第42話 2023年7月25日火曜日−9月1日金曜日

「じゅんぶ、せっかくやからぼーけんしよーぜ?」

「ぼーけん?」

 トイレを済ませると、手洗い場で友達がそう言った。

「そう!まずこのトイレのおく!」

 指を差した方には森があった。少し暗めの緑色だと感じる木の集まりが木造のトイレの後ろにあった。

「いいよ!いこう!」



 2人で奥に進むと段々と、暗がりが広がっていく。足元には枝や葉っぱが沢山落ちていて、フカフカな地面になっている所もあった。何処がフカフカになっているのかを探していたら、何か字が見えた気がしたのでしゃがんでその字を見た。

「〈マムシちゅうい〉ってかいてあるぞ」

「げ!やばいじゃん!にげろー!」

 マムシが毒を持っている蛇だと言うことは知っていた。2人でその場を逃げ出すと、さっきのトイレまで戻って来た。



「どくへびはだめや!」

 見渡すと森に囲まれている。それを指差しながら、次は違う森で冒険をすることにした。

「おれはこっちにいくから、じゅんぶはあっち!」

「わかった!」

 二手に別れて、自分が目指す森に向かって走り出す。その途中、急に声を掛けられた。


「じゅんぶ!ついてっていい?」

 1人で冒険に出たあいつには申し訳無いが、冒険は1人よりも2人の方が楽しいはずだ。純武はその声にサムズアップをして答えた。

「とーぜんやろ!」



 皆が進んでいる方とは違う方へ走る。目の前の森はさっきの暗い森と違って、明るい緑色の葉っぱが沢山集まった緑色のふんわりした塊に見えた。あの中がどうなっているのか、気になって仕方が無かった。自分の身長くらいはある草を手で除けながら進む。後から付いてくる足音が聞こえる。

「だいじょーぶかー?」

「へーきー!」



 ちょっと走ると、草があまり生えていない場所に出た。突然見えた景色は、まるで絵本に出てくる秘密の森の場所だ。

「すげー!」

「ほんとやねー!」

 嬉しくて嬉しくて走り回る。大勢の仲間と初めて遠出したことが嬉しい。秘密の場所を隅から隅まで走り回る。

「なんやこれー?」

 足元に小さな石の建物があった。触ってみると石のザラザラと緑色のモサモサの触り心地の違いを感じた。

「なにかあったのー?」

 後ろの方から聞かれ、立ち上がろうとしたら身体のバランスが崩れた。

「うわーっ」

 転んでしまった。でも痛くはない。何に躓いたのかと足の傍を見ると、足を引っ掛けて石の建物を壊してしまったことが分かった。上に乗っていた石がずり落ちていた。

「だいじょーぶ?」

 しゃがんで心配そうに顔を覗き込んでくる。

「へっちゃらやよ!でも……きゅうにてんき、あつくなった?」

 お尻を地面に着けたままの姿勢で言った。周りが暑くなった気がしたのだ。

「君達……?」

 知らない声がした。起き上がって振り向くと、躓いた場所にしゃがんでいる白い服を来ているお姉さんが居た。お姉さんの手には、小さな向日葵が握られていた。

「あ……」

 大人が居たから怒られると思った。けれど何も言われない。

「おはなつみ?おねぇさんもあそびにきたの?」

 左手に握られた向日葵を見ながら言った。

「あら、可愛い子。オーバオール、似合ってるわね!そうだよ。そっちの君は転んじゃったのかな?大丈夫?」

 お姉さんは綺麗で、優しそうだった。

「だ……だいじょーぶ」

 お姉さんが僕らの顔を見てきた。

「あ──あれ?君達?あれ?この子?君は?」

「どうしたの?おねぇさん」

 急にお姉さんが、フラフラとし始めた。投げた様には見えなかったのに、手に持った向日葵が凄い勢いで地面に叩きつけられた。

「じゅんぶー、なんかおねぇさん、へんやよ?」

 お姉さんが変になったのは、自分があれを壊したからかもしれない。ズレた石へ走り、持ち上げる。結構重たい。

「わたしも、てつだうよー」

 2人だと簡単に持ち上がった。お姉さんの方を見るとやっぱり何か苦しそうにしている。早く直してあげないといけないと思った。

「あっ」

 指の先が滑ってしまい勢い良く石を置いた。でも下ろす所が良かった。丁度、建物の天井の位置に置けた。これでお姉さんもさっきの優しいお姉さんに戻る。

「あれー?」

 お姉さんは突然何処にも居なくなっていた。

「じゅんぶー、おねぇさんいなくなっとるー」

「こらー!」

 いきなり横から声がした。いつの間にか大畑先生が立っていた。

「勝手に動いたら駄目でしょ!ほら!皆の所に戻りますよ!」

「はーい」

「はーい」

 先生に怒られちゃった。でもお姉さんは何処に行ったんだろう。先生について行く途中、振り返るとやっぱり白い服のお姉さんが立っていた。でも、どうしてだか服が濡れている。そして変な風に笑いながら何かを言った。

「じゅ──ご──脳だけ焼き殺すの。──お──けて──」

「え?」

 急に怖くなった。「脳だけ焼き殺すの」という言葉が何だかとても怖かった。



 先生を追い掛けて走り出した。お姉さんはまだ何かを言っていたけど、意味が分からなかった。

「あれ?おーい!はやくおいでよー!」

 もう1人の友人がまだ石の建物の場所に居たのに気が付いた。少し上に顔を上げていたみたいだったけど、呼び掛けに気が付くと「いかなきゃ!」と言って純武の方に走ってきた。





2023年9月1日金曜日

「はーい。皆よく聞いてね。今日は悲しいお知らせがあります」



 先生の言っている事がよく分からなかった。でも、後で先生が僕を呼んでゆっくり話してくれた。



「純武君は一番仲が良かったから寂しいよね。この前も遠足で一緒に迷子になってたくらいだもん。でも、純武君だけじゃないんだよ。純武君と離れ離れになって────蓮子ちゃんも寂しいのよ」

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