魔砲少女 HiBiKi  -空飛ぶ妹は、何でも魔法で解決する-

夏々湖

第1話 HiBiKi 地球で無双する

「オークの群れぐらいなら、わたし来なくても良かったんじゃないですか?」

 

 陸上自衛隊のUH-2型ヘリコプターの後部座席に乗る女の子が、有線ヘッドセット越しに後ろの女性に話しかけた。


「街中なのよ、オークが出てるのが。発砲許可取ってる間にあなたに行ってもらった方が早くて被害も少なくなりそうなのよね」

 女性はスーツ姿に航空ヘルメット。正直言ってその組み合わせはどうなの? と言った感じだが、今は気にしている余裕がない。

 

「はぁ、相変わらずお堅いよねぇ、日本政府も。女子高生に頼むぐらいなら発砲許可ぐらいサクサク出せばいいのに」

 女の子が愚痴る。

 

「オークだからね。大口径使うとなると手続き大変なの。その辺りの実務上の問題点についてはまた上に報告あげるから、今はオークの群れを何とかする方優先してもらえるかしら」

「はいはい、何匹ぐらいなんですか?」

「ざっと二十頭、もう少しいるかも」

「了解ですっと。場所の確定はまだですか?」

 後半部分は副操縦士の三尉に話しかけたものだ。

 

「間も無く現着します。川口駅前、産業道路沿いです。あと二十キロぐらいです」

 今、このヘリコプターは最高速度の140ノットで飛んでいる。時速にすると260km/h弱である。とするとあと五分程で到着する計算だ。


「とりあえずオーク倒して待っておけばいいですか?」

「あ、そろそろ響ちゃんには見えてるのかな?」

「はい、探知魔法ハイパーセンスに引っかかりました」

 魔法による空間認識。彼女には何が見えているのだろうか。

 

「オークっぽいのが十八匹、あと大きいのもいますねそれが二匹、合わせて二十かな。被害出る前に倒しときます。またあとで!」

 響と呼ばれた少女がヘリコプターのサイドドアのロックを外し、ガラッと開け放った。

「じゃ、ちょっと行ってきますね」

 ふっと何の予備動作もなく、倒れる様に扉の外に転がり落ちた。

 少女……響はすぐに風を制御し進行方向を確認、全力で風を吹きだしながら加速する。


「何度見ても、あの降り方はないわよね。毎回心臓がヒヤッとするわ」

 ヘリコプターの中で女性が愚痴った。

 遥か前方に飛び出した響が、ヘリコプターを置き去りにしながら高度を下げていくのが見える。あんな低いとこを日常的に飛んでいたら、それこそしょっちゅう鳥とぶつかるだろうに……


         ♦︎


 皆さんは魔法少女と言われたら、どんな少女を想像しますか?

 

 赤いリボンに紺のスモック。お母さんにもらった箒に乗って、荷物をお届けする女の子?

 赤い髪に大きな目、ドラゴンも跨いで通る女の子?

 ピンクの髪でステッキ持って、呪文一つで大人に変身?

 

 それとも……


「じゃんじゃかじゃーん、ひびきだよー、よろしくねー」

 その少女は空から降ってきた。


 身長171cm、未だ成長中。

 髪は黒髪、肩口でパッツン。元はもっと長かったが、格闘戦の師匠に『邪魔だ』と切られた。

 割とガチガチな戦闘訓練を受けているため、そこそこ筋肉のついた痩せ型。無駄な脂肪とかはほぼ見えない。

 無駄な脂肪とか! 大事なことだから二回言った!

 

 学校のブレザーとスカートそのままで飛んできているが、中が見えづらいように認識阻害魔法を開発してもらった。何その無駄技術。

 と言うか、普通に光学迷彩魔法とか持ってるんだから使えよっ!

 規則だからヘルメットも被ってる。規則守るの大事!

 

 そう、響はかなり残念な魔法少女だった。しかも、そろそろ少女って呼んで良いのかちょっと微妙な見た目になりつつある。

 

 女子高生かつ美人さんなのよ? でもね、タッパの高さがその辺りをスポイルしている。

『背が高いのは便利なのに。図書館で本借りる時とか』

 いや、あなたあんまり図書館行かないじゃないですか。調べ物はもっぱら魔法で調べちゃうし!

『細けぇことは良いんだよ』

 いや、良くないだろ……割とそこ大事だと思うよ?


 違う、響とやり合うのはナレーションじゃない、オークだった……


         ♦︎

 

 その日、つい三十分ほど前まで、川口駅東口は平和だった。

 水曜日の午前、人の流れが少し落ち着く時間帯。買い物客もビジネスマンも、一瞬落ち着く時間帯。それでも人通りが途切れるわけではなく、ダラダラと客足が続く、そんなタイミングである。

 

 そんな長閑のどかな駅前で、高さ一メートル半ほどの空間に鏡のようなものが突如現れたかと思うと、そこから異形の化け物が次々と出てきたのだ。

 

 それは豚とも猪ともつかない顔つきの、二足歩行する大きな異形であった。

『オーク』と呼ばれるその異形は、現れた場所でしばし動きを止めていた。


 しかし、人々は知っていた。これが人を襲う化け物であることを。

 男は殺され、女は苗床として連れ去られる。そんな知識を皆が持っていた。

 そして、その場に阿鼻叫喚の渦が発生する。

 人々は逃げた。このオークの群れに捕まったら命はない。無手の人間が敵う相手ではないのだ。


 すぐに110番通報がなされ、最寄りの川口駅交番から三人の警察官が走ってくる。

 しかし警察官が来たところで、出来ることといえば避難誘導程度だ。警察官の持つ38口径拳銃で太刀打ちできるような相手ではない。

 むしろ、怒らせて被害を大きくする可能性が高いのだ。


 オーク出現の通報は、警察から警察庁経由で異世界生物対策委員会へと連絡され、学校で一時間目の授業を受けていた響が連れ出されてきた。


 オークの群れが動き出す。中心に立つ一際大きなオークが吠え声を上げた。


「あー、まずいかな………襲われてる人がいる……」

 まだかなり距離があるが、もう一刻も猶予はなさそうだ。

 響は虚空から取り出した鉛製の弾丸を体の前に浮かべ、狙いを定めた。

 オークとの距離、空気抵抗による減速、撃ち下ろしになるための見越し角度の調整、周囲に被害を出さないための初速の制限……

 演算課程は全て魔法にやってもらい、自分は見定めて発動ワードを……

 

「ぱんっ!」

 いや、発動ワード、それ?

「ばんっ!」

「だだだだだだっ!」

 遥か彼方でオークがパタパタと倒れていく……映像化の見映えとか、何にもない。本当にパタパタと倒れていき、立っているものが一頭もいなくなった。

 

 ただ、現地では割とひどいスプラッタが展開されていた。

 周辺に被害を出さないよう、十分に手加減された弾丸だが、一撃でオークの頭を粉砕していく。

 撃ち下ろしのため貫通した弾丸は地面に当たるが跳弾せず、流体として地面に沿って流れ数メートル地面を抉ったところで停止する。

 

「はーい、これにて一件落着……」

 とか言っているところに、バタバタとヘリコプターの音が近づいてきた。


「はぁ、相変わらず派手に倒してるわねぇ」

 広場に着陸したヘリから降りてきた女性が、感心したように言う。


 辺りは騒然としていた。

 オークに捕まり連れ去られそうになった女性が、倒されたオークにのし掛かられ半狂乱になっている。

 オークは、その大半が頭を失い倒れていた。

 残りも、肩や胸がなくなっており、そこいらじゅうに血の匂いが充満していた。

 

「さてと……じゃ、お仕事しましょう」


 内閣情報調査室、異世界生物対策班、小川理沙。今日の仕事は魔法少女『響』を指揮し、異世界生物による被害を最小限に抑えること。そして、事後処理の手配をすることである。

 まずは救急車の手配と、被害者の救護。同時に非常線を張り現場から異世界生物を移動させなければならない。

 

『こちらは異世界生物対策班です。出現した異世界生物は全て駆除いたしました。これより、現場検証のために周辺地域を規制いたします。現場周辺は有害物質の放出の可能性があります。周辺住民の方は出来るだけ建物から出ないようご協力ください。繰り返しお伝えします、こちらは……』


 ヘリコプターに装備された外部スピーカーから放送を流す。オークではまだ聞いたことがないが、異世界生物の中には猛毒のガスや粉をばら撒くものも存在するのだ。


「あー、響ちゃん。回収班もすぐ呼ぶからちょっと待ってね」

 他にも異世界生物が潜んでいないか警戒していた響が降りてきた。

「わたしが運びましょうか?」

 そこらじゅうに転がっているオークの死体を見ながら理沙に聞く。

「んにゃ、このままこれは研究所に運んでもらうから良いわ。あなたは戻って学校ね」

「はーい……」

 

 異世界生物が出現した地域は、無線がうまく通じない。理沙が近くの公衆電話を探そうとしているところに、事態収拾のためのヘリコプターが飛んできた。

 

「第102飛行隊の吉田です。警備人員連れてきました。朝霞の施設科と大宮の化学も間も無く到着するようです。レーザー通信用のドローン上げましたのでレーザー通信機はご利用いただけます」

「ありがとう。魔物はオークが十八頭と、オークリーダーかな? 大きいのが二頭、合計二十頭です。全て駆除済みとなりました。邪魔にならないよう、こちらは撤収しますね」

「了解しました。現場検証以下の作業はお任せください」

 

 あの異形達は魔物と総称されていた。どこのファンタジー世界の話だよっ! と思うが、政府の公式呼称なので仕方がない。

 

 引き継ぎを終えた理沙は、ウロチョロしている響をとっ捕まえ、UH-2ヘリコプターに戻る。

「さ、帰りますよ。これ以上勉強遅れたら、お姉さんにドヤされるんでしょ?」

「あうー、そうだけど、そうだけどー」

「はい乗って! オッケー、上げてください。百里に戻ります」

 ヘリコプターのパイロットに指示を出す。


 電波障害はまだ続いているため、空域管制を直接受けることができない。レーザー通信機で連絡はできるが、空域管制レーダーが全く使えないのだ。そのため、パイロットは周囲の安全確認を自分の目だけでしなければならない。

 周りにビルが多いこの辺りは、完全有視界、無管制で飛び回るのはなかなか怖いものがある。

 

「では、行きます。シートに座ってベルトを締めてください、ちゃんと、扉も閉めてくださいね」

 放っておくと響がフラフラして、下手すると機外に転がり落ちる。というか、むしろ積極的に飛び出していく。

 機長は後席の二人がシートに座ったのを確認し、コレクティブレバーを引き上げ、離陸した。


 向かう先は茨城県、航空自衛隊百里飛行場。ここに併設されている内閣情報調査室百里基地出張所。

 アラートハンガーのすぐ隣に、事務所とヘリパッドが新設されていた。なぜならば、この基地は魔法少女響の実家から程近くなのだ。

 空を飛べる響は、家からなら二分以内、学校からでも五分以内にここまで飛んで来られる。


 ただ、女子高生にアラート任務やらせるのって、どうなの? とは思うが、何と言ってもあの魔物達に対抗できる戦力があまりないのだ。

 

 今回現れたオークでも、拳銃どころか突撃銃アサルトライフルの5.56mmNATO弾で30発ワンマガジン近く撃ち込んだが、まだ生きてた……なんて話もある。

 流石に急所に当たれば一発で倒すこともできるが、動き回る相手の急所を狙うのは至難の業だ。

 必然的に大口径銃による一撃狙いが多くなるが、街中で.50口径を振り回せるほど自由な戦いができるわけではない。


 小回りが効き、超火力な魔法少女の使い勝手が良すぎるのだ。

 それでも、義務教育が終わるまでは政府も遠慮して、授業中に連れ出されることはなかった。

「まぁ、高校入った途端これですからねぇ」

 響がぼやくが仕方がない、。お国どころか人類の危機なのだ。

 

 人類の危機。そう、人類只今大絶賛危険が危ない真っ最中である。


 何故こんなことになっているのか……話は二十年遡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る