第53話 2034年7月25日火曜日Ⅱ

 蓮子の祖母に言われた道を7人で並んで歩く。キャンプ場に着くまで、車1台すらすれ違うことが無かった。改めて過疎化が進んでいる地域であることを認識した。

「舞谷さん……お父さんもお母さんも亡くしちゃってたんだね……」

 暗い声で、後ろを歩く菜々子が言った。

「あぁ……だから園から居なくなったんだな……」

「でも、いい笑顔だったよね〜。だから俺らがそんな顔してちゃ駄目だよ〜」

 前を歩く聖真がこちらを見ることも無く言った。純武は(コイツの後頭部には目でも付いてるのか)と思いながら、聖真の頭を見て歩き続けた。



 キャンプ場に着くと、右手の森の手前に1台の古い自転車が停まっているのが目に入った。近付いて自転車を観察すると、前輪の泥除けの所に学校の校章ステッカーが貼られていた。

「これ、舞谷さんの自転車じゃないですか?」

「そうじゃね?古臭いし、多分あのおばあちゃんが言ってた自転車だろ」

「なら、舞谷さんはこの森に入ったんだろうね。純武の記憶の森、だろ?」

 一が腕を組んで純武を見た。「あぁ、そうだろうな」と答え、森の中に入ろうとする。

「ちょ、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。6歳の子供が入って出られるんだ。大した森じゃないよ」

 そのまま森の中を進むと、開けた場所に出た。純武は「ここだ……」と声を漏らした。

「ここの景色が見えた瞬間だったんだ。ここに入ろうとした途端、あの叫び声が聞こえて────」

 視線を落とすと声が出なかった。白い小さくさせる背中がそこにあった。

「ん?」

 立ち上がると白い背中の正体は、同い年くらいの女子が着る白いワンピースの背中だったことが分かった。

「ちょっ、ちょっと純武。早く前に言ってよ。私達が入れないでしょ?」

 菜々子に背中を押されて、よろめきながら前進する。後から6人がぞろぞろと開けた場所に入って来る。

「え?君達は────?」

 純武が体制を立て直すと、その女子を見据える。本人だった。菜々子くらいの長さの黒髪、少し日に焼けた肌、昔の面影。

「久し振り。蓮子ちゃん」

「え?き、君は?」

 振り返ると、皆が微笑んでいた。その笑みの理由が純武には分からなかった。

「あ──」

 蓮子に向き直ると、その蓮子の瞳から出た涙が頬を伝っていた。「あれ?あれ?」と困り顔で頬の涙を手で拭う。

「俺が分かるかい?昔も……一緒にここに来たやろ?俺の事、知っとるやろ?」

「昔一緒に……?知っとる……?尾張弁……?も、もしかして──純武君?」

 純武は頷くと自分が流した涙を拭いた。



「あったあった!覚えてるよ!」

 11年前の記憶の話をすると、蓮子もその内容を覚えていた。

「私も未だに意味は分からないなぁ。でも、純武君の友達のその──馬斗矢君だったよね?馬斗矢君のお兄さんがアイザワソウイチロウって同姓同名なんだ……なんか不思議だね」

 結局、7人は舞谷家の座敷部屋に上がり込み、自己紹介も兼ねて11年前の出来事について話をすることになった。それぞれが座布団の上に自由な姿勢で座っているが、馬斗矢だけは正座を取っていた。

「そっかー。舞谷さんも心当たりがねぇのかー」

「呼び捨てでいいよ。同い年でしょ?」

「私も純武みたいに蓮子ちゃんって呼んでいい?」

「私は後輩なので蓮子さんとお呼びしたいです」

 菜々子と瑠璃と提案に「勿論っ」と答える蓮子だったが、その横で足立が「舞谷……れ、れ、蓮子……い、いや無理だ!舞谷さんでお願いします」と何故か土下座をしていた。

「僕も舞谷さんって呼ぶのがしっくり来るかな。可世木さんも彼方さんもそう呼んでるし」

「自由でいいんじゃないか?ね、舞谷さん?」

「え?う、うん。ごめんね。皆に任せるよ」

「じゃあ〜、俺は蓮子っち」

 聖真を見て「あははは〜」と蓮子が笑う。

「皆は、昔のあの言葉の意味を解明しようとしてるって訳なんだね?」

「そうや。何か……知らんあかん気がしてさ」

 蓮子が考えるように拳を額に付けると目を閉じたまま口を開いた。

「私も協力したいっ、て言ったら迷惑?」

 瞬間、場が静かになったと思ったら、菜々子が目の前の背の低い大きな机に音を立てて手を置いた。

「大歓迎だよッ!」

 そう言うと菜々子が瑠璃に視線を送った。すると「あ〜〜」と納得するように上品に手を叩いた。菜々子は自分のバックから黄緑色のミサンガを取り出し、蓮子に差し出した。

「これ!私達のチーム名の〈虹〉の証!」

 蓮子に見えるよう、目の高さに自分の手首を持ち上げる。水色のミサンガが手首から腕の方に少しズレた。

「え?〈虹〉?」

 蓮子が指で「1、2、3、4、───」と数える。

「8人になっちゃうよ?いいの?」

「私達も最初は7人で7色のつもりだったんです。でも──ちょっと手違いというか、アフリカのアル部族という部族では8色が虹色らしくて……それで8つ作ってしまったんです」

「僕も知らなかったけど、アメリカでは6色らしいしね」

「へぇ……〈虹〉って国や地域によって何色か違うんだね」

 蓮子が黄緑色のミサンガを受け取りながら関心していた。

「私が付けてあげるよ」

 菜々子が蓮子の手首を持って言う。「ありがとう」と蓮子が笑みを溢す。結び終わりかけに菜々子が「はい──出来た!」と言ったその時だった。

「ぐぅあッ」「ああッ」「うぅ──ッ」「こっこれは──」「なん──」「ん〜ッ」「ギョえ──」「私───ッ」と全員が頭を抱えて倒れた。

(何……だ、これは……)

 純武の頭の中に何かがねじ込まれる。頭痛が酷い。誰かの、何かの記憶が──────。



 〈続いてのニュースです〉「正義と悪にも──」「母さんの誕生日だ……」「脳だけ焼き殺すの」「俺は〈にお〉った」「その反動なんでしょうね」「ほら〜、俺の言った通りじゃ〜ん」「頭おかしいんとちゃうかぁ?!」「ま、ま、マグナムじゃないっすか」「先生!」「雅巳よ……お前分かったのか?」「今の私達はどうなるんでしょうか?」「必ず……助ける」「ホワイト・ハッカーと呼ばれる仕事を──」「こう叫んで貰えませんか?」「はぁ?長ぇな……」



 頭痛が消えた。瞼を開く。脳が覚醒する。純武が最後だったようだ。皆はすでに起き上がっている。あれが全て事実だとすると、自分が今、皆に言うべき言葉はきっとこれだろう。



「────ただいま」

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