第45話 2034年7月25日火曜日⑯
「その後、井上さんと合流したんだけど、井上さんも舞谷さんを見て『やっぱり少ししか《におい》を感じない』って。そしたら、舞谷さんがこのコテージにハーフの少年が居るはずだから、自分には会わせないようにして話を聞いて欲しいって言ったんだ。それで、このコテージに来てみたら丁度雅巳君が舞谷さんと同じ11年前と去年の話をしてて……。雅巳君の急死に関する推測も、舞谷さんの言ってた事と噛み合うし、一君も本当に居るし……」
「あ、あの──」
馬斗矢が話し合えるのを見て、蓮子が申し訳無さそうな声で皆に伺うように言った。
「私はあの祠が触れるとタイムスリップをする物だとは知りませんでした。子供の頃に純武君と祠に行って以来、去年の7月25日までは祠に近付くことも無かったですし。でも、森の中を歩いている時にタイムスリップの話が聞こえてきたんです。私は……自分の買った物しか使えないし触れられないので……タイムスリップは出来ないと諦めたんですけど、さっき思い付いて石の上に乗ってみたら昔の純武君に会うことが出来ました。でもこちらに帰って来て、さっきの純武君達の話を聞いて気付きました。純武君は大丈夫だったのかと……」
純武の顔に視線が集まった。確かにそれはおかしい。
さっきの純武達の推測では、タイムスリップをして11年前の蓮子を見た人間が現在の蓮子を見ると急死するというものだ。そもそも、純武は初めてタイムスリップをした時に10年後の蓮子に会っている。推測通りなら、その瞬間に6歳の純武は急死しているはずである。だが、一が窓の外から即答した。
「それは多分こういう事だよ。急死するのは現代の人間だけ、ということさ」
一のその答えに純武は違和感を感じた。今までの一であればもう少し理論的な説明をしてから結論を述べたはずだと思った純武は、一に確認を取る。
「ちょっとこじつけ感がある気がするけど……どうなんだ、一?」
「そうかい?僕からすると納得出来る話だよ」
外に居る分、純武からは表情も仕草も見えないので一の真意を察するのが難しい。純武は室内の皆の様子を伺うと、雨宮は何となく頷いているが他の面々は何とも言えないという様相をしているのが分かった。
「俺は何となくだが納得した。で、ところでよぉ」
床に座った姿勢のまま、見上げる形で阿久里が蓮子に聞いた。
「おめぇ、何で6歳の頃に会った一や他の人間の居場所が分かったんだ?それに会いに行った順番はどう決めた?」
純武は阿久里が質問した瞬間に「まず、蓮子を撃ったことを謝れよ」と言いたかったが踏み留まった。先の話と同じく、諸崎と松木が亡くなった手前言い辛かったからだ。しかも、その質問内容には純武も興味もあった。
「分かりません……何となく、居る場所が分かるんです……」
全員が「はぁ?」という顔をした。しかし、一だけは窓の外から普段通りの口調で言葉を投げた。
「僕の存在にはいつ気付いたんだい?」
「え?ハーフの少年と……あの……さっきの2人は……ここに帰ってくる途中、急に思い出したの。郡上市に入った時くらいに急に……」
一は「なるほどね……」と小声で言った。外にいるので仕草も表情も分からないが、その口ぶりから何かを感じ取ったように思えた。
「会いに行った順番はどう決めたんだい?」
「とりあえず東から順番に行こうと……そんな単純な考えで……でも、あまりに遠いのでその都度帰って来ていました」
あのアパートで純武と一が話していた軌跡という考えは当たらずも遠からずと言ったところか、と純武は思った。
「でも……そんな人の位置が分かるなんて……あり得るんですか?」
瑠璃が誰に聞くでもなく困り顔をする。純武もどう言っていいか分からなかったが、阿久里が補足した。
「タイムスリップ、〈見た〉だけで脳が熱傷する、特定の人物の居場所が分かる。この中でまだ現実的なのは最後のヤツだろ。FBI にはサイコメトリーで犯人の居場所を探すって捜査方法もあるらしいしな。絶対あり得ないと思えるタイムスリップが出来るんだ。もう何が出来ても驚かねぇよ」
ある物を触って、その物の持ち主を見つけ出すというサイコメトラーという超能力者の存在は純武も知っている。蓮子にはそういう能力があるというのだろうか。それに自分が購入した物以外は〈触れられない〉という謎の体質。純武には訳の分からない事だらけだった。
「純武。とりあえずその〈触れられない〉ということと〈居場所が分かる〉ということの2つは無視しよう」
窓の外から声が聞こえた。純武は少し考え込むと「それで……いいのか?」と嘆く。
「──いや、一の言う通りだぜ。そこを気にするよりも、雅巳。さっき言ってたやつがキマれば関係ねぇ。6歳のお前達にタイムスリップをさせなければいい。歴史を書き換えるってやつだ。そうすれば、舞谷蓮子がおかしくなっちまうっていうイベントを無かったことに出来る。そうすりゃ、連続した急死も無かったことになって、諸崎も松木も死なずに済む歴史に変わるはずだ」
「確かに……そうですけど」
一の言った事に完全には納得は出来なかったが、ここで足踏みをしていても仕方が無い。純武は一と阿久里の言うように、一度この2つの問題を棚上げした。
「純武。だけどね、さっきの君の考え。舞谷さんを救う為というのと亡くなった人の為に2023年の純武が祠を壊す前にタイムスリップするという案だけど……恐らく不可能だ」
「え……?でもタイムスリップする時間には若干の幅があっただろ?何回か繰り返せば、運良く俺が躓く前に行けるんじゃないか?」
「よく考えてみなよ。あの祠は壊れてからタイムスリップ出来る祠になったんだろ?だったら、その壊れた瞬間がスタートなんだ。それ以前の時間には出口が無いんだよ」
雨宮が顔を明るくさせた後、また暗い顔をしていた。阿久里も同じ様に「クソが……」と顔を下に落としていた。
(なんてことや……それは想定しとらんかった……だとすると、最も始まりに近いタイムスリップ先は俺が祠を壊した瞬間になる。でもその瞬間、俺は去年の7月25日にタイムスリップした訳だからもう蓮子ちゃんに接触しちまっとる……)
片手で頭を抱えていると菜々子がその純武の肩をツンツンと突いてきた。菜々子に目をやると、蓮子の方に「ん、ん」と顎を動かした。蓮子を見ろという意味だと分かり、純武が蓮子を見ると何か言いたげな表情をしていた。
「蓮子ちゃん?何かあるんか?」
蓮子は皆の顔を見比べる様にして見渡してから、1回頷いて声を絞り出した。
「私……おかしな状態になってから、この森の中に何か手掛かりになる物は無いかとひたすら探し回りました。すると、あったんです。あの祠と同じ形の祠がもう1つ……」
全員がそれぞれのリアクションを取って驚いていた。しかし、一と阿久里は至って冷静だった。
「そ、それは何処にあったんですか?」
「皆さんが知っている祠とは真逆の……あっちの森の中です。森に入ってからの距離もそんなに変わらない所にありました」
瑠璃は質問してから指を差す方を見る。チコパフを呼び出して「もう1つあるって言ってるじゃない!」と叱責していたが「分からないンー!」と悲しそうなアニメ声が聞こえてきた。
「もし、その祠もタイムスリップ出来る祠だとしたら!」
純武が興奮気味に言うと雨宮の目が輝いた。
「それで、松木が死なへんように出来るかもしれへんのやな!」
「試す価値はあるんじゃないかな?チコパフによるとあの祠は実際は祠では無いみたいだし、似た形状のものが対の位置にあるというのは興味を惹かれるよ」
その一の意見に賛成するように阿久里が「よし、んじゃあ言ってみるか」と腰を上げようと動いた。
「待って下さい……」
瑠璃がその立ち上がる動きを止めた。その悲しみを含んだ声に菜々子が首を傾げた。
「瑠璃ちゃん?どうしたの?」
「もし……もし雅巳さんの過去を……タイムスリップをしなかった過去に改変したとして、今の私達はどうなるんでしょうか?」
「そりゃあ……そこの舞谷蓮子がおかしくなることも無く、急死事件が起きることも無い訳だからなぁ。俺も雨宮も、お前らも急死事件に関係の無い未来に変わるんじゃねぇか?」
「つまりは……事件を調べることも無く、私達は出会わなかった……という歴史に変わるという訳ですよね……」
手首の藍色のミサンガを見つめながら、瑠璃がそう嘆いた。菜々子が「あっ」と口を押さえた。そこで純武も瑠璃の憂いを理解した。
純武はバスを降りた時に瑠璃が祠を探すと言い出した、あの光景を思い出す。この手首のミサンガを作ってくれた時の、瑠璃の仲間に対する気持ちを。純武達が瑠璃にとって初めて友達と言える存在なのだ。この急死事件が無かったことになれば、当然、純武達と瑠璃が、一が出逢うことは無い。無かったことになる。瑠璃はそれを気にしているのだと純武は理解した。
阿久里も雨宮も、宮下久留麻の事件以前から諸崎と松木とは関わりを持っている。急死事件が無かったことになっても、その関係性は変わらないだろう。純武や聖真、菜々子、足立、馬斗矢もそうだ。宗一郎が急死した7月18日から今日までの7月25日の間の出来事が無かったことになるが、同じ高校に通う5人からすると大した問題では無い。宗一郎が救われる分、馬斗矢にとっては朗報であろう。
しかし、瑠璃と一は7月23日にそれぞれ聖真と菜々子、足立と馬斗矢と初めて出逢ったのだ。それが無ければ、7人が〈虹〉を作ることは無い。
「純武……」
菜々子が助けを求めるようにこちらを見る。純武は考える。瑠璃の気持ちと、自分自身の瑠璃と一に対する気持ち、亡くなった7人の親しい人間の気持ちを。
「瑠璃ちゃん。運命って言葉……信じるかい?」
「……運命、ですか?」
「俺は──いや、これは俺の願望かな。この出逢い。瑠璃ちゃんと一と出逢うことは必然やったと思いたい。もし、急死事件が無かったとしても……絶対とは言い切れない俺の妄想かもしれんけど……俺達は出逢うように仕組まれてるんじゃないかな?」
瑠璃は固く瞼を閉じる。菜々子が窓に向かって一に問い掛けた。
「一君、過去を変えた場合……私達の記憶ってどうなるの?」
「そうだね……いくつかの可能性がある。まずは────何も変わらない」
「何も変わらんやて?!どういうことや?!」
「おい!落ち着けよ」
雨宮がバンッと床を叩くが、阿久里が鎮める。床の上に置いた手をゆっくりと膝の上に乗せて、故意に肩の力を抜いてみせた。
「……いいですか?理論的に考えると、過去を変えても僕達の状況は変わらないんです」
「お、おい、一!さっきはもう1つの祠を使ってタイムスリップすることに賛成してたやんか!」
「あれはあくまでも、その対の位置にある祠もタイムスリップが出来るか興味がある、ということさ。君の過去改変の考えを肯定をした覚えは無いよ」
「そ、そんな──じゃあ、歴史は変えられないって言うのか?!」
「理論上は──ね。量子力学的に考えると、過去を変えても僕らの世界には影響を与えないはずなんだ。ただ、歴史が分岐する。僕らの歩む〈舞谷さんが特異な体質になり、図らずも急死を起こしてしまう歴史〉と、過去を改変したことで〈舞谷さんに何も無く、急死事件が起きない歴史〉に別れるだけなんだ」
もう1つの祠という希望が出現したというのに、あの天才は過去改変が無意味に終わると断言した。純武も雨宮も蓮子もその言葉に落胆する。瑠璃に至っては複雑な表情をしている。
顔を上げると純武は窓の方を見た。井上が旨そうに煙草を吸っている。コテージに来てからずっとそうだ。こんな時に一体何本吸っているのかと心の中でボヤいていると、涼し気な声が再来した。
「でもね──妙なんだよ」
井上に向けていた視線を、窓の外の背中を向けた一に移す。
「…………何がだ?」
希望をもぎ取られたことで、精魂尽きかけた純武は辛うじて尋ねた。
「さっきの舞谷さんの話なんだけどね?僕と諸崎さんと松木さんの記憶を郡上市に入る時に〈思い出した〉と言ったよね?」
蓮子が「そう……だけど」と静かに答えた。
「だとするとおかしい。なぜなら、あれも過去改変の一種のはずだ。前の6人だってそうだろ?なのに舞谷さんは、タイムスリップで6歳の自分に会った人物が増える度に、記憶にその人物が追加される。理論通りなら、僕らの歴史の舞谷さんには何も記憶に変化は無いはずなんだ」
(一が言いたいことは……6歳の蓮子ちゃんが周防さんら6人が会ったとしても、歴史が分岐するだけで〈この歴史の舞谷蓮子〉と〈6人に出会った舞谷蓮子の歴史〉に分岐するっていうことか?でも……実際は──歴史が分岐したかどうかは分からんけど、実際には、蓮子ちゃんの記憶がその度に更新されている。ということは──)
「……なら────なら!一の言う理論は成り立たなくなる!」
両拳を握り締めながら、姿が見えない一に向けて言った。
「遺憾なことなんだけどね。先人達の理論が崩壊してしまうんだから」
一が長いため息を付く。
「じゃあ──歴史は変えられるんだな?」
「分からない……もしかすると、記憶だけは残るという可能性も否定出来ない。だとしてもさっき言ったように────試す価値はあると思うよ」
本人と一を除く「虹」のメンバーが瑠璃を見る。決心したように前を向くと、瑠璃は決意を述べた。
「──分かりました。一さんの言う『記憶だけは残る』という可能性に賭けます。何より……私だって舞谷さんも逢沢さんも救えるなら救いたいです!」
「瑠璃ちゃん……」
菜々子が瑠璃を抱擁する。その腕を瑠璃も両手で抱き締める。
「ただ純武。そこまで言うからには、そのもう1つの祠でタイムスリップ出来るとして、11年前に行く目算があるんだよね?」
「そうじゃねぇか……それが分かんねぇと向こうの祠でタイムスリップ出来たとしてもどの時代に行けるか不明だぞ」
失望の色を出して阿久里が言う。他の面々も同じ様にがっかりとした。
「いや──蓮子ちゃん、さっきの祠と反対の森って……入るとやけに薄暗い森のことか?」
「そうだよ」
「それって……もしかして純武が遠足で最初に冒険とか言って入った森のこと?!」
菜々子が思い出したように手を軽く叩いた。
「タイムスリップの条件──俺の仮説はこうだ。祠に触れた人間と同一の人間が、違う時代の祠の近くに居ること。これがタイムスリップをする条件だと思う」
「──なるほどね。11年前、純武が祠に躓いた時に隣には6歳の舞谷さんが居た。舞谷さんも遠足以降、今日と去年の7月25日以外は祠を訪れていない。しかも、今日の舞谷さんは去年の舞谷さんが6歳の純武と自分に会わなければ祠に訪れることは無かった。つまり、11年前に祠を触れた時、舞谷さんが確実に祠に近付くのは10年後しか無かったという訳か」
「そうや。だから、祠の位置を確認しないと絶対とは言えないけど、蓮子ちゃんの言う祠が俺が躓く前に入った森なら、その祠の近くには6歳の俺が居たはずや」
「それなら、行けるゆう訳やな!」
雨宮が立ち上がる。阿久里も腰を上げて雨宮の肩をポンッと叩いた。
「蓮子ちゃん」
純武が呼ぶと、蓮子がこちらを見た。
「必ず……助けるから」
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