第50話 2034年7月23日日曜日Ⅰ"
待ち合わせ場所に指定された古めかしい雰囲気の喫茶店に入ると、菜々子と聖真はあんぐりと口を開けていた。
「(ちょ、あれ何ッ?)」
「(……うわ〜)」
ピンポン玉くらいの穴が空いた新聞紙を持ち、その穴から眼球を露わにさせてこちらを見つめる人物がそこに居たのだ。
「(聖真!あんたが確認してよ!)」
「(えぇ〜、俺なの?)」
渋々という足取りで新聞紙に近付く。その前で足を止めると頭を掻きながら尋ねた。
「あの〜?彼方瑠璃さんですか?」
新聞紙が降ろされ、マスクをした白い肌の女性が急に姿を現した。
「(シッ!──声が大きいです)」
小声でたしなれられる。品のある動作でマスクを外すと、綺麗な顔立ちの同年代の女子だと分かった。
「初めまして。私が瑠璃──です」
性を名乗らず名だけで自己紹介をした。そこに若干の違和感を感じたが、こちらも自己紹介をする。
「良かった〜。俺は平岩聖真、こっちは可世木菜々子。どっちも高2ですんで宜しくお願いします〜」
「……あ、今日は宜しくお願いします」
聖真の後ろに隠れていた菜々子が顔を出してお辞儀をした。
「それは……また不思議なこともあるのですね……」
瑠璃が注文した〈いつもの〉と呼ばれる巨大なパフェが次々と細身の身体の中に消えていく。細長いスプーンの動きが一定の速度で口とパフェを往復する。しかし、その動きがピタリと止まった。
「あ、あれ?…………〈虹〉……ですか?」
スプーンを握ったまま、手を机の上に置いた。動きを止めた様子から、瑠璃が何かに気付いたのではないかと思えた。
「何か心当たりあるの?」
少し身を乗り出しすと、眉を下げながら菜々子が上目遣いで瑠璃を見た。瑠璃は一旦その目を見ると、目を閉じて眉間に力を入れた。
「い、いえ。今何か────いえ、すみません。きっと気のせいだと思います。そのお話は──その……良く……分かりません……」
「だよね〜。俺も訳分かんないもん〜」
聖真がソファの背もたれに身体を預けて、頭の後ろで両手を組んだ。菜々子も前方に移動させた重心を元に戻して「そうだよね……」と肩を落とした。
「でも……何か不思議なお話ですね。11年前に逢沢さんを調べろという言葉を聞くなんて。そういえば、どうしてその話を私に?」
宗一郎の交友関係が狭く、およそプライベートで連絡を取っていた人物は彼方瑠璃と一・ウェイクフィールドという2人の学生しかいなかったという背景を菜々子が説明した。
「だからね、今私達の友達もその一・ウェイクフィールド君に話を聞きに行ってるの」
「そうだったんですか……逢沢さんも……」
スプーンをパフェの器に掛けて置くと、高そうなブランド物の赤いバックを取り出した。そのブランドは誰もが知る高級ブランドで、菜々子は(流石は世界のカナタ自動車会長の孫娘だー)と心の中で溜息を付いた。
「チコパフ、11年前に『アイザワソウイチロウを調べろ。虹はそこにある』という書き込みやコメントが、ネットの掲示板や何かのSNSのコメントとかで見つけられる?」
瑠璃がバックから取り出したスマホに向けて話し掛け始めた。不審に思った菜々子が立ち上がり、そのスマホを覗き込む。
「ちょっと待ってねン。────ううン、見つからないよン。ごめんねン」
「そう……いいのよ、チコパフ。ありがとう」
そのスマホに映し出される茶色と白のコントラストで頭にプリン型の帽子乗せたヒヨコを見ると、菜々子が興奮し始めてしまい、聖真が落ち着かせることとなった。
その後、瑠璃が話し掛けたスマホはスマホでは無く、カナタ自動車のナビゲーションに使用する為に瑠璃が開発したAI、通称KAIが内蔵された機器であることを説明された。チコパフは瑠璃が命名しデザインしたアバターであり、その音声もカスタマイズ機能で作成したものだとのことだった。菜々子はスマホのアプリだと勘違いして、インストールすれば自分のスマホにもチコパフを召喚出来ると期待してしまった。それが不可能だと知り、試合後のボクサーの様に両ももに肘を置いていた。。
「ですが……私……何かと聞かれると困るのですがその雅巳さん、でしたか?その方の記憶の言葉──何か引っかかります。宜しければ、私にも協力させて下さいませんか?お力になれるかもしれません」
チコパフが映る機器に目をやりながら瑠璃が申し出た。菜々子は嬉しそうにして立ち上がり、瑠璃に向かって手を差し出した。テーブルの上のパフェはその殆どが液体へと変化していた。
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