第四章 真実と仮説

第33話 2033年7月25日月曜日

2033年7月25日月曜日

「おばあちゃーん、お散歩行ってくるねー」

 台所の方から「いってらっしゃーい」と祖母の声が聞こえた。それを聞いてから、お気に入りのピンクのステッチが入った白いスニーカーを履く。今日は白いワンピースに白いスニーカーで「白々コーデだっ」と独り言を言って玄関の戸を開けた。



 今日も日差しが強く暑い。やっぱり夏の時期は木陰を歩くのに限る。キャンプ場の方に向かって歩き、一歩一歩オーバーに踵の先から地面に接地させる。靴底から伝わる振動が心地良い。3日前に届いたこのスニーカーは、履いた人間を楽しませるかのように地面の感触を伝えてくれる。何処までも歩いて行けそうだなと思っていると、あっという間にキャンプ場の前に来てしまった。

 そこから次は何処に進もうかと考える。このまま川の上流に向かって歩こうか、それともこの周りを適当に散策するか。目の前のキャンプ場を囲う森に目を向けると、蓮子は数年間思い出すことが無かった記憶を脳裏に浮かばせる。

(そういえば昔ここに来た時、ちょっと怖い事があったんだよねー。思い出してみると大したことじゃないのに。ふふっ、馬鹿みたいよね。確か──あっちの方だったかしら?)



 散策することに決めた蓮子は、そのままキャンプ場に入っていった。昔の記憶を頼りに歩き、木々の中に入る。日差しが無くなり、日陰が作り出した気持ちの良い涼しさが広がっている。

「結構覚えてるものね」

 ついまた独り言を言ってしまったと思うが、周りに人は居ないのだ。気にする必要も無いだろう。

「あっ!」

 森の中に僅かに差す太陽の光が2〜3m程の一帯を照らす。そこには、色とりどりの花が咲いていた。

「こんな所があったんだっ」

 その花々の中には小さな向日葵が5つ咲いていた。向日葵は蓮子が一番好きな花だ。

「可愛い……1つだけ持って帰ろ〜」

 そっと一輪の向日葵の茎に指をやるとブチッと切る。両手に乗る小さな向日葵を見て「部屋に飾ろ!」とそのまま森の奥へと進んでいく。50mくらい歩くと、木々の隙間からお目当ての場所を見つけることが出来た。

 森の中にあるそれは、自然の木々や土の地面、そこに乱雑に生える草花とはやや毛色が異なる物体。祠だろうか。平らな30cmくらいの石を4枚使って、地面を底辺とし前面を空洞とさせた立方体がそこにあった。

 側面の3つの石は地面に埋まっているので、実際は上に乗っかっている石よりももっと大きい石なのかもしれない、と蓮子は想像した。

「何年振りかしら。…………懐かしいな……あの頃が……」

 蓮子は前方に向かって歩き、祠の前で屈み込む。

「でも……結局あれはなんだったのかな……?」

 そう疑問を口にすると、何か妙な感じがした。

「っ────!」

 ただ瞬きをしただけだ。それなのに蓮子の目の前にある祠は、天井の部分の石がずれ落ちていたのだ────。





 自宅に着いたにも関わらず、玄関の前で立ち尽くす。仕方が無い。自分は家に入ることが出来ないのだ。しかし、これから一体どうしたらいいのだろう。自分には確かめねばならない事がある。だが、それ以前に普通に生きていくことが出来るのだろうか。自分の住む家にすら自分で入ることが出来ないというのに。

 夕日が寂しげな色合いを作り、夜がやって来ることを伝えている。その光景が、自分のこれからの人生の色はこうだと教えているのではないかと思う。

 ドアの下に目を落とす。僅かばかりの光が溢れていた。あの隙間からなら入れるのかな、と到底不可能なことを考えていると、突然玄関が開いた。

「──わッ!どうしたの?!そんな所に突っ立って?帰りが遅いから心配したじゃないか!」

 祖母が怒気を含ませて言う。しかし、蓮子はそんなことは知ったことかといった態度で、開けられたドアの間から玄関に入る。

「おばあちゃん」

「なんだよ?何かあったのかい?」

「今度からドアは閉めないようにして」

 戸惑っている祖母を横目に階段を昇る。その最中に、自分の部屋のドアはどうなっていただろうと考える。


 部屋の前に着くと、ドアは開けっ放しになっていた。蓮子は「良かった……」と声を漏らした。

 部屋に入ると薄暗かった。電気のスイッチを見て気付いたが、スイッチを入れられないのだ。この暗さで灯りがないのは不便すぎる。

「そうだっ」

 スマホの連携アプリを開く。アプリに表示されている〈自室:部屋の電気〉のトグルボタンをタップしてオフからオンにする。すると問題無く部屋の電気が点灯した。これにも「良かった……」と声が出てしまった。今まで使ったことなど殆ど無いので後悔していたが、このスマホを契約する時に、部屋の家電とのペアリングをするプランを選んでおいて心の底から良かったと思えた。これなら冷暖房も使えることになる。すぐに冷房の電源もスマホから起動させる。

(スマホが使えるなら、おばあちゃんに電話して玄関を開けてもらえば良かったな……ドアを閉めないでっていうのも言い過ぎかな?────ううん。もし、おばあちゃんが電話に気が付かなかったら困るわ。なら、夜以外は開けておいて貰おう。夜ならスマホも枕元にあるだろうし)

 そのままベッドに腰を掛け、そして倒れ込む。────これは許されるようだった。

(何が良くて何が駄目なのか……まずそれを把握しないといけないわね)

 蓮子は仰向けになり、額に右手の甲を乗せて自問自答する。これからどう行動すべきかと。そして思う────生きなければ、と。 

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