第37話 2034年7月25日火曜日⑨

 純武と一はお互いが手に入れた情報とそれを考察した結果を報告し合う。まずは純武から報告した。

 井上との会話中にダウンロードしておいたコンビニと駅のホームの画像を皆に見せると、雨宮が興奮気味に言った。

「これや!この女や!私が〈しぐれ〉で見た女は!」

 その証言により、この画像の女が犯人であることはほぼ確定した。しかし、急死させる殺害方法は分からない。そして何より、純武の記憶の女と瓜二つにも関わらず、年齢が変わっていないことが問題だった。菜々子が井上に言ったように、雨宮もこの画像の女は自分ら高校生くらいだと断言した。

「それで……俺が考えたことなんだけど……」

 意見を求めるように一を見ながら純武が自分の考えを言う。

「俺の記憶の女は間違いなくこの画像の女や。だとしたら、俺にはこの可能性しか浮かばん……俺はひょっとしたら────タイムスリップしたんかな?」

 一は表情を変えずに「その線は否定出来ない」と言った。その態度から純武は「ハハ……」と力無く笑った。

「純武。今度はこちらの話を聞いてくれ。今の君の仮説を明解にする手助けになるはずだよ」

 祠に触れた後、周防と同じ気温の変化を感じ、オーバオールの少女に出会ったこと、純武の名が呼ばれているのを聞いた事を伝えられる。今ここに居ない園児達が大勢居たのを阿久里が確認したことも。そして、祠に触れた様子を離れた場所から見ていた瑠璃と雨宮の証言。これらが示す可能性は1つだけだ。

「僕と阿久里さんは、祠に触れたことで11年前の7月25日にタイムスリップしたと考えている」

 何という会話内容だろうか。何も知らない人間がこの話を聞いたら、きっと指を差されて馬鹿にされるだろう。だが、純武は自分の考えと一と阿久里の考えがリンクしていることで、自分でも馬鹿馬鹿しいと思っていたことが尤もな事に思える。

「つまり……流れを整理すると、2023年7月25日に遠足に来ていた俺が迷子になってこの場所に来た。そして祠に触れて10年後にタイムスリップした。2033年にこの女に会い、「脳だけ焼く」と言ったのを聞いた。一達が出来たようにもう一度祠に触れた俺は、元の2023年に戻った……ということか」

「そう考えるのが、僕はしっくりくるね。周防さんや逢沢さん達の実験で重力と気温の変化が起きていた理由は……この祠がタイムスリップを起こせることで、時空の歪みがこの場所にあった事が原因だったのかもしれない。ただ気になるのは……」

 純武は一が言おうとしていることが分かった。

「何で俺が10年後にタイムスリップしたのかって理由が分からんよな」

「ねぇねぇ純武、オーバオールの女の子は純武達と遠足に来ていた他の園児ってことなのかな?」



 いきなりのことだった。祠の右側から草木の中から、必死な目をした聖真が飛び出して来たのだ。

「皆ここから逃げろ!画像の女がここに来てるんや!──舞谷蓮子が!」

 全員の顔色が変わる。聖真が祠の奥の方を指差し皆を誘導しながら走り出す。一斉にその方向へ走り出そうとした。

 しかし、純武は動けなかった。聖真の言葉が純武の凍りついていた記憶を急速に溶かしたのだ。その記憶が脳内で暴れまわる。全身の力が抜け、地面に両膝を付ける。両手で頭を抱えながら土下座の様な姿勢になる。

「純武ぅ!どうしたのッ!!」

「い、いや……これは────」

 記憶が呼び起こされる。

「嫌だぁ!純武ぅー!」

 頬に触れるひんやりとした土が気持ち良いと思う。

「菜々子さん!駄目です!」

「クソったれ!嬢ちゃん!諦めろ!」

 脳内に映像が浮かび上がる。

「もうあかんで嬢ちゃん!引きずってでも連れてくで!松木ィ!諸崎ィ!」

「分かりましたッ!ごめんよ!」

「手伝いますッ!」

「嫌ァ──────!!」

(俺は……………………)



 松木と諸崎が菜々子を羽交い締めにして全員で走り出す。菜々子は初めこそ激しく抵抗していた。怒声を撒き散らし、涙を地面に撒くように。松木と諸崎に引きずられる様になっていた菜々子は、その腫れた目で周りを見る。皆、必死で同じ方向へ走り続ける。両脇の2人が息を切らしているのが分かる。独りよがりの行動をして周りを巻き込むまいと、菜々子は歯を食いしばる。そして、自らの脚で走ることを受け入れた。強く、強く、後ろ髪を引かれる思いを感じたまま。



「この先にコテージがありますッ!そこに入れば大丈夫なはずですッ!」

 森の出口が見えた。もう少しでこの走りにくい地形が変わる。その瞬間、閃光が辺りを包んだ。

〈ピシャァ──────ンッッ!!〉

 雷が落ちた音だ。閃光と音が同時に起こった。

「お嬢、前ッ!危ないノン!」

 チコパフが危険を知らせる。瑠璃の後ろに居た一が瑠璃を止めた。その真ん前に、大量に葉を蓄えた立派な木の枝が勢い良く落下してきた。

「────は、一さん、ありがとうございます。チコパフもありがとう」

「大丈夫だったかい?」

「良かったよン!」

 枝の根の方は焦げており、そこから少々の煙が立っていた。枝の太さは20cm程度はあるだろう。中々に立派な枝だ。これ程の枝を一瞬で折る雷の威力には脱帽すると瑠璃は唾を飲み込んだ。

 前方から阿久里が「おいッ!大丈夫かッ?!」と、こちらを向いていた。

「大丈夫です!」

 そう答えた一は「行くよ」と瑠璃と、道を塞ぐその大きな木の枝を迂回して森の外へ出た。

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