第6話 魔法インストーラー

 学校の授業を終え、百里の出張所に顔を出した響が、担当官の姿を見かけて声をかけてきた。

 

「美智子さん美智子さん、お姉ちゃんから魔物対策のための新魔法が送られてきたんですけどお話いいですか?」

 二宮美智子、小川理沙の幼馴染である。


         ♦︎

 

 美智子は短大を卒業後、地元の小さなアパレルショップに就職した。

 社会人三年目の時、ドラゴン襲来事件が発生。これで人生が変わった。

 

 幼馴染の小川理沙が突然

「わたし、帝国大学入って研究者目指すからっ!」

 

 なんてことを言い出したのだ。

 この頃、理沙は航空自衛隊で早期警戒機のオペレーターを勤めていた。

 そう、あのドラゴンを最初に見つけた張本人である。

 

「あたしゃ決めたね。あの不思議生物の研究者になったるっ!」

「いや、高卒で自衛隊入って、ここ五年間まともな勉強してない理沙には無理だろ」

 なんて会話をしていたのだが、理沙は二年後にはあっさりと帝国大学理科一に合格してしまった!

 

 そして、シャレで一緒に受けた美智子が……

「なんであたしまで受かってんねんっ!」

 

 いや、あなたも割としっかり勉強してましたよね?

「そりゃ、勉強嫌いじゃないけどさ、普通受からなくない? だって帝大よ? 帝大。しかも理学部よ?」

 どんな運命が味方したのか、齢二十五にして帝大生となった二人であった。

 

「いやさ、理沙は良いよ? やりたいことができたから学校行こうって思ったんだし。で、二十五にもなって女子大生とか、わたしは一体どうすればいいの? 卒業したらアラサーよ、アラサー。そこからどうしろって言うのよ」

「そこで将来性あるのでも引っかければ?」

「それだっ!」


 引っ掛けられなかった。


 美智子も、男性にとってはなかなかに魅力的な女性だ。少なくとも見てくれは。

 元アパレル店員だけあってオシャレにも気を使うし、自分の見せ方を知っている。

 街でナンパされるのなんざ日常茶飯事である。

 しかし、帝大の若い子はなかなか靡いてくれない。

 お姉さんすぎるのが悪いのかと、若作りしまくってみたりもしたが、効果が薄い。


 帝大理学部とか、学生には暇がない。引っ掛ける相手の男子生徒も忙しいし、自分も研究室から出る暇がない。

 気がつくと、一番仲の良い男子が分子生物学のおじいちゃん教授だったりした。

「わたしの恋人は核磁気共鳴N M R装置なのよ……」


 同じ核磁気共鳴装置としてはMRIの方がメジャーである。こちらは内部構造まで画像化して検査するものになるのだが、これがドラゴンの臓器に対してかなり無力であった。

 試料が少し大きいと、内部が全くわからなくなる。障害となるような磁性体は問題になるような量ではない筈なのだが、磁力をかけて行っても核スピンがバラバラでなかなか揃わず、画像にならなかった。

 これが、少量の試料を検査する固体NMRでは、それなりに結果が出せている。ドラゴンから採取された半導体組織や、自律移動する半導体細胞などを検査しまくった。

 そのおかげで新たな知見がそれはもう沢山見つかったものの、美智子の婚期もそれに比例してどんどん遅くなっていく。


「いや、こんなはずでは無かった……理沙に騙された……」

 

 なんて愚痴るのも研究室の中。気がつくと理沙と二人でドクターコースに残り、非常勤研究員としてギリギリの生活を続ける羽目になっている。

 

 そんなある日、内閣情報調査室から異世界生物対策研究員待遇としての引き抜きを受け、そのままズルズルと響担当官へと流されてしまった。


 そして、気がついたらなんとすでに四十を超えている。結婚退職とかどこのファンタジー?


         ♦︎

 

「新魔法で魔物対策? オッケー、詳細聞いてもいいかな? ことによったら主幹も呼ぶことになるけど、その時はまぁもう一度」

「はい、えっと、魔法を誰にでも使いやすくするための魔法を送ってくれました」

「いや、魔法を送るって何よ」

 響が何を言っているのか全くわからない。

 

「魔法を覚えるための魔導書? を作ってくれたんです。えーと、感熱紙ってありますか? A4サイズぐらいのが数枚あれば良いみたいなんですが」

 感熱紙。熱を与えると変色する紙である。普通はレシート用紙ぐらいでしか使われていないため、そんな大きなものを用意しろと言われても困ってしまう。


 二十一世紀の初めの頃までは、家庭用ファックスなどで大きな感熱紙を使うものも存在していた。

 しかし、二十一世紀も半ばを過ぎた今、それを探すのはネット通販でも使わなければ……


「二宮主任、有りましたっ!」

 自衛隊では現役であった。さすが物を大切にする日本の文化。

 いや、流石にもう少し装備考えてあげてください……


「響ちゃん、あったわ。これ使えるかしら」

「ありがとうございます。じゃ、やってみますね」

 響が感熱紙に右の手のひらを当て、少しずつ位置を変えていくと……

「おお、凄い。二次元コードが印刷されていく……」

 二次元コードと、取り扱い説明書が印刷された。何その人間プリンター。

 

「魔法で熱を生み出すのは簡単らしいんです」

 いやもう、魔法ほんとにすごい。

 いや、これは凄いのは響の姉なのかもしれない。


「この二次元コードを読み込むと、女性なら大抵は魔法が使えるようになるんだって、言ってます」

 

 なんだよそのアプリインストール用の二次元コードみたいなやつ。どんな原理なんだよ。

 なんてことをツラツラと考えながら出来上がったプリントを眺めた美智子。そこで驚愕した。


『ステータスオープン魔法をインストールしますか? はい/いいえ』

 

 視界に突然文字が浮かび上がった。それもくっきりはっきり滲みなく。感覚としては目の前に文字という存在が中空に浮いている様にしか見えない。

 そう、文字を直接触れそうな気がするぐらいに実在感があるのだ。

 

 美智子はそっと『はい』に手を伸ばした。伸ばしてしまった。つい、触ってしまった。

 

『Magic StatusOpen Version.2.0.2 install……』

 目の前をグリーンのテキストがスクロールしていく。何が起きているのかわからない。しかし、何かが変わっていくのがわかる。


「な、何よこれ……なんなのよ」

「あ、美智子さんもスクロール魔法さん覚えたんですか?」

「マジックステータスオープンって書いてあったわ」

「あ、そうなんですか。わたしのにはマジックスクロールって出てるんですよね。違う魔法なのかな?」

 

 響はすごく軽く会話しているが、美智子はそれどころではない。下手するとこれまた人生一変の可能性も有る状況だ。

 

「ちょ、ちょっと対策室本部に連絡入れるわ。響ちゃんは今日は宿題だけやったら帰ってもいいわ。確か剣道のお稽古もある日よね?」

 言いながら慌てて部屋を飛び出していく美智子。理沙や岡田主幹に連絡を入れるのだろう。


「宿題かぁ……今日は数学と英語と……」

 勉強を見てくれる理沙や美智子が優秀なだけに、響も成績は悪くない。

「さすが沢井博士の妹!」

 とか言われることもあるが、単純に教える人の教え方が上手いのだ。

 伊達に二年の勉強で帝大に入った人達ではない。


「さて、とっととやっつけて剣道行こ……」

 響は剣道場と体操クラブに通っていた。これは姉の指示だという。

 そして、響の姉たちも剣道と体操のお稽古を嗜んでいた。

 

 下の姉、かなに至っては全国学生剣道選手権大会で四位に入った実力者である。

 体を動かすことが嫌いじゃない響としては、勉強してるよりも剣道や体操をしている方が楽しい。今日は早めに道場に向かおう。


         ♦︎


「二宮です。響ちゃんがまた新しい……はい、魔法を教える魔法だそうで、あの、わたしの前に響ちゃんの言う文字列が……はい、お願いします。理沙もすぐ呼び出しますので主幹もこちらへ……」

 美智子は慌てて上司に連絡を入れる。こんなもん一人で処理できるわけがない。


「ああんもう、主幹も理沙も早く来てぇっ」

 美智子の叫び声が百里基地に響き渡った。

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