第40話 2034年7月25日火曜日⑫

 途端に「ドンドンドンッ」という音がコテージ内に広がった。ドアが叩かれた音だ。

「おい!開けろ!」

 特徴的な野生的な声が誰かを教えくれる。ドアの近くに座る聖真が素早くドアを開けると、服を濡らした阿久里と雨宮が滑るように入ってくる。

 そのことから聖真は、今外は雨が降っているということが分かった。2人の服をよく見ると、所々に土が付いていたり擦れた跡が目立った。そして、当然の疑問が聖真に生じる。

「松木さんと……諸崎さんは?!」

 聖真が言ってドアから顔を出して2人を探す。その首根っこが後ろから引っ張られる。その力に耐えられずに聖真は尻餅をつくと、阿久里が息を切らしながらドアと鍵を閉めた。

「な、何があったんですか?2人はどうしたんですか?」

 菜々子が恐る恐る尋ねると、雨宮が腕で顔を隠す。そこで大方の予想は付いたが、今度は阿久里を見る。サングラスを床に投げつけ、その靴で踏み潰した。

「松木……も、諸崎も────殺されたッ」

「な…………亡くなったん、ですか?松木さんと諸崎さんが……?」

 瑠璃が素っ頓狂な声で言った。どう受け入れたら良いか分からず、室内の子供らは強張った半笑いにの顔をする。

「────何があったんですか?」

 外の雨がどの程度降っているかを確認しに窓を見ていた一が翻り、努めて冷静に聞いた。

「分かんねぇんだよ……」

 阿久里がお手上げだというように言う。両腕で顔を隠し続ける雨宮も、ヒックヒックと横隔膜を痙攣させながら答える。

「わ、分からへん……急っ、に、松木が痙攣してっ……宮下久留麻と、お、おんなじや……」

 阿久里は雨宮を見たが、顔が隠れているのを確認すると今しがた自分が閉めたドアを見据えた。

「……そうか。諸崎もだ……」

 絶望がコテージ内を支配した。未解決事件を何度も解決した探偵と、捜査一課の刑事が同時に急死を目撃した。それも親しい人間の急死を間近で。それでもその方法が分からないと言う。

「ただ……分かったことがある。平岩。お前が言ってた舞谷蓮子が自分で購入した物以外は使えないってやつな、あれは正確には違うぞ」

 立ち上がった聖真が「え?」と一歩踏み出した。

 聖真は、阿久里も自分の考えには納得出来たと言っていたと記憶している。今の発言の真意を阿久里に尋ねる。

「俺の……僕の考えの何処が違いましたか?」

 阿久里が「まだ分からねぇ事はあるが……」と前置きをしてから答えた。

「アイツは、自分の所有物しか〈触れられない〉られないんじゃねぇかと俺は思うぜ。何せ、この俺の弾丸が2発当たったはずなのにピンピンしてたからな。2発目が着弾する瞬間、意識を集中させたら分かった。着弾したはずなのに弾丸がそのまま下に落ちやがった」

 聖真以外の子供ら4人は、発砲したということにも驚いたが、それが無効に終わったという事実に驚愕して黙り込む。

 だが、舞谷蓮子について現状一番詳しいであろう聖真は、至って普通に言葉を返した。

「それは…………確かにそうかもしれないです!使えないんじゃなくて触れられない!そっちの考えの方が合ってる気がします!」

 そう阿久里の考えを支持した。足立と馬斗矢と、実際に舞谷家で見聞きした事と照らし合わせて至った結論だ。そこで「でも……」という瑠璃の言葉が聞こえた。

「触れられないって仰いましたが…それなら地面を歩くことも出来なくなりませんか?自宅でも床や階段、風呂場だって足の裏が接していると思うのですが……」

「そこなんだよ」

 阿久里が表情を変えずに瑠璃を見た。

「平岩が推理した事、俺が体験した事……それらを合わせると導き出される考えは自分が購入した物以外〈触れられない〉というものだ。ここだけでも訳が分からねぇが、それだと〈歩ける〉という事が矛盾するんだ」

 天井を仰ぎ見ると、阿久里は溜息を大きくついて「俺はよぉ」と続け様に言った。

「真面目な話……舞谷蓮子は超能力的な何かを授かり、その力を使って5人と……諸崎と松木を殺した。脳を熱傷させるなんて、もうそれくらいしか思い付かん……。そしてその代償として、自分が購入した物以外は〈触れられない〉という制約を与えられた。ぶっ飛んだ話だが、俺の中で考えられるのはこれが限界だ」

 阿久里の言うことがその通りなら、今の舞谷蓮子を止める術は無い。ここに居る誰もがその考えに達する。

「あと、もう1つ。諸崎の死に方……あれはさっき雅巳が倒れた時とは違った。雅巳はひょっとすると──」

 菜々子が「え?」と小さく言った。

「──純武!」

 窓を覗いていた一が彼らしからぬ声量で叫んだ。それが、窓の外に死んだと思っていた人間が居るのだということを皆に教えた。

 菜々子が急いで一の横に移動し、外開きの窓を開けて外の様子を伺う。そこには、息を乱しながらこちらに向かって走る純武の姿があった。

「純武ぅ────ッ!」

 涙を流しながら窓から身を乗り出し大手を振る。それに手を挙げて純武は答えた。

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