第52話 2034年7月25日火曜日Ⅰ
2034年7月25日火曜日
「ちょっと待って!」
一宮駅に7人が集まり、純武が「それじゃ、行こうか」と改札に向かおうとすると、菜々子が待ったをかけた。
「なんだ?忘れ物か?トイレか?」
「違うわよッ。──てかトイレとか軽々しく女子に言わんでくれる?」
そう純武を睨みつけると、菜々子がバッグから色とりどりの布で出来たストラップらしき物を取り出した。
「何これ〜!」
さっきまで眠そうにしていた聖真が目を擦りながら菜々子の手の中を見下ろす。
「ミサンガですよ。諸説ありますが、ミサンガはブラジルのお守りの様なものです。恋人や友人で付けるもので、自然と切れたら願いが叶うなんていうロマンチックな物なんですよ」
いつの間にか菜々子の隣に居た瑠璃が、人差し指を立てながら解説した。
「あの後ね、瑠璃ちゃんとこっそり作ったんだ〜」
「菜々子さんったら、バックの中にミサンガ用の紐を常備してたんですよ。一体何のために────」
菜々子が「あわわわッ」と瑠璃の口を手で塞ぐ。瑠璃の赤いバッグからチコパフの声が聞こえる。
「僕が作り方を検索したよン!教えたんだよン!」
菜々子が瑠璃を解放すると、瑠璃が息を切らしていた。
「ひ、1人1つずつあります!」
「はぁ、はぁ……色は、私達でっ、決めさせて頂きました」
2人で「はぁ、はぁ」と息を切らせながら笑い合う。
渡されたミサンガの色は、赤色が純武、橙色が聖真、黄色が足立、緑色が馬斗矢、水色が菜々子、藍色が瑠璃、紫色が一だった。
「あれ?」
そう菜々子言うと、手の中には1つのミサンガが余っていた。
「7色しか……作ってないよね?」
「そのはずですけど……」
2人が疑問に思っているとカバンからまたしてもアニメ声が聞こえてきた。
「ごめんなのン!数が多い方がいいと思ってン、アフリカのアル民族方式で8色にしたのン!」
「え?!」
「チコパフ……そうでしたか……菜々子さんと一緒に作っていておかしいとは思ったんです。私が4つなので、3つの菜々子さんの方が早く作り終えると思ってたのに殆ど同じタイミングで完成しましたから……」
「チコパフちゃーん、どうするのよこの余った──黄緑色かなぁ?」
菜々子と瑠璃が余った黄緑色のミサンガを見つめていると、一が「おや?」と声を上げた。
「これはもしかして〈虹〉かい?」
2人の女子の顔色が一気に悪くなった。一はキョロキョロと2人を見比べて戸惑っていた。
「一っち……」
その一の肩を軽く叩く。聖真がそのまま彼女達の思いを代弁した。
「菜々っちと瑠璃っちは自分達が言いたかったんだよ〜。このミサンガは〈虹色〉だよって」
後頭部に手を当てながら「そう……なのか。それは、何ともすまない事をしてしまった」と苦笑いをした。
「うん……そうなの。虹なの」
「…………です」
菜々子と瑠璃が力無く笑う。純武も「ハハッ……」と笑って、手の中の赤色のミサンガを見る。
「な、なぁ……、『アイザワソウイチロウを調べろ、虹はそこにある』って……このことなんじゃないか?!」
自覚が無かったのか、菜々子も瑠璃も、純武が発した声に全員が驚いていた。
「げっ、そうじゃん!可世木と彼方が狙ったのか?」
「え?ち、違うよ!」
「い、今言われるまで……気が付きませんでした!……私は〈虹〉という言葉に引っ掛かりを感じたのに……どうして今まで気が付かなかったのでしょう……?」
「そ、それじゃあ、本当に偶然?」
「だとしたら逆に凄いよ〜?」
ただ1人黙ったままの一は、神妙な顔持ちで自分の紫色のミサンガを睨みながら呟いた。
「導かれている……?」
「一、どうした?」
「あ、いや……もしこれが君の記憶で聞いた〈虹〉だったとするなら、僕らはその叫び声に導かれているんじゃないと思ってね……大体、そうやって誰かの動きを何かの手段でコントロールする場合は、そこに悪意があるはずだけど……寧ろ……これは心地の良い────」
途中で言うのを止めると、左右に首を振って純武に提案した。
「早く舞谷蓮子さんに会いに行こう。君の記憶の意味を探る────大きな手掛かりになるはずだ」
郡上市に到着したミサンガを手首に付けた7人は、広い石橋の真ん中から〈ザーッ〉と飛沫を上げる川の流れを見下ろしていた。何故こんなことをしているかと言うと、聖真と足立、馬斗矢が「この橋が臭う」と言うのだ。何かドラマでよく出てくる〈刑事の勘〉的なものらしい。
「それにしても何か……心が洗われる気がしますね」
「うんうん。暑いんだけど暑くない気がしてくるね!」
「ここから川にジャンプしたら気持ち良さそうだな!」
手すりに手を添えて川を覗く女子達とは違う方向のテンションが上がっている足立が、楽しそうに手すりから身を乗り出す。
「駄目だよ兄ちゃん」
全員が声を掛けた人物を振り返る。そこには顎髭を蓄えた1人の老人が立っていた。
「20年くらい前まではここから度胸試しで飛び降りることが盛んだったけど、死亡事故がちょくちょくあるもんでな、飛び込み禁止になったんだよ」
手すりの上辺りにロープが張られていることに疑問を持っていた純武はその為かと納得した。死亡事故が起きては観光地としての評判が落ちる。当然の処置だと思った。
「お爺さん、舞谷蓮子さんって知ってる〜?昨日、テレビで出てた郡上市の高校生なんですけど〜?」
老人は顎に生えた髭を触りながら「知っとるぞ」と言った。
「何処に住んでるか知ってますか?」
純武が詰め寄ろうとしたが、聖真の肘で押し返された。興奮するなという意味だ。
「いやー、流石にそこまでは知らんな……そうじゃ、ほれ。あそこにちょっと大きい建物があるだろう?あそこで働いてる大場さんは色々と物知りだから、彼に聞いてみるといいよ」
老人に言われた通り、その建物の中で働いている大場という190cm近くの大男から舞谷蓮子の住所を聞くことが出来た。個人情報保護に五月蝿いこの時代に何ともガバガバなものだとも思ったが、これが田舎の良い所なのかもしれない。規律でガチガチに固められた風土よりも、ある程度の緩さがあった方が純武は良いと思っていた。
大場に教えて貰った住所は、奇しくも純武の記憶にあるキャンプ場の最寄り駅であった。ローカル線の電車に乗り、その駅まで移動する。駅を降りると、目の前にキャンプ場に接する森があった。その森にも興味があったが、まずは舞谷蓮子だ。
駅から歩いて10分くらいで目的の場所に着いた。玄関のには〈舞谷〉の表札がある。家の軒下にはモーター付きの電動自転車が置いてあり、倉庫らしきスペースには白い軽自動車が停めてあった。
「車があるってことは、留守ではなさそうだよね」
「あぁ。自転車もあるからね。ただ……舞谷さんのらしき自転車は無いね」
馬斗矢と一が家の様子を見て言う。
「本人が居なくても家の人に聞けば分かるよ〜」
言いながらインターフォンのボタンを押す。〈ピンポーン〉と音が鳴ると、家の中から「はーい!」という年配の女性の声が聞こえた。
「はーい、どちら様ですかー?」
舞谷家のドアが〈ガチャッ〉と空いた。中から60代か70代の小綺麗な女性が出て来た。純武は、聖真と足立、馬斗矢が何故か奇異な目でドアの方を見ている事が気になった。
「聖真、どうした?」
「え?あ、いや〜、何でもないよ〜」
2人がそんなことを話していると、菜々子が「突然すみません」とお辞儀をしていた。
「あの、私達、テレビで舞谷蓮子さんが出ているのを拝見したんです。そしたらこの雅巳純武って子が、自分は舞谷蓮子さんと同じ幼稚園に通ってた幼馴染だって言うんです。それで、間違って無ければ久し振りに会ってみたいな、と言ってまして」
菜々子が純武を指差して言う。すると、純武の顔を凝視しながら口を開いた。
「あなた……どこの幼稚園で?」
「は、はい、愛知県の一宮市です」
「一宮の何処?」
「木曽川町です」
その答えを聞いて両手を叩いた。
「そう〜!じゃあ間違いないわ!あの子ね、6歳の時に両親を交通事故で亡くしてね……私の娘の子なのよ。だから事故の後、祖母の私が引き取って育てたのよ。そう……蓮子の幼馴染の子がね……」
複雑な表情をして目を細めた蓮子の祖母は、閉ざした目を開けると努めて明るくさせて言った。
「蓮子は丁度今、散歩に行ってるんだよ。自転車でね。多分キャンプ場の方に行ってると思うんだけど……どうする?上がって待ってるかい?」
7人が顔を見合わせると、純武が首を振った。
「いえ。7人で上がらせてもらうのは迷惑だと思うので、僕らもキャンプ場の方へ行ってみます。テレビでお顔を観たばかりなので、蓮子さんだと分かるはずですから」
彼方家の様な広い家ならまだしも、この舞谷家に7人で上がり込むのは気が引ける。それに、キャンプ場には赴きたいと思っていたので都合が良い。
「そうかい?なら、この道を真っ直ぐ行くといいよ。もし蓮子が帰って来ても途中ですれ違うはずだよ。乗ってる自転車も私の旦那が使ってた古いやつだから、余計に分かりやすいはずだよ」
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