第27話 2034年7月25日火曜日③

「大丈夫かな……皆」

 馬斗矢が気掛かりだという思いを口にする。

「だ、大丈夫だろッ」

 馬斗矢を安心させようと足立が作り笑いをする。

「そうだよな!平岩!」

「──いや〜、こればっかりは分からん〜」

 先頭を歩く聖真に向けて、追加の安心材料を求めてきたが、その足立の願いは聞き入れられなかった。2人が「え?」とその場に止まる。足音の数が減ったことに気付いた聖真が振り返る。

「まずはちゃんと聞き込みしよ〜!」

 すぐに前に向き直り歩を進める。なんとも言えない圧を足立と馬斗矢は感じ、早歩きで聖真に追いついた。



「うわっ、こりゃいい眺めだー」

 3人は広々とした石橋の上から川を見下ろす。バスから降りた所にも川の音は聞こえていたが、ここまで来ると「バァー」という音に聞こえる。橋には転落防止の為だろうか、手すりの高さにロープが張ってある。

「ここから川にジャンプしたら気持ち良さそうだな!」

「駄目だよ兄ちゃん」

 通りすがりの老人が足立に向けて言った。

「20年くらい前まではここから度胸試しで飛び降りることが盛んだったけど、死亡事故がちょくちょくあるもんでな。飛び込み禁止になったんだよ」

 その為のロープかと3人は納得した。

「お爺さん、この辺りで白い服を着た黒髪の女の人って見たことある〜?」

 老人は困り顔で顎に生えた髭を触った。

「そんなザックリとした容姿では分からんなー」

「じゃ、じゃあよ、白い服の女の幽霊とかの話は聞いたことないっすか?」

「幽霊?さぁ……聞いたことないなぁ。そうだ、あそこにちょっと大きい建物があるだろう?あそこで働いてる大場さんは色々と物知りだから、彼に聞いてみるといいよ」

 老人は建物を指差した方を見ると〈役場〉という看板が見えた。

「役場なのかな?」

 馬斗矢は独り言を言ったつもりなのだろうが、老人が反応した。

「昔の話だよ。今は観光客の為の施設だわな。それじゃあね」

 3人は頭を下げて老人を見送ってから、昔の役場だという施設へとりあえず向かうことにした。



 施設はレトロな雰囲気で、中に入るとお見上げ屋さんと喫茶店が入っていた。ここで働く大場という人が物知りだと言っていたが、従業員が見当たらない。

「営業中だよな?」

 店内は電気もエアコンも付いているが、3人以外の人が居ないのではないかというように静まり返っていた。いくら平日の午前中の観光地でも従業員くらいは居るものではないかと足立は小首を傾げた。

「おわっ」

 お見上げコーナーの会計台の影からムクッと人が生えた。小さな声を挙げた足立の視線上を聖真と馬斗矢が見る。

「あの人が大場さん?」

「聞いてみよか〜。すみませ〜ん、さっきそこの橋でこちらに物知りの大場さんという方が居ると聞いたのですが〜?」

「ん?お客さんかな?ごめんねー。てっきり掃除のおばちゃんかと思って。僕が大場だけど、何かお見上げの相談かい?」

 気さくに話しかける50代くらいの大場は190センチ近くはあるだろうか。聖真が小さく見えるくらいの巨漢だ。体型もガッチリとしている。

「あ、いえ……お見上げの相談ではなくて」

「なんだー、そうかー。で?何が聞きたいんだい?大方、林の爺さんに話し掛けられたんだろ?」

 橋の上で会った老人は林という名らしい。この口振りだと、林は色んな人に話し掛ける癖がある人物なのだろう。

「お爺さんの名前は知りませんが……多分そうです」

 大場は従業員スペースから出てきて3人に近づいてくる。益々、大場の身体の大きさに圧倒される。

「それじゃ〜、ちょっと聞きたいんですけど、この辺りで白い服を着た女の人をよく見かけたりしませんか〜?」

「そ、それか、女の人の幽霊の話とか?」

 聖真と馬斗矢が聞くと大場は目を点にさせてから、遅れて「わっはっは」と大きく笑った。ゆっくりと腕を組んでから3人を見下ろしながら答えた。

「そんな話は聞いたことが無いなっ」

「だったら!……だったら、女の人に関しての何か変な情報とかって聞いたことない……ですか?」

 豪快に笑われたことに少なからず腹を立てた足立だったが、大場との体格差から本能的に下から物を言う姿勢だけは崩さず追求した。

「女の人の……変な情報か……」

 大場は先の質問の時とは違い、己の中にある何かを漁っていた。それを見て聖真は、意図してかは分からないが、足立が質問内容にアレンジを加えたことが吉と出るような期待感を感じた。

「……それなら、あるな」

 来た!と聖真は身を乗り出すように食い付いた。

「どんな情報ですか?」

「あ〜……、うん。あんまり言わない方が良いと思うんだけど……兄ちゃんが必死そうだからな……」

 大場が足立を見ながら二の足を踏んでいる。聖真が足立に目で「行け!」と合図する。

「お願いします!俺ら……理由は言えないけど緊急事態なんです!」

 足立の剣幕に押され大場は両肩の力が抜けたのが分かった。

「……まぁ、いいだろう。でも俺から聞いたっていうのは内緒にしてくれよ?」

 3人は「はい!」と返事をして大場の言葉を今か今かと待った。 

「ここから少し離れた所に住む舞谷まいたにさん。そこの娘さんの様子がおかしいって話を聞いたことがある。確か1年前くらいからだよ。何でも学校にも殆ど行かずに引きこもるようになって、たまにフラ〜と居なくなるんだそうだ。彼女は1人っ子の上に両親を早くに亡くしていて、母方のおばあちゃんと暮らしているんだが……初めて居なくなった時、舞谷のおばあちゃんが捜索願いを出したらしいんだけど、数日すると何事も無かった様に帰ってきたんだと。それからも何度か居なくなることがあるけどちゃんと帰ってくるから、舞谷のおばあちゃんも孫娘の好きにさせてるんだとよ。俺だったら年頃の女の子が勝手にどっか行っちまったら気が狂いそうになるけどな」

 大場がやれやれと首を振る。3人はそれぞれに今の話を品定めしている。足立が聖真と馬斗矢に疑問を投げ掛ける。

「雅巳が白い服の女と会ったのって……」

「11年前〜……だね」

「えっと……その舞谷さんの娘さんっておいくつなんですか?」

 2人の問答の内容から馬斗矢が大場に尋ねる。

「君らくらいだと思うよ?確か──今年で高2になったんじゃないかな?」

「……おじさん〜、今の話以外にもおかしな話ってあったりしますか〜?」

「そんなにポンポンあるわけないだろ……」

 大場はまた笑い「これ以上何も出ないよ」と言った。3人は喉が渇いていることもあったが、情報をくれたお礼代わりにスポーツドリンクを1本ずつ買ってから、そのかつての役場を後にした。



「どう思う……?」

 馬斗矢が自分では判断出来かねるといった感じで2人を見た。聖真はスポーツドリンクを少しずつ口に運び何かを考えている。足立は馬斗矢の言葉に自分の考えを聞かせた。

「関係無さそうじゃね?だって高2ってことは俺らと同じ17歳ってことだろ?11年前なら6歳じゃん?いくらなんでも6歳と成人を見間違うか?」

 足立の意見は間違っていない。馬斗矢「そうだよね」と同意したが、ペットボトルのキャップを閉め終わった聖真が口を開いた。

「とりあえずさ〜、その舞谷って人の家に行ってみん?」

 足立がいやいや、と手を振り聖真に言う。

「無駄足になるのは分かりきってんじゃん!」

「いや。な〜んか引っかかるるんだよね」

「何がだい?平っち?」

「大場さんが言ってたじゃん〜?舞谷の娘さん、『1年前くらい』からおかしいって」

 周防から聞いた宗一郎の実験は、去年の今頃という話だった。これは偶然なのだろうか。2人も、聖真がこのことに着目しているのだと分かった。

「確かに……気になる共通点ではあるよね」

「でもよぉ……」

 年齢が合わない。だとしても、可能性があるなら潰すべきだ。聖真だけでなく、馬斗矢もそう決定付けた。

「ううん。足立君、ダメ元で行ってみよう」

「多数決……か。しょうがねぇ。じゃ、舞谷って人の家も探さねぇとな」

「ほいじゃ、もっかい大場さんに聞くか〜」

 足立はゴクゴクと喉を鳴らして残りの全てを胃に送り込み、流れるような動作で専用のゴミ箱にペットボトルを放り込んだ。2人に少し遅れる形となった足立は、今出てきたばかりの建物にもう一度入っていった。

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