第46話 2034年7月25日火曜日⑰

 コテージには一を急死させる恐れがある蓮子と、念の為に井上を残してきた。蓮子に教えてもらった位置を聞いた一同は、先程の祠がある森とは反対側の森に向かっていた。

「雨が降ってるせいなのか?向こうの森より暗く感じるぜ」

「昔の記憶でもそうでしたが……本当に暗く感じますね」

 先頭を歩く阿久里と純武が言いながらスマホのライトを付ける。それを見て他のメンバーもライトを付けて視界の明るさを確保した。

「この辺りにあるって言ってたけど……」

 純武の言葉で皆が足元を照らす。向こうの森とは違い、空き缶やらペットボトルやらのゴミが周りに散乱していた。

 純武の記憶ではここまで散らかっていなかった。場所が違うのか、と純武は焦りを感じた。もしそうなら、仮説したタイムスリップの条件の6歳の自分と祠の距離が気になる。

 阿久里達が4 人でタイムスリップした時は、祠から半径2m以内くらいの人間がまとめてタイムスリップをした。離れて立っていた雨宮と瑠璃がタイムスリップしていないのであれば、10mくらいは圏外だということになる。

「ったくよ!ゴミくらい持って帰れよ!」

 足立が怒りながら足元のゴミを蹴る。馬斗矢も足で転がすようにゴミを退かして地面を確認している。

「本当に酷いよね。マナーが無いなら自然の中に来ないでよって言いたいわ」

「同感ですね。腹が立ちます」

 純武には菜々子と瑠璃が言うことには違和感が無かったが、足立がこういう事に腹を立てるのは意外だった。

「おっ、これじゃね〜?」

 聖真は実際に向こうの祠を見ていないので自信がなかったが、近くにいた雨宮が「こ、これやこれ!」と聖真の背中をバンバン叩いたので当たっていて良かったと照れ笑いをする。

 全員が祠の周りに集まる。蓮子が言った通り、向こうの森の中にいる祠と同じ形状だった。

(これだけ見かけがそっくりだったら、本当にタイムスリップ出来るかもしれん……ん?これは……)

「ほんなら、これを──」

 雨宮が祠に手を伸ばすと聖真が「待って下さい!」と制した。

「何やねん?」

「すみませ〜ん。ちょっと待って下さい。一っち、さっきの話。周防さん達や阿久里さん達がタイムスリップした時、会ったの舞谷蓮子だけだったんやよね?だったら、10年前に移動出来たとして、そこで6歳の純武や他の6歳の子供と会うことで、6歳の純武やここに居る他の人間に何かしらの危害が加わる可能性……急死する可能性は無いと断言出来る?」

 聖真が一の目を見据えて語り掛ける。一は考える素振りも見せずに「断言は出来ないね」と言った。

「そうか……だよな〜。だとすると、タイムスリップ出来たとしても危ないよ」

「そうだよ。特に純武は危ないよ。向こうに6歳の純武が居るんだもん。それによく考えたら、私も聖真も一君も足立君も逢沢君も、瑠璃ちゃんも……」

「阿久里さんも雨宮さんも、向こうで純武に会うと何が起こるか分からないよ〜」

「せやかて……ほんならどうするんや?今まで雅巳君に会ったこと無い人間を見つけて、ここに連れてきて、祠に触れてタイムスリップして貰って、6歳の雅巳君が躓かんようにして下さいって頼む言うんか?」

「通りすがりの赤の他人に、こんなとんでもねぇ話しても……誰も信じねぇぞ?」

「でも……雅巳さんと会っている人は全員危ないんじゃないでしょうか?」

 最後に瑠璃が胸の前で両手を組みながら言った。

(そうやな……皆の判断は正しい。な場面か……一の言う通りにして正解だったな)

「違うよ。俺は服でも被って顔も体格も分からないようにする。更に、一緒にタイムスリップした人に協力してもう。俺の存在を気付かせないような行動を取って貰うんだ。例えば……叫ぶとかね。俺に会ったことも、俺が会ったことも無い人に」

「雅巳君……あんた何言っとん?どういう意味や?」

 純武の発言に疑問を感じた雨宮が、その真意を教えろと暗に言った。阿久里も「何を言ってやがる?」と不審げな目をした。

「ここでいくのかい?」

「──あぁ。ここで出て来て貰う」

 そう純武に確認すると、一はポシェットの中から配線が剥き出しになっている機器を出す。それを自分のスマートフォンを取り付けた。遠目からはスマホが横に巨大化した様なシルエットになる。

「ちょ、ハーフ君、何をする気や?」

「一がここに居ない〈僕らの仲間〉を呼ぶんです」

「そう。純武も僕も、ここに居る誰も会ったことがないであろう……仲間を、ね。純武。ここで言ったということは、11年前に移動出来ると確信出来たんだね?」

「あぁ。さっき祠を見つけたすぐ横で見つけた。〈マムシ注意〉の看板を。10年前の俺はこの祠の傍に居たはずや」

「──奇跡だね。君はここに来たことは幼稚園以降はあるのかい?」

「無いよ。だから、この祠が起動出来れば……俺はかなりの確率で成功すると思う」

 純武は祠に近付くと、服で顔を隠し後ろを向いてしゃがんで丸くなった。一は「よし」と言うと瑠璃に近づいていく。その一の動きに戸惑って「な、何でしょう?」と顔を引き攣らせる。

「彼方さん。チコパフを出して貰えるかい?」

「え?は、はい……」

「チコパフ。〈僕〉の声が聞こえるかい?」

 瑠璃が取り出した機器には、チコパフが画面内で頭を上下させる様に揺らしていた。

「おい。もう一度言うよ?チコパフ、〈僕〉の声が聞こえるかい?」

「は、一さん?一さんの音声は登録していませんよ?だから、こう……まず登録を──」

 機器を操作しようとした瑠璃を、一が首を大きく振って止める。

「聞こえているだろう?チコパフ。いや────〈ブラック・ハッカー〉さん?」



「お、おい、一?皆行っちゃうぞ」 

「純武────ちょっといいかい?」

 皆が森に向かう中、一が純武を呼び止めた。先頭を阿久里、雨宮、諸崎、松木が並んで歩いており、瑠璃と菜々子が続いて後ろを歩いていった。

「阿久里さんが情報を得たタイミングが気になる。僕らがアパートに集まって話をした昨日じゃないか」

「そうやけど……俺らや井上さんや大里さん、周防さんの中の誰かが阿久里さんに情報を流したってことか?それよりも他の急死した4人の関係者から情報を得たのかもしれんぞ?」

「いや、それだったらここまで阿久里さん達とタイミングが合わないよ。僕は──チコパフ、KAIを疑っている」

 一が何を言っているのか分からない純武は、とりあえず皆に付いていきながら話そうと提案した。一は「分かった」と話しながら歩き始めた。

「よく聞いてくれ。僕は……ホワイト・ハッカーと呼ばれる仕事をしているんだ」

「ホワイト・ハッカー……だってッ?!」

 そう聞き返すと声を荒立てていた。一が「静かにッ」と注意した。

 純武は前を歩く皆の反応を見るが、今の声は聞こえていないようだった。幸い、砂利を歩く音にかき消されていたのだ。一度落ち着きを取り戻すと、純武は一の言葉を一旦思い起こす。〈ホワイト・ハッカー〉という名前は聞いたことがあった。数日前、電車の中で菜々子とサイバー攻撃の話をしていた時に純武が考えていた事だった。正義と悪のハッキング。悪のハッカーが〈ブラック・ハッカー〉で、その反対の正義のハッカーが〈ホワイト・ハッカー〉である。

「僕はオルランド生命保険会社とカナタ自動車の2つの会社の情報セキュリティ部門に、フリーランスで雇われてるんだ。彼らがどうにも出来ないハッキングを受けた時に対処するんだよ。後は、社員や関連企業が不正をしていないかをハッキングして調査したりもしている。たまにボランティアで政治家の事務所や他の上場企業にもハッキングして、不正内容を新聞や週刊誌にリークしたりもしているんだ」

 純武はその話を聞くと足を止めそうになったが、何とか動かし続けた。

「それでね、この2つの会社に侵入してきたハッカーは同じ奴だった。ハッキングにも癖みたいなものがあってね。それで、先に攻撃されたオルランド生命保険の後、カナタ自動車にハッキングがあった時に分かった。こいつはオルランドの時と同じハッカーだと。完璧に防衛出来た自信があったんだ。でも……何故か違和感があった。後で本社に黙ってセキュリティに侵入してみたんだけど、そこでログ……所謂ハッキングの足跡みたいなものを見つけてね。その足跡を追っていくと──」

「KAIだったんか?」

「その通り。でもこれがおかしいんだ。ただ単にKAIと共存する様にというか……特に動きがなかったんだ。少しばかり興味が湧いてそのまま泳がせてみたんだよ」

 こんな所でも〈好奇心〉を湧き立てるとは、会社からみても良い迷惑ではないかと、純武は同情的な気持ちになった。

「すると数カ月後には……なんと実際にそのKAIの開発者とKAI自身に相見えることになるとはね」

 あのアパートで、一が妙にチコパフを気にしていた事に純武は得心がいった。つまり、KAIに寄生したままのハッカーを警戒していたということだ。

「じゃあ……そのハッカーが阿久里さんに情報を流したってことなんか?」

「恐らくね。これは阿久里さんに聞けば分かるかもしれないが、今はその時じゃない。もしかしたらだけど、KAIに寄生したブラック・ハッカーは僕らをつけて観察している可能性が無いとは言い切れない」

「何?でも……つけられてるなら、早めに対処した方がいいんじゃ……」

「いいや。もっと有効的な場面があるかもしれない。それに、まだつけられている断言は出来ない。つけられていると確信出来る事があったら君にサインを送るよ。そうだね……僕がOKサインを出したら、確定だということにしよう」


「一がホワイト・ハッカーだとぉ?」

 阿久里が苦い顔をする。

「はい。それで、阿久里さんはブラック・ハッカーから今回の情報を流してもらったんですよね?」

 ポケットに手を入れると雨宮の方を気にしながら阿久里が「そうだ」と小さく答えた。それを見て雨宮は、阿久里が拳銃を取り出した時の再現というように引いてみせた。

「あんた……ホンマにヤバい奴なんやな……」

「それで、ブラック・ハッカーさん?あなたが近くにいるのは分かってるんだ。何故ならあなたは、彼方さんの前に雷が落ちた時こう言ったんだ。『お嬢!前ッ!危ないのン』ってね。──チコパフはあの時、彼方さんのバックに仕舞われていたはず。なのに何故、被雷した木の枝が『前』に落ちてくることが分かったんだい?何処かから覗いていたんだろ?」

 瑠璃が言葉を失っている。呆然とチコパフが映る画面を見つめていると、機器からアニメ声では無く、男性の声が聞こえてきた。

「────バレてたのか。まさかお前があの忌々しいホワイト・ハッカーだったとはね」

「やっと出て来たね。では、ここで取り引きといこうか」

「取り引きだと?」

「そうです。繰り返しますが、あなたが近くにいるのは分かっています。こちらには京都府警の刑事と、コテージには愛知県警の刑事が居ます。今、僕がこのスマホからKAIをハッキングすれば、あなたの大体の場所は掴めるでしょう。刑事を含めて、ここには11人の仲間が居ます。これだけの人数で鬼ごっこでもして檻の中に入るか、それとも取り引きに応じるか。あなたには選択肢は無いと思いますが?」

 チコパフから男の声が聞こえなくなる。

 純武以外の面々はブラック・ハッカーがここから逃げ出したのかと思ったが、機器の中のスマホを見つめる一の表情には変化が見られない。ということは、少なくともブラック・ハッカーは移動はしていないのだろう。

「……取り引きとは何だ?」

「簡単なお願いだよ。このお願いを聞いてくれたら、君の事は見逃す」

「どんな願いだ?」

「因みになんだけど、あなたは僕ら全員の顔を把握しているかい?」

「雨宮、阿久里、諸崎、松木、彼方。この5人だけは顔を確認した」

「そうか。それは余計に都合が良い」

 ここに居る仲間は今の質問の意味を理解し、目に活力が生まれる。

 一は何処からでも見えるように大きな動作で祠を指差した

「では、お願いの内容だ。この祠を足で壊してみてくれ。タイムスリップをして欲しい。話は全部聞いていただろう?共にもう1人タイムスリップさせる。この人物は顔を隠して行動する。顔は見てはいけないよ。あなたが死ぬかもしれない。後は顔を隠した人物に従ってくれ」

「……いいだろう。お前らはそこをどけ」

「それは出来ない。あなたがちゃんと向こうに行って、この人物と帰ってくるかどうかを確認しなければいけないんだ。因みにだけど、もし1人で帰って来たら取り引きは破棄する」

 また暫しの沈黙が流れた。チコパフの機器から声が聞こえなかったが、全員の真後ろから男の声がした。

「クソ!訳分かんねぇ事に巻き込みやがって……」

「あ!」

「あ、おめぇ!」

 馬斗矢と足立が声を上げる。青い野球帽を被り、耳に小さなインカム付けた男が気怠そうに歩いてきた。

 男は祠に近づくと、その近くで丸まっている純武を見ないようにして祠に足を掛けた。

「じゃあ、10年前とやらに行かせられるわ」

「宜しくお願いします!」

 瑠璃がそう言うと、男は照れ臭そうに「お、おう」と帽子を深く被り直す。丸まって顔を隠した純武の姿を見ずに言う。

「お前、絶対こっち見るなよ!俺はまだ死にたくねぇ」

「分かっています。祠を壊す前にお願いがあります。祠を壊した瞬間、周りに2人の子供が居るはずです。その2人を見てはいけません。その後、2人を追い払って欲しいです。なので、叫びながら祠を壊して暫くは叫んでいて下さい」

「な、何ィ?そんな恥ずかしい真似出来るわけでねぇだろ!」

 男はチラチラと瑠璃の方を見ている。聖真はそれを見逃さなかった。

「(瑠璃っち)」

「(は、はい?)」

 ササッと瑠璃に近付いて耳打ちをする。瑠璃の身体がカチンと凍りついたが「(瑠璃っちに掛かってる!)」という聖真の言葉が背中を押した。

「あ、あな、あな、あなたの協力に感謝します!」

「はぁ?!あ、なんっ……ンンッ!分かったよ────んじゃいくぜ」

 態度を急変させた男は、足を祠の石の天井に掛けると「すぅ────ッ」と息を吸い「うおぉぉぉぉぉぉ────」と叫びながら、蹴るように石をズラした────。

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