第38話 2034年7月25日火曜日⑩

 キャンプ場のコテージの中で聖真、菜々子、一、瑠璃、阿久里、諸崎、雨宮、松木の8人は息を潜めていた。コテージには鍵が掛かっていたが、阿久里の解錠技術によって見事に不法侵入することに成功した。

「平岩だったな。お前の話だと、あの舞谷は自分が買ったもの以外は使えないって事だったな?」

 瑠璃と共に菜々子を慰めながら、暗い顔で阿久里に返事をする。

 聖真はコテージに着くと4人の大人達に自己紹介をし、舞谷家で知り得た情報を全員に伝えていた。

「はい……ドアでさえも。僕ごときの推理なんで、絶対とは言い切れませんが……」

 聖真に聞いた話を脳内で整理してから阿久里がもう一度口を開いた。

「いや、間違っちゃいねぇ。謙遜すんな。訳は分からんがな」

「あと、俺──僕と足立と馬斗矢……全員があの家を調べて、舞谷蓮子対して〈可哀想〉と感じました。」

「〈可哀想〉だと?」

 聞き返された聖真は頷いたが、阿久里は「そうか」とそれ以上は追求しなかった。

 頭に掛けたままにしていたとサングラスを鼻にかけると、目を閉じて何かを熟考している一の存在が視界の中で際立った。

「一、何か分かったのか?」

 目を開けて正面を見据えたまま一が答える。

「いえ……どうしても急死させる方法が分からなくて。逢沢さんを含めた5人、そして純武──」

「一っち!」

 聖真が、菜々子に気を配れと言っているのだと察する。咳払いをすると阿久里に続けて言った。

「時間移動というSFが現実になったとは言え、急死──脳に熱傷をもたらす方法には繋がらないですよ」

 阿久里が「だろうな」とため息をついてから呟いた。

「でも、このままいつまでもここに籠もっとるんか?打って出ることも考えんとあかん……」

「ちょっと雨宮さん!死にたいんですか?とりあえず平岩君が言うように、自分でドアが開けられない以上、ここに居れば安全じゃないですか!」

 雨宮と松木のやりとりを聞いていた菜々子がボソボソと「打って出る……?」と呟いていた。瑠璃が「菜々子さん?」と背中に手を添える。

「──そうだよ。純武の仇を取らなきゃ……」

 のそりと立ち上がると、不安定な足取りでコテージの入口に向かう。

「菜々っち」

 聖真が菜々子に立ち塞がった。目線を下から上にして聖真を見上げる。

「聖真。どいて」

「やだね〜」

「どいて」

「どかない」

「どいてよォ──ッ!」

 菜々子の真っ赤になった瞳が聖真を見据える。

 聖真が始めて見る、菜々子の激怒した顔だった。瞼は腫れ、叫ぶ口の中で糸が引くのが見えた。これがあの日、「純武の目を見て話をしたいんだ……」としおらしい顔をさせた女子と同一人物だとは思えなかった。

「よぉ、嬢ちゃん」

 やれやれといった言い方で阿久里が聖真の横に立つ。

「仇っつっても、武器も持たずにどうすんだ?」

「…………」

 菜々子は阿久里のサングラスを睨みつける。返す言葉が無いのか押し黙っていた。

「……だよな。これくらい無いと──仇はとれんぞ」

 ポケットから取り出したのは──拳銃だった。

刑事2人が「阿久里!あんた……銃刀法違反やで!?」「やり過ぎっすよ!」と大声で言う。他の人間も引いていたが、阿久里は取り合うことは無かった。

「──貸してくれるんですか?」

 菜々子のその言葉に阿久里が吐き捨てる様に言う。

「ハッ!ふざけたこと抜かしちゃいけねぇ。俺が言いたいのは、ガキは大人しくしてなって事だ。ここからは大人の仕事だ」

 雨宮と松木、諸崎見る。雨宮は頷くと阿久里の方へ向かう。キビキビと動く諸崎とは対照的に、渋々という雰囲気で松木も続いた。

「これから俺ら4人で奴──舞谷蓮子を捕まえる。お前らはここで留守番しててくれ」

 2歩3歩、阿久里に向かおうとする菜々子を瑠璃が身体を割り込ませて止めた。

「阿久里さんの仰る通りです。菜々子さん」

 唇を震わせながら、本当はしたくないという様に菜々子を睨みつける。顔の筋肉がぎこちなく動いているのが分かる。

「瑠璃ちゃん……でも……」

 命の危険性があることは十分承知していた。それでも瑠璃は捜査に協力はしたかった。だが、もう犯人は突き止めた。これ以上は子供の出る幕は無い。ここには刑事が居るのだ。ここからは大人に任せるべきだと瑠璃は思っている。

「菜々っち。もし菜々っちまで死んじゃったら……純武は本当に悲しむよ」

 今まで我慢していただけだと、そう誰もが悟ることが出来る。それ程、聖真の目からは涙が溢れ出していた。

 必死で感情を押し殺している、彼の親友の気持ちが理解出来た菜々子はその場にへたり込んだ。

「ごめん……」

 悲しみに暮れる2人は落ち着きを取り戻すまで、そのまま啜り泣いていた。



 場が安定するのを見届けた阿久里は、さっき取り出した拳銃を雨宮に軽く放った。「あわわわ」と雨宮の両手の中でそれが踊る。

「38口径だ。警察にはピッタリだろ」

「ちょっ……私、犯罪者になってまうやないの?!」

「こんな時に何言ってやがる。諸崎!」

 呼ばれるとウキウキとして、ショルダーバッグから新聞紙で包まれた塊を阿久里に差し出す。受け取ると無造作に新聞紙を破り捨てる。現れたのは、またしても拳銃だった。

「あ、阿久里さん!それ、ま、ま、マグナムじゃないっすか……!」

「よく分かったじゃねぇか。銃が好きなのか?」

 松木は子供のような笑顔を作るが、直ぐに顔を振り両頬をパチンっと叩いた。

「違う違う!そういう問題じゃなくて、何でそんなもん持ってんすか!」

「──言うと思うか?」

 カチャっとシリンダーを開けて銃弾を確認する。雨宮に対して「一応お前も確認しておけ」と言う。無言のまま言われた通り雨宮もシリンダーを開ける。

「よし、行くぞ」

 阿久里はドアのに耳を当てて外の音を確認する。今度は少しだけドアを開けて、何処からか取り出した小さな鏡を持った手を隙間に入れる。反射した外の様子を確認して「OKだ。行くぞ」そのままドアを大きく開けて、大人4人は舞谷蓮子捕縛に向かった。

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