第43話 2034年7月25日火曜日⑭

 コテージ内が静まり返る。お互いが皆の息遣いを感じる程の静寂だった。


 純武は舞谷蓮子と同じ幼稚園に通っていた。11年前の2023年7月25日、2人は遠足でこの地に来た。そこで純武が祠に触れたことで一緒に2033年7月25日にタイムスリップし、たまたま祠にやって来ていた16歳の舞谷蓮子に共に6歳の純武と蓮子は対面した。その時、16歳の蓮子の身に6歳児でも見て分かる異変が生じた。聖真が舞谷蓮子の祖母のから聞いた、蓮子がおかしくなった日とも重なる。ほぼ間違い無く、6歳の純武と舞谷蓮子が16歳の舞谷蓮子と接触したことでおかしくなったであろうと推測出来た。



「舞谷蓮子が……俺が入園するのと入れ違いで居なくなった……それは両親が亡くなったからで、この郡上の祖母に引き取られた……しかも6歳の純武と6歳の舞谷蓮子が出会った日から今の舞谷蓮子がおかしくなった……」

 聖真が、らしくなく1人で長々と呟く。菜々子と瑠璃は驚きを通り越して固まっている。一は顎に手を当てて難しい顔をして、純武の話を脳内で整理している。

「聖真から、彼女の名前を聞いた瞬間に…………記憶が溢れ出てきたんだ。そう──タイムスリップした実験した6人と、一、諸崎さん、松木さんが出会ったオーバオールの少女は6歳の舞谷蓮子だったんです」

 今尚、驚きで静まり返っている者に対して質問を投げかける。

「話は変わりますが、ここで急死について考えてみましょう。阿久里さんと雨宮さんは銃を発砲するという、舞谷蓮子に対して完全なる敵対行動を取ったんですよね?それなのに阿久里さんと雨宮さんが生きているのは何故でしょうか?」

 全員がハッとした。確かにおかしい。何故、拳銃を所持し攻撃をした阿久里と雨宮が無事で、武器を持たない諸崎と松木が狙われたのか。普通であれば、前者が狙われるのが適当のはずなのだ。

「分かりません……もう頭が追いつかないです……」

「私も……全然分からないよ……」

「俺もだ〜」

 その場に居たはずの阿久里と雨宮でさえも口を閉ざしている。しかし、一だけは心当たりがあった。だから、いつもの様に涼しさを含んだ声で発言した。

「法則ということだろ?」

 純武は一なら気付いてもおかしくないと踏んでいたので驚きはしなかった。頷くだけに留めて話を継続する。

「そうや。急死した7人には共通点があったんですよ。それは────11年前にタイムスリップして且つ、6歳の舞谷蓮子に会ったこと──」

 一が微笑みながら腕を組む。この状況でも、その表情を保てていることに純武は関心してしまう。

「つまり────次に急死すると考えられるのは周防さんか……一になる」

 1年前の実験で集まった6人は全員オーバオールを着た舞谷蓮子を目撃している。今回タイムスリップした阿久里、一、諸崎、松木の4人の中で、6歳の蓮子を見たのはその場に居なかった阿久里以外の3人だ。雨宮はそもそもタイムスリップをしていない。だから阿久里と雨宮は急死していないということを純武は言いたいのだ。

「僕は多くのミステリー作品を読み、観た影響で、少しだけですが医学知識があります。雨宮さんから教えて頂いた、宮下久留麻さんの検死で視神経に損傷があったという話……これが決め手でした。僕が今しがた諸崎さんと松木さんの最後を聞いて、考えた仮説の信憑性を高めてくれました」

「おい。雅巳よ……お前分かったのか?」

「仮説ですが。つまり、11年前の舞谷蓮子を見た人間は────現在の舞谷蓮子を見たら急死する、ということではないでしょうか」

「────み、見るだけで死んでしまうなんておかしいやないか!」

 雨宮があり得ないというように声を上げた。しかし、阿久里がすかさず口を開いた。

「なるほどな……確かに諸崎も舞谷蓮子を見た瞬間だったかもしれん……俺の背後から顔を出してすぐに痙攣していたからな。──松木はどうだった?」

 雨宮は目を閉じて瞼を震わせながら回想する。

「あ、あんたが急に射撃動作を取ったから、射線上に立つ舞谷蓮子を見つけたんや。せやから松木に……見つけたでぇゆぅて──」

 肩に力を入れ、何とか涙を堪えて言った。これで、諸崎も松木も〈見た〉ことで急死したことが判明した。純武は続けて語った。

「目から入った情報は視神経を伝い、頭頂葉に行くそうです。それを踏まえると、現在の舞谷蓮子を〈見た〉ことで何かしらの力によってその情報が視神経と頭頂葉を熱傷させた。連続急死が事件として扱われなかった事も頷けます。なぜなら、舞谷蓮子は急死した方々に〈見られた〉だけだったんですから。そうであれば、不審な人物にはなり得ないですよね?」

「なるほどな……それなら辻褄が合う。例えば……そうだな……6歳の舞谷蓮子を見て脳に入力された情報。それは勿論6歳の舞谷蓮子の姿だ。だが本来、10年11年後にその姿になるはずの少女が、その年月を待たずして16、17歳の姿を〈見る〉と……その情報を伝える視神経と頭頂葉が熱傷する、と言う感じなのかもな……」

 阿久里の言った事と純武の推測は概ね同じだった。

「僕もそんな感じだと思います。まるで今まで小さい電力が流されていたのに、突然大き過ぎる電力を流されて機械がショートするみたいに……」

 そう言って頷くと、付け足したかったのか一が軽く手を挙げて、またしても純武の言おうとした内容を口走った。

「要は、時を移動したことで脳が誤作動を起こしたってことじゃないのかな?そうだとすると……厳密には舞谷蓮子は──────犯人では無い」

 大人2人が睨むように一を見た。

 やってくれたと純武は思った。恐らく一は、この話の流れを読んでいる。それは自分が伝えようと思っていたことだった。純武には一が確実に身代わりになったことが分かった。

「待って下さい!正直、僕は一の意見と同じです!」

「アイツが犯人じゃねぇだと?冗談だろ?」

「そうやで?!何言い出すんや!アイツには殺意がある!せやなかったら自転車でわざわざ各県を巡って会いに行った意味が────」

 雨宮が言葉を止めた。口を開いたままで、心此処にあらずといった様相だ。そう。雨宮は気付いたのだ。舞谷蓮子に突如降り掛かった災いを。

「おい、雨宮。どうした?」

「────舞谷蓮子は……急に物を触れへんなったことに戸惑ったはずや……いきなり目の前に幼い雅巳君と幼い自分が現れた途端にそうなってしもうて……何とかせなあかんって、解決策を考えたはずや……」

 阿久里の表情が変わっていく。一は顔をしかめ、聖真は顔に手を当てている。菜々子も瑠璃も、すでにその瞳に涙を浮かべていた。全員が気付いたのだ。

「しかもタイムスリップした6人も、6歳の舞谷蓮子におうて(会って)しまった訳やろ?16歳の舞谷蓮子にしてみたら自分がおかしなった瞬間に、6歳の遠足の記憶に今まで無かった知らん人間6人におうた(会った)記憶が生まれた事になる……そうしたら────その急に記憶に表れた人間に……おうて(会って)話を聞けば何か分かるかもって思うんやないか?やっとその人に会える、話を聞ける思たら次々死んでいく……怖かったはずや。何度も諦めよ思てみたけど、やっぱり何とかしたくて……それで急死が起こる期間も空いとったんやあらへんかな……?」

「そうか……諸崎と松木にしても同じかもしれんな。舞谷蓮子がどうやって6歳の自分に会った人物を特定して、その位置情報を得たのかは分からんが……ヤツがここに来た理由も、諸崎と松木、一に会いに来ただけなのかもしれねぇってことか……」

「私らが発砲した時も、彼女は頭抱えて縮こまって震えとっただけやった。その前もただ立って震えとっただけや。記憶の人物の近くに来たはいいけど、また会いに行ったらその人物が死んでまうんやないかって、怖くて震えとったんやないか?」

 純武には、舞谷蓮子に殺意が無いということは記憶を取り戻してからは分かっていた。記憶を取り戻さなければ、純武も舞谷蓮子が単なる殺人犯だと考えていただろう。「脳だけ焼き殺す」という強烈な言葉と〈連続急死が連続殺人〉という疑惑が、その裏に殺人犯が居ると錯覚させてしまったのだ。

 しかし、実際に親しい人間を亡くしたばかりの阿久里と雨宮にこれを話すのは純武には難しかった。そういう意味で、上手くこの流れを作ることが出来た。

 純武は、ここで皆にまだ伝えていない事を話すことに決めた。純武が舞谷蓮子に殺意が無いと断言出来る、あの言葉を。

「聞いて下さい。僕が『脳だけ焼き殺すの』という言葉を聞いた記憶は不完全な記憶だったんです。ですがこれをお話するには、阿久里さんと雨宮さんが舞谷蓮子に殺意が無いかもしれないという可能性に気付いてからにしようと思いました。この言葉はほんの一部分に過ぎなかったんです」

 「脳だけ焼き殺すの」という暴力的なフレーズが、舞谷蓮子に同情的だった空気を壊しかけた。

「そうじゃねぇか。舞谷蓮子のその言葉は殺しの予告にも聞こえるぞ?」

 案の定、阿久里が噛みついてきた。しかし、それには怯まず純武は言う。

「聞いて下さい。6歳の僕に向けてこう言ったんです」


【10年、11年後、私は何人も脳だけ焼き殺すの。お願い、助けて……】


「悲しそうに笑いながら……これも気を失った時に思い出しました。しかも、先程記憶を話した時にも言いましたが、この言葉を聞く前に僕らは幼稚園の先生に会っています。しかも、着ている服は同じ白いワンピースでしたが濡れていたんです。この意味が分かりますか?」

 一が阿久里に目をやると阿久里は首を振った。今度は一と阿久里が雨宮に目をやった。そのまま問い掛ける。

「雨宮。お前……森の中で叫んだよな?『お前が脳だけ焼き殺したんだろ』的なことを」

「え……ゆ、言うたわ。────あっ……もしかして……」

「はい。6歳の僕が聞いた『脳だけ焼き殺すの』と言った舞谷蓮子は────さっき、雨の中で阿久里さんと雨宮さんに発砲された後の、現在の舞谷蓮子がタイムスリップしてきたものだと考えられます」

 舞谷蓮子は脳が焼けるという言葉を使った。本人に自覚があるとすれば話は変わってくるが、今までの推測では舞谷蓮子に急死を引き起こしている自覚はないはずだ。しかし、この情報は警察内部の一部と純武が関わった人間のごく一部しか知らない事実。それを知っているとすれば、可能性があるのは雨宮が叫んだ後だ。祠のすぐ近くでそれを知ったのであれば、その直後と予想出来る。

「じゃあ、舞谷蓮子は……今も助けをと求めてるってこと?」

 菜々子が複雑そうに言った。親しい人物を亡くしたばかりの阿久里と雨宮に気を使っているからだということが分かった純武が菜々子に言う。

「多分な。一はどう思う?」

「……うん、そうだね。僕も可世木さんの言う通りだと思うよ。少し疑問が残る事があるにはあるけど。だけどそれは置いておく。それで?どう助けるつもりなんだい?」

 それが最大の問題点なのだ。確かに、今までの純武の考えはあくまで推論の域を出ないおよそ推理とは呼べないものだ。

 周防の話や一と阿久里の話、今現在の舞谷蓮子。それぞれがタイムスリップした時間には多少の誤差があることが分かる。祠に触れたからといって、毎回同じタイミングにタイムスリップしている訳ではない。

「俺が考えているのは、6歳の俺が祠に躓く前にタイムスリップして祠が起動するのを阻止することや。2033年の舞谷蓮子に接触しないようにする為に」

「ん?待ってよ純武。祠に躓いたことが原因なん〜?純武の記憶だとその前に祠を触ってたんやない?」

 聖真が知ってか知らずか重要な所を付く。

「あぁ……そうだな……この一件、犯人は俺なんだよ」

 全員がポカンとする。菜々子が失笑しながら反応した。

「な、何言ってんの純武?」

「考えてみてくれ。俺の記憶じゃ、最初に祠に触った時には何も起きてないんだよ。俺が祠に躓いて、祠を壊した時に〈タイムスリップ出来る祠〉になったと考えられるんや」

「────なるほどね。だから純武が犯人だって事か」

 フムフムと一が軽く言う。

「ちょっと一君!」

 菜々子が一に文句を言おうとするが純武が止める。それと同時に、ドアの向こう側から声が聞こえた。

「そうか!やっぱり俺の“におい”は当たってたって訳か!」

 その声は本来ここに来る予定が無かった人物のものだった。

「井上さん?!」

 瑠璃が驚いてドアの向こうを見る。いつの間にかドア係になったのか、聖真がドアを開ける。

「待った!」

 その瞬間、井上が外からドアを押し付けた。

「な、何ですか?今開けようと思ったんですけど」

 聖真だけでなく、全員が戸惑っている。中に入れようとしたのにそれを拒絶する意味が分からなかった。

「開けちゃいけねぇぞ。今、俺と一緒にいるのは足立君と馬斗矢君と────舞谷蓮子だ」

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