第30話 2034年7月25日火曜日④'
「お前らも、祠を探しに行くんだってな」という阿久里の言葉を聞いて、純武達はそれぞれ固まった。
「お前らも」ということは、純武達の他にも祠に向かう人間がいるということだ。純武はこの4人がそうなのだろうと分かる。この祠の情報を得るには周防から実験の話を聞くしかない。なのに何故、この4人は祠の存在を知っているのかと純武は疑問に感じた。
(待てよ……実験に立ち会った人間は6人。周防さんからだけじゃなくて、他の5人の家族や知り合いから情報を聞けてもおかしくは無いか。でも、それだと刑事2人と探偵が出てくる意味が分からん。馬斗矢のお兄さんみたいな研究者の人が祠に興味を示すならまだ分かるんやけど……捜査一課の刑事が動くとするとそれはやっぱり──)
純武は井上の顔を思い浮かべた。警察は5件の急死を事件として扱わないと決めた。それなのに刑事がこのキャンプ場に来ている。井上だって、カメラ映像のチェックさえなければここに来ていたはずだ。それはつまりこういう事だ、と純武は大人4人に向けて言った。
「あなた方も、急死は連続殺人事件だと思っているんですね?」
4人の大人が顔を強張らせた。
「このガキ、中々鋭いな」
阿久里がニヤリと笑う。隣の諸崎が純武に何とも言えない視線を送っていた。
「おい、雨宮。掘り出しもんかもしれんぞ」
そう阿久里が言うと、雨宮が純武達はとの距離を詰めてくる。舐め回す様に見てから何かを決めたように両腰に手を当てた。
「情報交換、といきましょか」
雨宮はまず自分達の情報を渡すと言って話し始めた。その話はこういうものだった。
雨宮には行きつけの喫茶店がある。その喫茶店の店名は〈しぐれ〉という。宮下久留麻が急死した店の名前だった。宮下が急死した時も、雨宮は〈しぐれ〉でランチを食べていた。彼女の席は宮下と同じテラス席で、隣のテーブルだったという。テーブルに置いたパソコンで誰かとリモート通信をしているのは分かっていた。しかし、宮下はテラス席から見える道路に顔を向けた直後に急に痙攣し始めたという。雨宮は本当にたまたま、宮下が絶命するまでの全ての動きを見ていた。宮下が痙攣すると同時に椅子から崩れ落ちたが、雨宮が身体を支えた。宮下が直前に目を向けていた道路に目を向けると、10代後半くらいの女がその場を立ち去るのを目にしたという。その女は慌てること無く、ゆっくりと自然に歩いていただけだったが、雨宮はその女に違和感を覚えたという。
宮下久留麻の急死に立ち会ってしまった雨宮は、状況から毒殺だろうと推測していた。ところが、検死の結果は外傷の無い脳損傷。検死を担当した医師に詳しく話を聞くと、脳全体、特に頭頂葉が酷く熱傷していたと聞き愕然とした。井上からの話では脳神経としか聞いていなかったが、視神経に損傷があったということだった。
死因が分かってから、全国で同じ死因が3件起こっていることがこの宮下の急死で明らかになった。雨宮はこの急死は連続殺人事件で、容疑者は現場を立ち去った女だと睨んでいた。しかし、京都府警はこの急死を事件として扱わないことを決定した。雨宮は直属の上司の警部に連続殺人である可能性を訴えたが、
そして今日、雨宮と松木、阿久里と助手の諸崎の4人で現場を調査しようと郡上市で待ち合わせをしていた。阿久里と諸崎が乗るバス内で「祠について話をしている学生を見つけた」と連絡を受け、車で郡上市に来ていた雨宮と松木は急遽、純武達を尾行している阿久里らに合流し、あの電車に乗り込んだということだった。
「探偵と刑事さんの組み合わせなんてドラマや漫画みたいですね!」
純武から奪い取った阿久里と諸崎の名刺を見て菜々子が言う。瑠璃にも名刺を見せて何やら盛り上がっていた。
純武は雨宮から話をしてくれた手前、直ぐにでもこちらの情報も話そうと思ったが、念の為、井上に確認の連絡を入れた。京都府警の刑事が井上と同様に独断で捜査に来ているところに鉢合わせたと言うと井上は「そうか──!」と嬉しそうに言った。井上達の事や自分達が集め考えた事を、雨宮一行に打ち明けても良いか尋ねると、二つ返事で承諾した。井上としても、子供だけでなく刑事が学生の傍に居てくれる方が安心できるからだろう。
その電話の最中に純武は雨宮にスマホを横取りされた。電話の会話の内容を聞かれていたのだろう。雨宮は井上に軽く自己紹介をすると怒涛に井上を罵倒し始めた。
「あんたなぁ?!こんな危ない事件に未成年の子供を使って捜査させるやなんて頭おかしいんとちゃうかぁ?!刑事として、大人として恥ずかしくないんか?!」
と、まくし立てる。井上の声は聞こえなかったが、反論する余地は無かったみたいで一方的に雨宮の言葉で殴り続けられていた。
以外と井上は女性に弱いのかもしれないと純武は思う。そもそも井上は結婚しているのだろうか、とこの場に相応しく無いことを考えてしまうのであった。
「ほなら、この子ぉらは私達に任せてもらいますー!」
ヒョイっとスマホを返され「もう話は終わった」と雨宮は手をヒラヒラさせている。
純武はスマホを耳に近づけて井上に話し掛ける。
「だ、大丈夫でしたか?」
「お、おう……」
と、井上らしくない声で反応がある。
「ところで、カメラ映像の方はどうですか?」
その純武の言葉にゴホン、と咳払いをすると、いつもの井上に戻って現状報告を伝えられる。
「今のところはまだ分からない。が、もしかするとすぐに見つけるかもしれんぞ」
なんとも頼りになるという声色だった。そんな直後、声が上擦りながら井上が聞いてきた。
「あーそのー、い、今の刑事、雨宮って言ったか?」
「は、はい」
「……何歳くらいだ?あっ、小さい声で頼むぞ」
「え?あ、(そうですね……周防さんくらいだと思います)」
「美人か?」
何を言い出すんだこの人はと思うが、雨宮の視線を感じる以上純武は下手なリアクションは出来なかった。小声で自分の感想を述べた。
「(僕は……そう思います)」
「そ、そうかッ。いや、悪かった。それじゃ気を付けてくれよ」
そう言って電話は切れた。これで確定したと純武は思う。井上は独身だと。加えて尻に敷かれるのを好むタイプだということも。
「終わったみたいやね」
「はい」
「それで?井上さんは何て言ってたんだい?」
一に聞かれて、純武はついさっきの内容が頭に浮かぶがそっちでは無い。その前の、情報を提供しても良いということを一以外の仲間にも聴こえるように言う。
「良かったわー。あんだけボロクソ言うてしもたから、教えてくれへんくなるかも思ったわ」
「雨宮。こんなクソ暑い場所でこれ以上の長話は勘弁してくれ」
阿久里の指摘には純武も同感だった。駅にある申し訳程度の屋根の下に、これだけの人数が集まって立っていたので確かに暑い。これだけ木が見えるのだ。せめてあの下の陰で話をさせて欲しいと思う。
「せやな。ほんならキャンプ場に向かう途中の日陰にでも入って話を聞かせてもらおかー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます