第34話 2034年7月25日火曜日⑥

「雅巳君ッ!どうだッ!?どうなんだッ?!」

 スピーカーモードにしたスマホから井上の大声が聞こえる。あまりの衝撃に純武は反応が遅れてしまったが、すぐに思考を回転させて返事をした。

「こいつです──ッ!この女が僕の記憶の女です!」

「よぉーしッ!!こいつの身元が分かり次第とっ捕まえて全部吐かせてやるッ!そうすりゃ急死させた方法も分かるってもんだ!」

 感情を爆発させて喜びながら井上が言う。確かに2つの急死現場に現れ、「脳だけ焼き殺す」という発言をしたこの女は犯人だと言って良いのかもしれないが、問題は純武の記憶の女と比較して歳を重ねたように見えないということだ。

「でも、井上さん!この女──僕の記憶の女と年齢が殆ど変わりがありません!それはどう説明したら──」

「そんなもんは単に若作りってだけだッ!だぁーはっはっ!」

 笑い声を上げる井上に対して菜々子が否定の意を示した。

「井上さんッ!」

 井上が大人しくなる。いきなり女性の大声が聞こえたことがそうさせたのか。さっきの雨宮との会話もそうだったが、本当に女性に弱いのかもしれない。

「──な、なんだ?可世木さんか?」

「そうです!画像を見ましたが、これはどう見たって私らくらいの年齢の女の子です!純武の記憶で出てきた30前後の女性なんかでは絶対ありませんよ!」

 菜々子はあの時、周防の写真だけで年齢をおおよそではあるが当てた実績のある人間だ。その菜々子がこの画面の女が同い年くらいだと断言するのだ。否が応でも菜々子を信用せざるを得ない。

「そ、そんな……だが……な、なら!雅巳君の記憶の女の娘なんだよ!そうに決まってるッ!」

(その可能性はどうなんや?俺の見立では20歳前後。でもこの画像の女を見て菜々子は俺らと同じ17歳くらいだと言っとる。周防さんの件だと、菜々子の予想のブレはプラスマイナス1歳くらいやから、多分16〜18歳って感じか。今の画像でその年齢になっとるとすると、11年前に5歳の子供をすでに産んどれば井上さんの言ってることも可能性が無い訳じゃないけど……11歳で出産してたってのは今の時代ではちょっと考え難い……というか、親子ってだけでこんなに瓜二つになるもんか?────きっと、菜々子の言っとる事の方が当たっとる気がする。この女は俺らと同世代、且つ俺の記憶の女や。ということはオカルトとは違うけど──この可能性が出てくる……けど……あり得るのか?そんなSF染みたことが……!)

「井上さん!俺も菜々子の意見に同意します!」

「おいおいおいー!」

「待って下さい!とりあえずその女が犯人であるのはほぼ間違いないと思います!僕らは今から祠を調べに行きます!もしかすると、それで年齢の謎が解けるかもしれません!」

「な、どういう……ええい、分かった!とにかくこの女の身元を割り出す!」

「僕らはこれから森の中に入るので電波が届きにくくなると思います。なので何か分かったら近くに来ている聖真に連絡を入れてやって下さい!」

 通話を切ると菜々子に顔を向ける。

「訳が分からないけど、1つだけ可能性がある。まず、それを確かめに行くぞ」

「……わかったよ!」

 菜々子は純武の言っていることが分からなかったが、大きく頷くと走る目の前の男に付いていった。

「きゃっ──!」

 森に入る直前で上空に閃光が走った。菜々子はすぐに森の木々に視界が塞がれてしまったのでよくは見えなかったが、黒い塊の様な雲がすぐ近くに広がっていたような気がした。そして、雷鳴の音が鳴り響いていた。




 聖真、足立、馬斗矢が凍りついている時にも、蓮子の祖母は孫娘に何があったのかを問い質すのを続けていた。

「なんなんだい!?一体どうしたんだい?!」

 一番初めに意識を戻すことが出来た聖真が「あっ、はい!」蓮子の祖母に返事をする。

「すみません!すぐに行かないといけなくて──」

「いーや、駄目だ!あの子に何があったか分かったんなら教えてくれるまでは帰さないよッ!あの子は私の娘の忘れ形見なんだ──ッ!」

 鬼のような形相で3人を睨みつける。

 そうだった。今の今までその事に気が回らなかった。舞谷蓮子は両親を早くに亡くしてしまい、この祖母に引き取られて育てられた。その孫娘がおかしくなって、最もそれを心配しているのはこの祖母なのだ。

 聖真は時間が惜しいという気持ちがあるが、それを押し殺して蓮子の祖母に目を合わせた。

「分かりました。ただ、僕では分かることが限られています。なので、僕が分かった事だけはお話出来ます。しかも──僕が今から言うことは、おばあ様には理解出来ないことかもしれません。実際、僕にも理解は出来ていません。それでも宜しいですか?」

 聖真らしからぬキビキビとした発言に、意識を取り戻した2人が唖然としている。

「(こいつ、二重人格なのか?)」

「(さ、さぁ……。雅巳君に聞けば分かるんじゃないかな?)」

「い、言ってる意味が分からないけど……構わないよ。で、何なんだい?!」

 一度ゆっくりと瞬きをしてから、大きく息を吸ってそのまま吐き出す。目を開き、そこに立つ老婆に向けて口を開いた。

「舞谷蓮子さんは────自分で買った物以外、使えないのだと思います」

 もはや芝居を忘れて、蓮子のことを先輩と呼ぶのも間違えた。だが、そんな些細な言い間違いも感じられなかったに違いない。蓮子の祖母は目を白黒させているだけだ。足立と馬斗矢も同じだ。

「だから、タンスやクローゼットがあるのに服や下着を仕舞えない……使えないから。あのタンスやクローゼットは元々この家にあったもので、蓮子さんが買ったものではありませんよね?」

 おずおずと首を縦に振る蓮子の祖母だが、話が飲み込めていないことは明白だ。

「だから、元々この家にあった食器や調味料を自分で買って新品にした。使えないから。食材も自分で注文するようにした。きっと……これは使うではなく食べることができないから。だから、シャワーや蛇口の自分で交換を依頼した。使えないから──」

 足立も馬斗矢も、聖真の言っている事の意味は分からない。本人も意味は分からないと言っていた。だとしても納得のいく話ではあると思い、前向きな反応をした。

「意外……と当たってるん、じゃねぇか?」

「平っちが言うように……それだと辻褄は合う、よね」

「平岩、いつ分かったんだ?」

「麦茶の氷だよ。氷まで入れてくれるくらい気遣いをする人なら、座敷に座布団を用意するよ。だけど1つも見当たらなかった。きっと、閉まってくれって言われたんだと思う」

 誰に、とは言わない。聖真の言葉を蓮子の祖母は何も否定しなかった。

「何で……そんなこと……どういうこと?余計に訳が分からないよ……っ」

 段々と聖真の話が腑に落ちてきた様子の蓮子の祖母は、自問しているようだが答えなど出ようはずがない。ここに居る全員がその答えを持ち合わせていないのだ。腰が抜けた訳ではなさそうだが、壁に手をついてその場にゆっくりと座り込む。その姿を見ながら、聖真が改めて釘を刺す。

「さっきも言いましたが、そうなった理由は分かりません。ですが僕の友人なら分かるかもしれません。なので、待っていて下さい。必ず、全てをあなたにお伝えします」

 そう言うと聖真は足立と馬斗矢に声を掛け、舞谷家を後にした。座り込んだ老婆は、もう引き止めることはしなかった。

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