第32話 2034年7月25日火曜日⑤

 聖真達は舞谷家から歩いてすぐの神社で、蓮子の祖母から聞いた話の内容を整理することにした。この場所を選んだ理由は日陰が多く涼しいからだ。

「この嘘マシンガンめ」

 足立が言いたくて堪らなかった言葉を聖真にぶつけた。

「それは褒め言葉として受け取るよ〜。それにしてもあの部屋……何か色々と妙だったよね〜?」

 聖真は蓮子の部屋に入った時に、違和感ともう一つの感情を感じた。しかし、それらが言葉で表現出来ない。

「あ、それ僕も思った!けど……何が妙かって言われると難しいんだよね……」

 馬斗矢がもどかしそうにしていると、足立がのそのそと「俺さー」と言った。

「……俺さ、3つ上の姉ちゃんがいんだけど──」

 聖真も馬斗矢も、足立に姉が居るというのは初耳だった。であれば、足立ならあの部屋の違和感の正体が分かるかもしれない。2人は足立の言葉に耳を傾ける。

「何か無防備っていうか、雑っていうか。姉ちゃんは服はタンスとかクローゼットに閉まってるから床に置いてるとこなんて見たことねぇ。下着も多分……そうだ。でも、その割にあの部屋の服は綺麗に畳まれてんだよなー。姉ちゃんなんかもっと適当に畳んでるぜ」

 その話を聞いて、聖真も馬斗矢も違和感の正体が分かった。チグハグなのだ。

「綺麗なのに雑……か。それが違和感を感じた理由か〜。なんか納得出来たな〜」

「そうだね!そうだよ!チグハグな感じが気になったんだね、僕達」

「それでさ〜、どう思った?2人は。舞谷蓮子が犯人っていうか、純武の言う白い服の女だと思う?」

 馬斗矢と足立は半信半疑といった感じで眉をひそめた。

「うん……雅巳君の記憶に出てきた女性が舞谷蓮子って言われたら、僕は納得するレベルなんだけど……」

「ああ。俺もこいつが犯人っていうか、雅巳の見た白い服の女……散歩先がキャンプ場の辺りで、肌がちょっと日に焼けた感じ、髪の長さは可世木くらい、白いワンピースってドンピシャじゃね?」

「それに、写真で見た感じ大人っぽい人だったよね。あれだったら子供が見たら成人に見間違っても不思議じゃないよ。でも……」

 年齢が合わない。11年前と去年とでは10年のタイムラグがある。純武が去年の夏に例の祠で白い服の女と出会ったのであれば、それはもう間違いなく舞谷蓮子だろう。しかし、純武は幼稚園の年長時である11年前に白い服の女と出会ってあの言葉を聞いているのだ。

「訳分かんねぇ!頭がこんがらがるぜ……」

「平っちはどう思ったの?」

「ん〜。2人と同じかな〜」

「そうなんだ……」

 馬斗矢は、自身の考えに2人が同意しているのに渋い顔つきだった。

「お前、何でそんな顔してんだ?3人の意見が被ったから逆に残念だなってことか?」

 足立が聞くと馬斗矢は「違うよ」と今度は何とも言えない微妙な顔をする。

「皆の意見が同じなのは良いことだと思ってるよ。ただ、年齢が違うって理由もあるけど、舞谷蓮子が兄ちゃんを殺したって言われても……何となく納得いかないっていうか……ううん、納得っていうか、憎しみが沸かないって言えば良いかな」

「はぁ?もし舞谷が犯人ってなっても憎くないってのか?」

「ご、ごめん!変な事言って──」

「馬斗っち」

 聖真が感情の読めない顔をした。それが重要な話をするぞ、という合図だ。

「馬斗っちが今言ったことさ、俺も──多分あだっちも感じたんやないか?」

「うッ──」

足立が図星ですという声を出す。

「皆感じたんやよね?たださ、俺には何でそう感じたかが分からん。馬斗っち、あだっちは分かる?」

 2人は考える。蓮子の祖母からの話、蓮子の部屋。今日聞き、見たことを頭の中で何度も再生する。馬斗矢が口を開いた。

「可哀想……そう、可哀想だと思ったんだ」

 聖真が指をパチーンと鳴らす。足立も腕を組んで何度も相槌を打つ。

「それ、しっくり来たね」

「俺もだ!なんか……不幸っていうか……そんな感じがしたよな」

 聖真は感じていたもう一つの感情の正体が何となくだが分かった。蓮子の身に何があったのかは分からない。分からないが、確実に何かがあった。それによって蓮子は理解不能な行動や言動をするようになり、引きこもり、突然出掛け突然帰ってくるという放浪癖とも思える症状、大好きなトランペットが吹ける高校の退学、蓮子の部屋を見た時に感じたチグハグさ。言いしれぬ何かは、〈可哀想〉という感情である気がする。これはこれで舞谷蓮子について重要な手掛かりの1つとなるのだろうが、聖真は自分を含めたこの面々ではこれ以上は思考不可能だと感じられた。

「どうしたんだ?馬斗矢?」

 足立が言うので聖真は馬斗矢を見ると、膝の辺りを掻いていた。

「蚊にでも食われた〜?」

「ううん、違うよ。さっき正座してたから……」

 見ると、馬斗矢の膝下の皮膚に畳の模様がくっきりと付いている。そこから痒みを感じていたのだ。


 その時、聖真の中で何かが閃いた。以前、あれは中学時代のことだ。聖真は純武と一緒に連続ミステリードラマを見ていた時。純武は、探偵役が犯人を言い当てる場面よりもかなり早い段階で犯人を当てた。「純武凄いな〜」と称賛し、どうやったら犯人かどうかの目星が付くのかを聞いた。純武はその時に「大体こういうドラマや小説は、日常の何でもない所にヒントが隠されてるもんや」と言った。今、それが聖真の思考を刺激した。

「あの麦茶……」

「ん?む、麦茶?」

「平っち?」

 聖真が急に脈絡の無いことを言ったので、足立と馬斗矢が心配そうに聖真を見る。

「舞谷蓮子のおばあちゃん──麦茶に氷を入れてくれてたよな?!」

 必死さを持って聞いてくる。馬斗矢はどうしたことかと目で足立に助けを求める。

「入ってたぜ!?それがどうした?!」

 足立が、そんなことはどうでもいいだろうという口調で強めに返す。

「そうかー!良かった。だったら……」

 聖真が嬉しそうに笑いながら続けた。

「舞谷家に戻ろう。もう一つだけ、確認したいことがある。俺の考え通りなら、舞谷蓮子は──」

 そう言うと聖真は今来た道を走り出す。聖真が何を思い付いたのか分からないまま、2人も駆け出した。



「すみませーん!舞谷さーん!」

 インターフォンも押さずに玄関から聖真が呼び掛ける。何事かと蓮子の祖母が早足で奥から出てきた。

「なんだ、どうしたんだい?大声で……。何か分かったのかい?」

「すみません!まだ分からないんですが、1ついいですか?」

 遅れて足立と馬斗矢が玄関の外で荒い息をさせて到着した。

「おい……!平岩っ……き、急にどうした……んだよっ」

「そうだよ……は、走らなくったて……」

 ハァハァと息を立てるが聖真は振り返ることもなく、蓮子の祖母を向いたまま反応を待っている。

「なんだい……?」

「先輩は────シャワーとか風呂場の蛇口を交換したりしませんでしたか?!業者の人とかを呼んで!」

 足立も馬斗矢もポカンとした。聖真が何を聞いているのか理解出来ない。すると、蓮子の祖母は驚いたというように聖真を見ていた。筋肉の緊張が抜けたように両手を垂らしたが、語気には力が込められていた。

「ど──どうして分かったんだい?!確かに、去年蓮子がおかしくなってすぐの頃、業者の人が来て『注文があったから交換に来ました』って事があったわ……どうしてそれが分かったんだい?!あの子の何が分かったんだい?!」

 聖真の全身の肌が粟立つ。そんなことがあり得るのかと。蓮子の祖母の質問に答えず、更にこちらから聞いた。

「──ということは、当然……自転車も買いましたよね?先輩」

「……ああ……ああ、そうだよ!それも同じくらいの時に!」

 聖真の考えは確信に変わる。たが、それでもその意味は分からない。ここから先は“考え病”に罹患している、この世で最も信頼する親友に頼るしかない。今ある材料を全て彼に託すのだ。

 そう聖真が思った時、ポケットの中からスマホの通知音がした。

「ん?」

 聖真だけでなく、馬斗矢と足立もスマホを取り出した。同時に通知が入ったのだ。

「井上さん……からだ。これは……画像?」

「なんだぁ……?2つあるな。とりあえず……見てみるか」

 まだ息が上がっているがさっきよりは呼吸が回復していた。

 画像を確認すると、3人は言葉を失った。その2つの画像が何なのかは見れば分かった。その画像の中には、あの部屋の勉強机の上にあった写真の女が居たのだ。この家に住む女性──舞谷蓮子、その人が。

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