第4話 初めての飛行訓練

「空を飛ぶなら、きちんと航空法覚えないとダメです!」

 

 こうして、響は学校の帰りに毎日百里基地に連れ込まれていた。

『第二条 この法律において「航空機」とは、人が乗って航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器をいう』

「この中で、響ちゃんは『政令で定める機器』として扱われます」

「機械扱いひどすっ!」

「そして、飛んじゃいけない場所や、飛ぶ高さも制限を受けます」

「法律が追いついてないかんじ?」

「それは流石に仕方ないでしょ。そんなポンポン飛べる人が出てたまりますか!」


 講習をしているのは、いつもの響担当官、小川理沙。


「理沙さん、なんでそんなに詳しいんですか?」

「わたしゃ元空自のオペレーターよ。実はあのドラゴン最初に見つけたの、わたしなんだから」

「……ええええええっ⁉︎ マジでっ⁉︎」

「ほんとよ。新機材のテストで那覇基地から上がって、奄美のあたりで気がついたのよ」


 ドラゴンが日本に襲来した時に最初に警報を発したのは、航空自衛隊第603飛行隊に配備になったばかりの、試験飛行中の新型早期警戒機E-2Dアドバンスドホークアイであった。

 この時、機内で最初に異常に気がついたのが小川理沙二等空曹、現内閣情報調査室異世界生物対策担当官小川理沙その人だ。

 

 この時に見たドラゴンのあまりの不思議さに自衛官を退官。研究者になろうと決心して帝大に入った優秀? な人物なのだ。多分優秀な筈……高卒自衛官から、わずか二年の受験勉強で一浪しただけで帝国大学理学部入りしてるし。


「さ、無駄話してないでつぎ行くわよ。でだ、パイロットとしての技能証明は将来的には取ってもらうことになるから覚悟してね。あとは航空従事者技能証明取得は今のうちから始めるからね。というわけで、まず最初に取る資格は航空無線通信士。これがないと無線機使えないからね」

 元自衛官だけあって、スパルタである。


         ♦︎


 無線通信士資格を無事に取得してからは、実技講習も行われた。

 と言っても、電波があまり使えなくなってきている現在、光、レーザー、音響。使える手段はなんでも使って情報を伝達する。

 

 訓練場所はやはり百里基地。この頃はまだ基地内の内調の出張所は建築の最中だったので、ハンガー前のヘリパッドを借りての訓練になった。

 とは言っても、自力だけで飛行できる人間なんて他にいない。したがって安全確認や、管制とのやり取りなどがメインとなってくる。

「うーん、やっぱりヘルメット被らないとダメですか?」

「そのうち魔法飛行士用の法律できると思うけど、今はまだそれでお願い。飛ぶなって言われるよりいいでしょ?」


 日に日に飛行に熟練していく響である。もう、歩くのも飛ぶのも変わらないぐらい気軽に飛び回ることが出来るようになっている。

 しかし、飛ぶ時は必ずヘルメットを着用することを義務付けられた。

 ヘルメット被った女子中学生が制服で空を飛ぶとか、なんともいえずシュールな光景である。


「はい、じゃ、離陸リクエストからもう一回」

「はーい、百里タワー、マジカル響、パッドNo.ゼロフォーワン、リクエストデパーチャー」

「マジカル響、百里タワー。クリアランステイクオフ」

「百里タワー、マジカル響、サンキューフォークリアランス」

 響がすーっと高度をとる。

 最初の頃みたいな轟々と音を立てながらの離陸ではなくなってきている。

 それでも人一人を浮かべるだけの風が地面に叩きつけられているのだから、周辺への影響が皆無というわけではない。


「はーい、じゃ、そこで止まって。ぐるっと周りを見回してみて」

「はい」

 響に見張りをさせる。

 なんだかんだと言ってもここは自衛隊の飛行場と民間の空港が並んでいるのだ。周辺にはいつでも航空機が飛んでいると思っていなければならない。


 これから先、どんどんレーダーによる監視や電波による指示ができなくなっていくと予想されている。

 響だけではなく、その他の航空機達への管制もどうなっていくかわからない。


「確認できたらぐるっと場周経路回ってきて、着陸許可貰って降りられるかな」

「了解しました。行ってきます」

 場周経路……トラフィックパターンとも言い、滑走路を一辺の一部とした四角い航路である。着陸時にはこの経路を通って滑走路を左手に見ながら、着陸コースに載せるのが基本になる。


 スコーンと飛んでいく響。今までの訓練中の計測で、最高速度は200ノット、時速にして380km/hを超え更に高速が出せることがわかっている。

 これはそこらのヘリコプターでは太刀打ちできない速度である。小型の固定翼プロペラ機でもなかなか出ない速度だ。

 しかも、箒も無しで飛ぶのだ。箒に乗って飛ぶ事もできるが、正直飛びにくいと言っていた。


 響は場周経路をぐるっと回って、あっという間に元の場所に戻ってくる。そして着陸許可を求め、完全に同じ場所にストンと降りてきた。

「うーん……早いところ航空法に人が飛ぶ時の法律入れてほしいですね。正直、このヘリコプター扱いなのはどうなの? って気がします」

 確かに、今の法律のままで運用するのは難しいだろう。

 そもそも、飛行場以外で離着陸してはダメなのだ。それこそ畳半畳分もスペースがあれば離着陸可能なのにヘリポートとして登録してある場所以外では飛ぶことができない。そんなアホな……とも思うがそれが法律である。

「まぁ、うちの親組織は法律作る方の人達だからね。すぐなんとかなるわよ」


 なんと言っても相手は内閣だ。すぐに手続きを進めて国会にかけてくれるだろう。

 反対する政党もあるだろうが、反対することでしか存在感を示せないようなところ以外は賛成に回るはずである。異世界生物対策は急務なのだ。


「さぁ、バンバン進めるわよ。続いては……」


 今日の訓練はここからどんどん激しくなる筈。更にこのあとは学校の学習も残っている。お姉ちゃん達からも沢山の宿題が出されている。

 響の中学生活はまだ、始まったばかりなのだ。

 

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