運と不運は紙一重

夕玻露

運と不運は紙一重

『禍福は糾える縄の如し』


僕はこの言葉が嫌いだ。幸せと不幸がワンセットとなっているなんて信じられない。昔から僕は、不幸体質で今まであった中で1番運が良かったことは、小学2年の頃に買ったアイスが当たりだったことぐらいだろう。まぁ、それも目を離した隙に烏に取られたのだが。普段から犬のフンを踏むのは当たり前の日々だったのだが、最近では、不幸がいじめに変わってきた。小学生の頃に、好きな人がバラされ、中学ではそれがいじめの原因となり、高校に入っても、環境が変わっただけで、生活は何も変わらない日々であった。朝はいじめの主犯を起こしに出かけ、昼はパシリとして購買に走らされ、夜には、コンビニでタバコを買えと脅される。僕は代替えの利く道具と何も変わらない。だが、そんな僕でも、犯罪に巻き込まれたことは一度もなかった。


そんな僕は、今ちょうど人質となっている。今まで犯罪にだけは、巻き込まれたことがないという取り柄が消えてしまった。なぜこんなことになってしまったのか。いつも通り、いじめから解放されて、夜道を歩いていると、急に口を塞がれ、気づいたら何もない倉庫のような場所で縛られている。顔は塞がれていないため、呼吸ができることだけは救いだ。あー、なんでいつもこんなことになってしまうんだ。これから先もずっとこうなのだろうか。もう、生きている必要はないのかもしれない。死んでくれという神からの伝言なのかもしれない。そう思えてきた、そうと決まればやることは一つ。


「おいおい、そんな茶番はいいから、早く殺してくれないか。それとも、手元の銃は、おもちゃだったりするのか」

「なんだお前、さっきまでは何も喋らなかったのによ。こんなところに連れてこられて気が狂っちまったんか。まぁ、安心しろ、もう警察はここにきている。あとは身代金と逃走用の車が用意されてれば解放してやっからよ」

「はぁ、何言ってんだ。こっちは早く殺してくれって言ってんだ。助けて欲しいだなんて思ってすらいない。こんな生活、もうこりごりなんだよ」

「ほんとに気が狂っちまったんか。今、お前を殺すことはできないんだよ。そしたら、俺も捕まっちまうじゃねえか」

「そっちの話なんて、僕には関係ない」


一方その頃(警察側)

「先輩、中で揉めてませんか」

「そうだな、人質の安全も時間の問題かもしれない。この倉庫には裏口があったな。倉庫内の声が大きいうちに裏口からの侵入を頼む」

「わかりました」


あー、なんで早く殺してくれないのだろう。誘拐って人を殺したいからしてるわけじゃないのか。そんなことを考えていたら、犯人が倒れていた。そして、後ろでは警察官が縄を解いてくれている。僕は助かってしまったようだ。こんなところで人生一番の運が発生してしまうとは、

「すみません、ありがとうござまいます」

「おっ、戻ってきましたか。先ほどまでブツブツと何か喋っていて、私の言葉に反応しませんでしたからね。心ここに在らずって感じでしたよ」

「そうでしたか、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いえいえ、あんな状況だったら、無理もありません」

そう言われると、少しの間事情聴取を受けたが、何事もなく家に帰らせてもらった。辺りはすっかり陽の光を浴びていた。


僕は一度、自殺すると決めてしまった。今更変えようだなんて思わない。何か方法を考えなければ。首吊りとかは、失敗した時にただ苦しいだけだろうから、こう一瞬で死んでしまえるようなものはないものか。

「次のニュースです。先ほど、夕玻駅で人身事故が発生したため・・・」

これだ、亡くなった人には申し訳ないが参考にさせてもらおう。こうして、僕は最寄駅へと直行した。自殺をしに行くのに、こんなにも希望に満ち溢れている人物など、現時点では、僕一人だろう。さて、次の電車までもうすぐだ。そして、電車が駅に入ってきたと同時に

「今だ」

僕は勢いよく飛び出した。だが、僕の期待とは裏腹に、体はホームの方向へと引き寄せられた。

「おいっ、何してんだ。俺がいなかったら、お前はこの電車に轢かれていたんだぞ」

そう言い放ったのは、仕事帰りだと思われる小太りの中年男性だった。

「すみません、疲れていて」

その後、彼は気をつけるようにとだけ言い、電車の中に消えていった。その後、僕は性懲りも無く、飛び込み続けたが、結果は全て同じだった。日本人は皆、正義感に溢れているのだろうか。それとも、僕に何か変な力でも働いているのだろうか。


僕は、今までのことを振り返り、気づいたことがある。それは、一般的な自殺方法では、死ぬことができないということだ。そこで、今回は法に殺してもらうことにした。そう、死刑になれば、確実に死ねる。だが、犯罪に手を染めたくはない。なので、偽造することにした。この世界には、多くの行方不明者が存在する。そこで、彼らには悪いが、僕が彼らの誰かを殺した風の写真を作り、警察に自首しに行くのだ。さて、準備は整った。今こそ、加工写真を持って、警察署へ。


「君、何言ってんの。これ、加工してるでしょ」

さすがは日本の警察。こんな、加工写真では騙されるはずもなかった。

「何のためにこんなことを」

「死刑になれば死ぬことができると思って」

「死にたいか君。やめときな、死んでもいいことなんてないぞ」

「そう、ですか」

「てか君、誘拐されてた子じゃないか。なるほどそういうことね」


僕は、大型の病院に連れて行かれた。そこで言い渡されたのは、誘拐されたことによる精神異常だということだ。何を言っている、この僕が精神異常なわけないだろ、と思いつつ、ここで反論してしまえば、より深刻なものと捉えられてしまうだろうから、仕方がなく、受け入れることにした。数日間、入院をして治していくそうだ。流石に同じ部屋にいることは良くないということで、自由時間を与えてもらってる。そこで、僕は毎回屋上に行くのだが、ここの屋上のフェンスは高く、登れそうもない。ここで死ぬことは出来ないのだろうか。だが、今までで僕が死にたいと思っても、死ぬことが出来ていない。これが今までの分の幸福だというのだろうか。そうであったら、僕の神のせめてもの温情だとでも言うのか。この人生で自分の思うようにいかせてくれない。どうせ、このフェンスを乗り越えても何かしらの理由で死なせてはくれないのだろう。

「死んじゃダメっ」

急に、男の子の声が聞こえてきた。後ろを振り返ると、足に包帯を巻いている男の子が泣きそうになりながら、立っていた。

「死んじゃダメって」

「えっ、だってお兄さん、ここで飛び降りようとしてたでしょ」

「そんなことないよ、ここで景色を眺めていただけ。それと、こんな高いフェンスを乗り越えることなんてできないよ」

「そうなんだ、良かった」

「そういえば、なんで死んじゃダメなの」

「だって、死んじゃったら、何も出来なくなっちゃうんだよ」

「なんで、何も出来なくなったら、なんでダメなの」

我ながら、こんな子供に聞く内容ではないと思っている。だが、僕は今まで、死ぬ理由は考えてきたけれど、生きる理由は考えてこなかった。なので、ここで生きる理由を知っておきたい。

「なんで、ダメって言われても、、、そうだ明日のこの時間に、病院近くの駅で集合しよ。そうしたらいいところ連れていってあげる。そうしたら、ダメな理由もわかってくれるはず」

「ほんとだね、わかったよ」

「約束だからね」

そういうと、男の子は覚束ない足取りで階段を降りていった。


約束の日、僕は少し早めに集合場所に着いた。それから、少しして道路の向こう側から彼の姿が見えてきた。

「お兄さん、ちゃんと来てくれたんだね」

男の子は、手を振りながら大きな声で僕に呼びかけた。なんで子供はこんなにも元気なのだろうと思いつつ、僕も手を振りかえした。そのまま彼は、ゆっくりと横断歩道を渡り始めた。ただ、子供らしく、彼は赤信号を渡り始めた。

「おーい、赤信号だぞー」

「えっ、なんて」

まずい、撲の声が聞こえていない。それと同時に、ものすごい勢いのトラックが走ってきた。彼の足では、もう引き返すことも渡り切ることもできないだろう。どうして、こんなときにも僕は、不運に見舞われるんだ。違う、僕はこの時のために生かされていたんだ。結局、神も僕のことを道具としか見ていなかったのか。でも、それなら最後まで道具として生きてみるのもいいだろう。身を挺して彼を救い、僕は死ぬ。これで僕の役割は果たされる。こんな終わり方なら、みんな幸せではないか。

「危ないっ」

僕は、彼に向かって飛び出した。今回は、誰にも邪魔されず、僕の思い通りに事が進んだ。彼を投げ出し、僕の体には、想像を絶する痛み。悪くない人生だったな。


気づいた頃には、僕はベッドの上で見慣れた天井を眺めていた。医者曰く、下半身不随となったが、一命取り留めたらしい。僕が轢かれた瞬間、反対車線で救急車が通っていたらしく、すぐに治療ができたらしい。このことがなければ、僕はとっくに死んでいたそうだ。彼も命に別状はないようだが、僕に押された衝撃により、まだ意識が戻っていないそうだ。


たしかに一命は取り留めたが、こんな状態では死にたくなっても死ねない。

僕の人生は、僕の思い通りにいかせてくれない。

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