第28話 2034年7月25日火曜日③'

 キャンプ場に向かう為にローカル鉄道に乗り込んだ純武は、得体の知れない感情に苛まれていた。

 今から向かうのはあの記憶の場所。記憶を思い出す前であれば、触れると祟られるという曰く付きの祠に向かうだけである。「だけ」と言うが、それはそれで十分恐怖を感じさせる。けれど、純武の場合はそれに加えて記憶の事があるのだ。あの記憶はただの記憶では無く、子どもながらに恐怖を感じた記憶だ。その恐怖が記憶とともに湧き上がってくる。二重の恐怖を純武は感じているせいで、他の者とは違う感情なのである。

(一は怖いという感情は無いって言っとったな。真面目な話、この中で一番ビビっとるのは俺かもしれんな……)

 車内では2人が向き合うようにシートに座っている。男子同士と女子同士だ。隣を見ると一は向かいの菜々子と瑠璃の後ろ、車窓の景色を眺めていた。女子2人はチコパフ相手に何かを話し掛けている。

(そういえば、菜々子と聖真だけはチコパフに音声を登録して貰っとったけど……俺もして貰えば良かったな……。こんなことを思ってまうのは少し子供っぽいか?)

 少し笑みが溢れた。笑う余裕があるじゃないか、と自分で自分の精神力を少し褒めてあげたかった。

「ん?」

 純武達が車内を見ると数人の乗客が確認できる。進行方向を向いているクロスシートにそれぞれ大学生らしきカップル、老夫婦と中年の女性が座っており、最も奥にあるロングシートに4人組と思わしき男女が座っていた。その4人組の中の1人がサングラスを掛けている。

(あれ?あの男……バスの中で目が合った奴やないか?1人じゃなかったんか)

「純武、どうしたんだい?」

 一が車両の奥をまじまじと観察している純武を気にして声を掛けた。

「……いや、何でもない」

「ん?それにしては随分と熱心に向こうを見てたけど?」

 食い下がる一に、純武は奥の席に座るサングラスの男とバス内で目が合ったことを伝えた。

「ただ目が合っただけじゃないのかい?」

「ああ……だと良いんだけど」

 警戒心を感じている純武に一は助言した。

「怪しいと思うならあまり見ちゃいけないよ」

「……」

 一が純武の警戒心に気付いているのであれば下手に隠す必要も無い。一に自分の考えを聞いてもらおうと決めた。

「(俺らは、俺の記憶の女やその関係者が犯人だと推測した。正直、俺は記憶の女が犯人だと思う)」

 一だけに聞こえるように小声で話す。

「(ああ。それは僕もだ)」

「(でも、少し視野が狭くなっていたんじゃないか?もしかすると、犯人は複数人居るグループって可能性もあるんじゃないか?)」

 純武の記憶やオカルト要素、謎の殺害方法などが複雑に絡み合い自分達の視野を狭くした。これだけは気を付けなければと注意していたのに。だが、純武だけでは無い。井上も大里も一も瑠璃も、全員が視野を狭めていたのだ。

「(……確かに……それは……想定していなかったな)」 

 アガサ・クリスティーの名作〈オリエント急行殺人事件〉は犯人が1人だけという考えでは解くことが出来ない事件だった。それと同じくこの急死事件も犯人が複数人だとしたら、今までの推理は成り立たなくなる。井上と大里が録画のカメラをどれだけチェックしても、別々の場所で別々の人間が急死を引き起こしていたとしたら──もうお手上げだ。

「(つまり純武は──あのサングラスの男がいる4人が僕らを尾行している。今の状況で僕らを尾行するとしたら、あの4人が犯人の可能性がある。と考えているんだね?)」

「(ああ……俺の気のせいやといいんやけど……)」

 電車がキャンプ場の最寄り駅に到着した。4人がホームへ降りると、純武の予感通りの事が起きた。あのサングラスの男の4人組もホームに立っていたのだ。

(……どっちだ?ただキャンプをしに来ただけの客なんか?けど……それにしては荷物が少ない……ッ)

 すると、4人組がこちらに近付いてくる。純武達の立つ位置はホームの出口とは反対側だ。彼らは出口に向かわないということだ。

(こっちに来る……?)

 純武が前に出る。一が横に並んで菜々子と瑠璃を後ろに隠した。純武と一は、井上と大里から〈もしも〉の為にと警棒をそれぞれ貸し渡されていた。それは急死事件の犯人、恐らくは記憶の女に対して使うことを想定していたが、まさかこんなところで使うとは考えもしなかった。

(例の急死で殺すつもりか?それとも普通に?)

 腰に付けたポシェットの中で警棒を握る。急死させるつもりであればどう動くか分からない。少しでも妙な動きをしたら頭をぶん殴る。しかし、純武は今までの人生で暴力という暴力を行使したことが無い。そんな自分が警棒で人を殴りつけることなんて出来るだろうか?後ろから「どうしたの?」「何かありましたか?」と声が聞こえる。自分の心臓が大きく拍動するのが分かる。こめかみと首に一瞬一瞬圧力を感じる。顎がガクついて歯が鳴りそうだ。でも男子として生まれたからには、せめて女子は守らなくてはならない。純武は警棒を握る握力を一層強めて────〈ガシッ〉。

 身体の緊張が止まる。隣から爽やかな声で話し掛けられる。ポシェットに手を入れた腕を掴まれている。掴んでいたのは、一だった。

「──んぶ──純武?おい、純武」

 ハッと我に返る。一の方を見ると首を横に振りながら笑みを浮かべている。こちらに迫っていたであろう4人組が目の前に立つ。その内の女性が純武の目の前に何かを差し出している。

「警……察、手帳?」

「私、京都府警の雨宮永麗(あめみや えいり)いいます」

 訛りのある口調でTシャツにジーンズ姿の雨宮は純武達に名乗った。

「け、警察の人ですか?」

「そう。一応は捜査一課なんやけど……これは独断行動やで課は関係あれへんかな」

「後ろの3人は?同じ警察の方ですか?」

 純武が尋ねると雨宮が「ちょ〜、自己紹介したってぇな」と後ろに向けて言った。純武達と似たような短パンの男が前に出た。続くようにサングラスの男とチノパンの若い男もだ。

「僕はこの人の部下の松木陽太(まつき ようた)。同じく京都府警捜査一課の刑事です」

 警察手帳を見せながら松木が言った。

「俺は阿久里仁太(あくり じんた)だ。私立探偵をやってる」

「────探偵?」

 呆けた純武に名刺を手渡した阿久里は40代くらいだろう。〈阿久里探偵事務所 代表 阿久里仁太 岐阜県岐阜市◯◯町〇〇番地〇アーゲストビル2階〉とそこには書かれていた。

「同じく、阿久里探偵事務所の諸崎一輝(もろざき いっき)と言います」

 近くで見るとかなり若い男だ。大里も若いと思ったがそれ以上だ。20歳そこそこといった諸崎は、純武だけからでなく菜々子、瑠璃、一からもジロジロと見られていた。手渡された名刺には〈助手〉と書かれている。

「あー、やっぱり気になる?」

 諸崎は皆の視線に耐えられなかったのか苦笑いをする。

「こいつなー、この阿久里に憧れたんやと。去年、大学の法学部辞めて『弟子にしてくれ!』って。どうかしてるで」

 恐縮しているように笑いながら、諸崎は頭を掻く。大学在学中に辞めたということはやはり20前後なのだろう。

「御嶽山男女5人遭難事故、伊勢湾観光船沈没事故、経ヶ峰大学生ヒグマ死亡事故。警察が事故と判断したこれらを全て殺人事件として暴いたのが、先生、阿久里さんなんだよ!警察も一度事故と発表した手前、大々的には声明を出さなかったから知らない人もいるだろうけど」

 純武は驚いた。全て知っている事件だったのだ。経ヶ峰は純武が中学の頃だから2〜4年前、御嶽山と伊勢湾の事件は10年以上前だったと記憶している。仲間の反応をちらと見ると瑠璃だけは「へぇ〜」という薄い反応だったが、一と情報通の菜々子は純武と同じく驚いていた。意外ではなかったが、一もそれなりに時事に詳しいのだろうと思った。

 純武がそんなことを思っていると阿久里が驚きの質問をした。

「君らも、祠を探しに行くんだってな────」

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