第2話 異世界への扉

 今から二十年ほど前の話である。突如四国南方に未確認の所属不明な飛翔体が観測された。

 

 航空自衛隊の戦闘機がスクランブルに上がり、四国沖で所属不明機アンノウンを確認した。


 確認された飛翔体は……ドラゴンであった。

 

 どこからどう見ても、創作物に出てくるドラゴンである。その中でもかなり大型の部類ではないだろうか。

 全長は50mにも達し、大きな口から炎を吐く。100ノット近い速度で飛び回り、防御のための盾らしきものを展開する。


 このドラゴンは航空自衛隊の活躍により討伐されたが、この時以降、世界中に異形の怪物が出現するようになった。

 アフリカゾウよりも巨大なイノシシ。

 猛禽類の頭と羽と、ライオンの体を持つ空飛ぶ怪物。

 ティラノサウルスの想像図っぽい爬虫類。

 巨大なアメーバ様な何か。

 人を喰う木。

 人よりも大きなアリの大群。

 全長100mを超える海蛇。

 オークやゴブリン。


 これらの異形の生物に対して、人は無力であった。

 各国の軍隊がそれぞれの異形を討伐していったが、大きな相手に対しては大きな威力の兵器を使わざるおえず、人々の間にも被害が広がっていった。


 そんな中、魔法を使える少女が現れはじめた。


 その、最初の一例が沢井ひびきである。

 

 最初に出現したドラゴン。このドラゴンを討伐した時に、一人だけ殉職者が出た。

 沢井けい。響の兄だ。

 続いてドラゴンの使った防御盾の研究をしていた科学者が、盾の膨張に巻き込まれて消失した。

 沢井こと。響の姉だ。

 この時、そのほかに二人の人間が同じく消失している。

 沢井かな、響のもう一人の姉と、幸田詩琳しおり、内閣情報調査室に所属していた女性である。


 響は自らの兄姉を、ドラゴンによって三人も失っていたのだ。

 

 このドラゴンの臓器から、既存の生命科学では説明のできない組織が見つかった。

 そこでは二重螺旋に連なる塩基が、シリコン、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素などをベースとした見慣れないものに置き換えられていた。

 

 更に、この謎臓器で製造されたらしき、自立で動き回る組織が発見された。まるで、半導体でできた細菌である。

 

 そして、この組織が人の体内に入ると若返る、健康になる……何を言っているのかわからないと思うが、その通りのことが起こるのだ。


 この不思議な半導体組織に感染した響の両親は、みるみるうちに若返ってゆき、四人目の子供として響を授かった。

 

 なんと、六十三歳の超高齢出産である。

 見た目は三十代半ばにしか見えないほどに若返った両親から生まれた子供。

 

 この、特殊な身の上として生まれた響は、四歳の時に外国人により誘拐されたことがある。

 この時、突如として魔法に目覚め、誘拐犯を三人昏倒させて助かることができた。

 

 まだ四歳の保育園児への聞き取り調査は難航した。

 しかし、調査をした甲斐があった。

 

「おにいちゃんと、おねえちゃんに、おしえてもらった」

 死亡、または行方不明とされている兄姉に教わった? 魔法を? そんなバカな……しかし、魔法を使えている……

「あとねー、しおりおねえちゃんにも!」


 幸田詩琳は響には何も関係のない人物である。誰も響にその存在を教えたりしていない……ということは、本当に兄姉達にも教わっているのか?

「ほんとだよー。みんな、やさしいおねえちゃんなのよ」

 

 その後、次々と新しい魔法を使える様になる響を監視し、保護し、利用するために、国が直接響の面倒を見て行くことになった。


 翌年、響以外にも魔法を発現する少女が現われた。

 厨二病を患っていたその少女は、魔法を使えると言う自己の設定のために、必死で魔法の訓練をしていたのだ。

 そしてある日、魔法ごっこの最中に水を生み出した。

 

 更に翌年、響が小学生になった頃、ついに響以外の少女の中から攻撃魔法が使える娘が現れた。

 

 攻撃魔法は危険な魔法である。この少女が発動させたファイヤーボールは、一発で乗用車ぐらいなら丸焦げにする。万が一人に当たれば、間違いなく死亡事故になる。

 それを、女子高生が発動した。この時は幸い人身事故には至らなかったが、いつそんな悲しい事故につながるかわからない。

 政府は魔法についての研究を進めるため、響のすぐそばに研究施設を設置した。

 これが内閣情報調査室百里基地出張所であり、異世界生物対策班はその中に分駐として駐屯していた。


「さ、響ちゃん。今日も色々教えてくれるかな?」

 女性の名前は小川理沙。現在の響の担当官である。響の担当官は現在三人が指名されていた。

 岡田洋一主幹と、小川理沙、二宮美智子の二人の女性だ。

 もっとも、常に張り付いているのは理沙と美智子であり、岡田主幹はだいたい永田町で指揮をとっている。


「はい、理沙さん。今日はどんなお話ですか?」

 響は中学校に上がっていた。この頃までに、攻撃魔法の使い手は日本だけでも十人を超え、まだまだ増えていきそうな気配だ。魔法のことを知るのは、国としても最優先事項である。

 

 響はとても素直で良い子で、大人の言うことをきちんと聞いて、言われたことはバッチリやってくれる。これ以上ないぐらい扱いやすい少女なのだが……ただ、一つだけ問題があった。

 響の魔法の威力が、ちょっとおかしい……それはダメだろ……ぐらいの超強力な魔法を発動させる。


「じゃ、今日は東海村まで行ってもらって良いかしら?」

 茨城県那珂郡東海村。日本初の原子炉が生まれた場所であり、日本の原子力発電のメッカである。

 ここに、かつてJ-PARCと呼ばれる陽子加速器があった。現在は遺構となっているが、偏向電磁石を再設置して魔法研究に役立てようとする計画が持ち上がった。

 前回、ここで響が『チャージ砲』と呼んでいる魔法を使ってもらい、見事に施設崩壊を招いたのだ……誰だよ、電磁石で偏向できるとか考えたやつ。

 

「また、ここでチャージ砲撃つんですか?」

「ええ、その『リフレクトマジック』を後ろに張れば大丈夫でしょ。で、最小出力で試してみましょう。だからね」

「はーい。わっかりましたー」

 

 リフレクトマジック。魔法によるバリアである。

 物理攻撃を弾き、魔法攻撃を消滅させる絶対防御。現在でも、世界中で響にしか使えない必殺技だ。いや、殺さないけど。


「じゃ、前回壊れちゃった壁のとこに張りますね」

 響がそう言った時には、もう虹色に輝く鏡が展開されている。

 響は呪文を使わない。これも、世界で唯一、響にしかできない特殊な事象である。


 そのまま、もともとビーム発生器が並んでいた場所に移動した。

 理沙を始め、ゾロゾロとついてきていた研究者が防護棟へと入る。

 響は、万が一ビームを後ろにそらした場合に備えて、狙う先が海方向になる場所へと移動していく。


『はい、響ちゃん、準備ができたら合図してね。こちらはカメラで確認してます』

 スピーカーから理沙の声が響いてきた。


 小学生の時、陸上自衛隊の演習場で初めてこの魔法を披露した時に、大変な事故が起きた。

 発動と同時に、周囲に猛烈な勢いで放射線がばら撒かれたのだ。

 この放射線源を巡って様々な説が考えられた。しかし、実験をするにしてもアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線その全てが観測されて大変危険なのだ。

 中でも中性子線が飛び交うことで広く安全な実験施設が必要となり、このJ-PARC跡地が選定された。


「はーい。わたしはいつでも行けます。合図してください」

 響、とても協力的。とても良い子。

『じゃ、ゼロで発射してね。さん、にー、いちっ、ぜろっ!』


 ぴちゅんっ!


 音はとても軽い。そんな危険な魔法とは思えないほどに軽い。

 しかし発生した事象はとてもじゃないが軽くは済まなかった。

 そう、最大の問題。毎回毎回、本当に威力がおかしい。


「すみません、リフレクト・マジック、役に立ちませんでした……」


 なんでも弾く絶対防御! リフレクトマジックが消滅した。

 その背後にあった壁には、直径1mm以下の小さな穴が空いている。

 その穴は進むにつれ徐々に広がり、背後のコンクリートを貫通し、地面の下にある研究棟地下施設の配管配線を叩き切り、数百メートル先で海中へと続いていた。

 

 そこかしこで線量計の警報音が鳴り響いている。響の撃ったビームは、進行経路にある大気の分子を分解し、原子を叩き壊し、原子核を崩壊させてゆく。壁にあたればコンクリートのカルシウム、珪素、鉄、アルミニウム、酸素、硫黄。みんな壊される。

 素粒子の奔流。観測されたのは陽子と中性子の流れであった。

 

「荷電粒子砲と中性子砲を組み合わせたような、凶悪な兵器ですなぁ……」

 理研から応援に来ている研究者が、呆れたような表情で言った。

「でまぁ、エネルギー量がおかしな単位になってる訳ですが、多分測定値で合ってるんですよね、これ」

 

 670PeV。今計測された陽子のエネルギーである。同時に観測された中性子は電荷を持たないために測定できなかったが、ほぼ同じ速度で動いていたと想定できる。

 このエネルギーを持った粒子が、高密度でビーム状に行手を蹂躙して行く。

 陽子が電子を剥ぎ取りながら分子結合を破壊する。

 中性子は本来、スカスカの分子の中を通り抜けて行く。しかしあまりに密度が高くなると、行く先々で原子核に衝突し、原子核を破壊、π中間子が切り離され、そこから更に陽子と中性子が飛び出して行く。

 飛び出した陽子と中性子は、さらに高速で飛んでくる陽子、中性子と衝突し、三つのクオークへと姿を変え、その時に質量の98%を失いガンマ線を発生させる。ガンマ線は周囲の原子核をぶん殴り、そこからさらに陽子と中性子が……


 今日の実験も一発で中断になった。

 日本原子力研究開発機構の職員さんがダメージを受けた壁面の確認に向かっている。少し斜め下に撃ち込まれたビームは、海水と言う高性能な減速材の中をも突き進み、沖合八百メートル近くまで白い泡が吹きあがったと報告が入ってくる。


「これで、最小出力……にわかには信じられん……が、サワイチルドレンとはこういったものなのか……」

 理研のお偉いさんと原研のお偉いさんと帝大のお偉いさんが頭を抱えている。

 

「響ちゃんお疲れさま。リフレクトマジック貫通は気にしなくて良いわよ。あなたも知らなかったんでしょ?」

「うん、これは知らなかった。あとでお姉ちゃんに聞いてみるね」

 

 響のお姉ちゃん。行方不明の沢井ことと沢井かな

 響はこの二人とやりとりができるのだと言う。

 一体どうやって? 周りの人間は、いつも置き去りにされていた。

 

 次回はその辺の謎を探ってみよう。

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