第31話 2034年7月25日火曜日⑤’
「驚いたわ……」
「ゆ、幽霊っすかッ?」
「…………」
「先生……」
雨宮、松木、阿久里、諸崎が今入手したばかりの純武達の情報を各自で整理している。諸崎の「先生……」というのは、阿久里のことをそう呼んでいるのだということが皆に分かる。
今、純武ら4人と雨宮ら4人は、キャンプ場に入る手前にある木々の日陰の中で話をしていた。ここであれば暑さを凌ぎながら会話が出来る。
「どう──ですか?」
4人がどういう視点で考えるかを知りたい純武は、探るように聞く。
「お前の幼い頃の記憶。確かなのか?」
阿久里は疑惑を抱いているという訳ではなく、確認を取るという具合に純武へ聞いてきた。
「はい」
「……そうか。────なら、俺もお前らと同じ考えに至るな。その女が犯人である可能性は高い。幽霊とかは論外だ」
阿久里が断言すると、松木がショックを受けているのが傍から見ても分かった。諸崎が「僕も考えちゃいましたよ」と耳打ちしてフォローしていた。
「でも、私が〈しぐれ〉で見た女は10代後半くらいなんよ?雅巳君の記憶は11年前のもの。それでいくと、今は30前後いうことや。あの女はそんな歳やあらへん」
「雨宮さん、勘でその女性を疑ってるんすよね?それが間違ってるんじゃ無いっすか?」
パチンっと松木の頭を雨宮が叩いた。
「痛ぁっ!パワハラっすよパワハラ!」
「残念やったなぁ。これは捜査や無くてプライベートや。プライベート中にパワハラは通らんわぁ」
松木は言い返せないのだろう「む〜」と唸っていた。
「てかあんた、私の勘はよく分かってんのやろ?今まで何回これで良い思いしてきたんや?」
雨宮の言う勘。井上の“におい”。表現は違えど同じ類のものなのだろうと4人の学生がそれぞれに思う。
「あの〜」
菜々子がひょこっと手を挙げて雨宮に質問した。
「何や?お嬢ちゃん」
「何で今日、ここに来られたのですか?」
確かにそうだ。刑事という心強い味方が出来た嬉しさでその疑問を持たなかった。その菜々子の言葉に純武も強く疑問に思った。
「私も思いました。凄い偶然というか……」
「確かに……せやな。お嬢ちゃんと品の良いお嬢ちゃんの言うことも最もやなぁ。阿久里。何で今日調べよ言うたんや?昨日いきなりやったわなぁ?」
阿久里はジーンズの両ポケットに親指を突っ込んだ姿勢のまま答える。
「ん?たまたま昨日情報が入ったんだよ。調べるのは早いことに越したこたぁねぇだろ」
諸崎が阿久里の横からひょいと顔を出し「スケジュールも空いてましたし。ね!先生!」と言うと、阿久里が口の端をピクピクと動かしていた。
菜々子も瑠璃も「そうですか」と言った。その後ろで一が何かを考えている。
それが中々に険しい顔だったので純武は聞いてみた。
「一?どうしたんだ?」
「あ、ああ、いや……」
何となくはぐらかされた気がしたが純武だったが、一のことだから重要なことなら話してくれるはずだと思いそれ以上は聞かなかった。
「とりあえずまだ分からないことは多いですが、祠に向かいませんか?」
「せやね。あんたらは来んでええって言っても付いてくる気なんやろ?全く、あんな話聞いたら普通ビビるで」
純武はそう言って歩き始めた雨宮達に付いていこう身体の向きを変えようとした。その時だった。一に小さな声で呼び止められた。
「ん?どうした?」
純武は呼んだ一に目を向けたが、周りの足音が遠ざかるのを感じて前を見ると雨宮達と菜々子、瑠璃が続いて歩いて行っていた。
「お、おい、一?皆行っちゃうぞ」
「純武────ちょっといいかい?」
周防から聞いた祠の場所は目の前のキャンプ場の北側に位置する森の中だ。そこまで奥地では無いので迷う危険性は低い。幼稚園児の純武が入って出られた場所なのだ。
キャンプ場に入って行くと、舗装された道が砂利道へと変わっていく。8人で歩いているので〈ザッザッザッ〉という音が一際大きく出る。
祠に近づくにつれ、純武には電車内で感じていた恐怖心が再び忍び寄ってくる。歩く脚には影響が無いが、指を動かしてみると小刻みに震える。
段々と砂利道の砂利が少なくなってきた。地面に草が混じり始めていたのだ。
「ここやな」
森の前に立つと、木々の隙間から森の中の景色が見える。そこから差す木漏れ日と日陰の色合いが何とも綺麗だった。そんな感情を持っても、純武の指の震えは止まらなかった。
「んじゃ、入ってみるか」
阿久里がそう言って森に入っていく。もうそこには道は無い。誰に言われるでもなく、諸崎が先頭に立って邪魔な草を踏み
「僕達も行こうか」
一の言葉に操られた訳では無いが、勝手に脚が動き純武も森の中に入っていく。
「菜々子、瑠璃ちゃん。一応俺らの後ろに居てくれないか?」
純武の言葉に2人は頷き、隊列を組むように刑事らに付いていく。
〈ピリリリリリリッ!〉
心臓が跳ねた。身体も大きく跳ねた。純武は何の音かと音源を探すと、自分のポケットから聞こえるスマホの着信音だった。スマホを手に取ると井上からの着信であることが分かった。
「もしもし?」
「──巳君!──かった、おん──」
雑音がひどい。電波が悪いようだ。森の中に入るだけでこんなにも電波が悪くなるとは純武は知らなかった。
「駄目だ。井上さんからだけど電波が悪いッ」
もしかすると映像で何か分かったのかもしれない。すぐにでも報告を聞きたい純武は森の外へ出ようか考える。だが、こうしている間にもあの4人は祠に向かっている。
「純武。君は一度森から出て報告を聞け。僕はあの人達と先に行く」
「私も行きます」
一と瑠璃が言い、大人4人に置いていかれないように歩いていく。
「くっ……分かった。俺もすぐ行くから!」
「私は……純武と居て良い?」
「ああ!早く出よう!」
通話状態を維持したまま純武と菜々子は森の外へ向かって走る。
純武は気が付くと指の震えが止まっていたことに気付いた。森から出ようとしたことが自分の緊張を解いたのかと苦笑する。
森を出ると、スピーカーから聞こえる音声がクリアになった。
「おい!聞こえているのか!?」
「井上さんッ、すみません!森の中に居て電波が悪くてッ。もう大丈夫ですッ」
「よく聞いてくれ。目で見ても
純武は通話をスピーカー通話に切り替える。スマホを確認すると井上から画像が届いていた。
「こッ────────!!」
表示された画像は2つ。背景がそれぞれ違う夜のコンビニと見慣れた一宮駅のホーム。だが、共通する女性がそこには立っている。服装こそ違うものの、純武の心に爪痕を残した元凶がそこにある。菜々子ぐらいの長さの黒髪、少し日に焼けた肌、コンビニの映像では水色、駅のホームでは茶色、どちらもワンピース姿の女性は記憶の女と瓜二つだった。その年齢さえも────。
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