魔法熟女……じゃなかった、魔女がここに誕生した。
ステータスオープン魔法。琴、奏、詩琳の三人組が開発した汎用マジックオペレーティングシステム。女性ならば誰にでも簡単に魔法が使えるようになる超技術。
これがインストールされたことにより、理沙と美智子の運命の歯車が、更に道を踏み外し始めた。
「いや、道を踏み外すとか言うなし!」
「そうそう! せめてこう、脱線したとか」
「それ、余計酷くなってるしっ!」
「じゃ、墜落?」
「元飛行機のオペレーターが何不吉なこと言ってんのっ!」
あー、この二人は元々、道なき道を走ってたから、最初から踏み外してた?
「違うわっ!」
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