第51話 2034年7月24日月曜日
2034年7月24日月曜日
「ぎょへ──────」
目の前の大きい門の前に立ち、6人がその迫力に目を点にしている。足立があまりの凄さに、いつもの聖真の倍以上に語尾を伸ばして驚きを表現していた。
「やっぱりカナタ自動車会長の孫娘の家だけあって、とんでもない大きさだね……」
一が涼しい声で感嘆の言葉を言う。近くで「うんうん」と菜々子が両手を合わせて目をキラキラさせている。
「それじゃあ……押すぞ?」
純武は巨大な門の横に付いたインターフォンを押す。一般的なインターフォンでは聴いたことのないクラシカルなメロディーが流れると、備え付けられた画面に上品な顔をした女子が映った。
その顔を見て、純武は通話をして声だけは聞いていたが実物を見るとその高貴さをより感じた。
昨日、純武、聖真と菜々子、馬斗矢と足立がそれぞれに純武の記憶の話について調査をした後、グループ通話をした。その時に、一と瑠璃が純武の記憶について調べるのを協力したいということを聞いた。一は純武の11年前の記憶に興味を持ち、瑠璃は何か引っ掛かるものをあの言葉から感じるからとのことだった。
すると、一度皆で集まって話をしないかということになったが、何処に集まろうかという話になった。瑠璃が「私の家なら7人が集まっても大丈夫ですよ」と言ったので、純武達が通う津島高校があり、一が住んでいる津島市内に住む瑠璃の家に集まることとなった。
「ぎょへ──────」
瑠璃に案内された部屋は、何処ぞのホールの様な広さを持ち、天井には
「こちらでお話しましょう」
部屋の真ん中にある細長い机には椅子が7つ用意されており、瑠璃が「好きな所に座って下さい」と言ったので各々が自由な席についた。
純武の座った席から右手方向の壁には大きなスクリーンが掛けられており、そこにはテレビ番組が映っている。その反対の壁を見るとプロジェクターの機械が壁にくっついていた。
「こんな大画面で……テレビなんか見たことないな」
「俺も〜」
純武が言葉を漏らすと、隣の聖真が緩くした口で同意を述べた。
「純武、君の記憶は本当にそれだけなのかい?」
純武の体験した記憶をもう一度聞かせると、一がそう尋ねた。
「うん……でも、言われてみれば他にも何かあったような気がするな……」
「森に入ったのは1回だけなんですか?」
瑠璃が言うと「チコパフ、11年前の郡上市のキャンプ場の写真を出して」と映像を呼び出した。プロジェクターと連動しているのか、スクリーンにキャンプ場の衛星画像が映し出された。
「すごいな……そのKAIは。どういう仕組みなんだい?」
「待てよ、一。まずはこっちが優先だろ?」
足立が透かさず一を止める。「そうだね。大介の言う通りだ」と一は目を伏せた。純武は、やっぱり一が足立を下の名前で呼ぶことに可笑しさを感じた。
(あれ?こう感じたのは初めて……だよな……?何だろう……既視感か?)
「雅巳さん、どうですか?この地図を見てみて何か思い出しますか?」
心の中で自問していた純武だったが、瑠璃に言われてスクリーンを見る。自分があの言葉の叫び声を聞いた場所を思い出しながら。すると、薄っすらとした記憶が蘇ってきた。それが段々と鮮明になってくる。
「あっ────瑠璃ちゃん、ありがとう。もう1つ──思い出した」
純武に向けて視線が集まる。
「な、何を思い出したんだい?」
「そうよ!何何?」
「俺があの言葉の叫び声を聞いたのがあそこら辺。だけどこの辺でも叫び声を聞いた記憶がある」
純武はスクリーンの上辺りに指を差してから、今度は下辺りを指差して言った。
「北の森と南の森か〜。良く思い出したね?」
「あぁ。やっぱり実際の映像を見ると違うな。より鮮明に記憶が蘇るよ。うん……待てよ?」
純武が顔に手の平を被せて辛そうに表情を歪めていた。気になった菜々子が覗き込むように純武を見た。
「どうしたの?大丈夫?」
純武のこめかみから汗が垂れていた。先程より、誰が見ても顔から血の気が引いているのが確認出来る。
「一度、映像を切りましょうか?聞いたことがあります。フラッシュバックと呼ばれる症状かもしれません」
瑠璃が心配そうにしてスクリーン映像をテレビ番組に切り替えた。一も瑠璃の言った症状を知っているのか、純武の体調を気にしていた。
「そうだね。純武、1回リラックスしよう。吐き気とかは大丈夫かい?」
「あ、あぁ……大丈夫だよ」
(何だ……ッ、この──朝起きたばかりなのに、直前まで見ていた夢の内容を思い出せない感覚に似た……言葉で表現出来ないモノは……ッ)
「私、飲み物を用意しています」
「あ、じゃあ私も手伝うよ」
瑠璃に付いていき菜々子と〈パタパタ〉とスリッパの足音を立てて部屋を出ていった。
5分程して、2人がトレーにアイスコーヒーが入ったコップを乗せて運んで来てくれた。菜々子が手渡してくれたコップを取ると、それを口に当てて純武は何度か喉を鳴らした。
「ふぅ……」
コーヒーは冷たくてとても美味しかった。頭の中まで冷える様に感じられた。
「どう〜?落ち着いた?」
「大分な。皆すまない」
皆が口々に気にしなくていいよと声を掛けてくれる。スクリーンのテレビ番組が純武の視界に入り、何となく眺める様に見た。番組の内容は、過疎化の進んだ地域に女性アナウンサーが出向き、地元の人間に暮らしの現状をインタビューするというものだった。そのアナウンサーが歩く街並みは、どこか見覚えがあった。
「おや?この番組……郡上市じゃないかい?」
「おおっ────ホントだぜ。タイムリーな番組だな」
アナウンサーが聞きやすい喋り方でナレーションを読む。スクリーンに映る景色が代わり、何処かの学校の校舎が流れる。その校舎の壁にヒビが入った箇所が映り、所々に塗装の剥がれが見受けられた。
〈この郡上市にある高校の吹奏楽部に所属するメンバーは、なんとたった4人。3年生が引退してしまったからです。1年生は3人、2年生は1人という少人数です。唯一の2年生であり部長を務める彼女は────〉
その1人だけの2年生部長の名前が画面下に表示される。〈2年生:舞谷蓮子さん〉という白い文字がテロップに出ている。それと時を同じくして、上から紐で引っ張られる様に純武は腰を上げた。
〈はい。今は4人だけの吹奏楽部ですけど、私はトランペットが吹けるだけで幸せなんです。中学校時代の後輩も3人入部してくれて……それも合わせて本当に幸せです。────はい。────いえ、人数は関係ありません。────はい!ありがとうございます!────頑張ります!〉
言った通り、心から幸せそうに笑みを作る制服姿の女学生の姿が映る。4人で演奏するシーンが流れる。トランペットを吹く1年生らしき1人の女生徒が、出す音を間違えてしまい3人がケラケラと笑い合っていた。
「え……純武……?」
菜々子が不思議そうに自分の顔を見上げていた。何でそんな顔で見てくるんだと思った。
「ぐっ──、うっ──」
涙が流れていた。勝手に涙が溢れる。自分でも何故涙が出るのか分からない。自分を見る菜々子が見上げるのを止め、その目頭からじわりと水滴が滴った。
「あ……あれ〜」
純武が隣を見ると、聖真の頬にも涙の筋が出来ていた。聖真だけでは無かった。瑠璃も足立も馬斗矢も一ですらも、全員の目から涙が溢れていた。
「ど──どういうことなんだ?」
信じられないといった様子で一が目を擦った。足立が鼻水を音を立ててすする。馬斗矢は手首に付けたリストバンドで涙を拭う。菜々子も瑠璃も、ハンカチで涙を拭いていた。
「私達っ……何でっ、泣いてるの?」
「わかりまっ、せん……何故かっ、急に……」
「何だぁっ──ヒクッ、何で……ズルルッ」
「ぼ、僕もっ──あっ、あれ?どうしたんだろっ……」
純武は腕で涙を拭う。涙と同時に、またしても記憶が呼び起こされる。6歳の頃の、あの記憶だ。
「思い出した……俺はあの叫び声を、あの言葉を、この……舞谷蓮子────蓮子ちゃんと聞いたんだ……」
同時に涙した後、7人全員がその事に疑問を感じた。話し合うと、たまたま同じテレビ番組を見て涙しただけなのかもしれないと仮説を立てた。
しかし、純武はテレビで流れた舞谷蓮子が、遠足に行った時まで同じ幼稚園に通っていた幼馴染であることを思い出したと皆に伝えた。しかも、例の記憶の叫び声を一緒に聞いた人間だという事も。
そうなってくると、7人は奇妙な感覚を感じずにはいられなかった。全員が同じテレビ番組を見て、全員が同時に涙を流し、その番組に純武が一緒に叫び声を聞いたという幼馴染が出ていた。何かが符合している訳では無い。だが、誰もが何かが符合している気がしてならなかった。
純武は、郡上市に行って舞谷蓮子と会って話がしたいと皆に話した。すると、他の6人も付いて行きたいと言った。
その後、明日の朝に一宮駅に集合することに決まった。今日のところは解散しようということになったが、菜々子は「私はまだ瑠璃ちゃんと話がしたい」と言ったので、純武は先に聖真と2人で帰ることにした。
大方、聖真に聞いた瑠璃の作ったAIのチコパフと話がしたいのだろうと純武は思った。
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