第22話 2034年7月24日月曜日②

 沈黙が続く。まさか心霊現象や幽霊などというワードが出てくるとは思わなかったのだろう。菜々子も聖真も顔に「本気(マジ)?」と書いてある。馬斗矢と足立に至っては紫色の顔色をしている。瑠璃も近い顔色だ。一はうつむいているので表情は分からないが肩を震わせている。だが、純武は一の震えは違う種類のものだろうと予測していた。昨日考えたことが一部当てはまっているのだ。一は恐らく──

「──面白い。」

 フフッと涼しく笑いをこぼし、馬斗矢の方を見る。

「何度も済まない。でも、どうしても興奮してしまって」

 馬斗矢は何も言わず、感情の動きも見られない。きっと、一のある程度の行動や言動に対して理解があるのかもしれないと純武は思う。馬斗矢は寛容な性格なので、一の能力と特徴を理解した上で行動を共にすることに異を唱えなかったのだと。

「他の4人の資料とここまでの話を聞いて、瑠璃ちゃん、一、君達はどう感じた?」

 瑠璃は考える素振りをしているが返答は無い。一方、一は不敵な笑みを浮かべて純武を見ている。

「一、何かあるんだろ?」

「そうだね。まず、いいかな?」

 一は4人の死因についての資料を床に置き、1つずつ指で示して話していく。

「まず、急死した場所と時間。逢沢さんも含めてだけど共通点がある」

 純武の推理もそうだ。今朝、純武は電車の中である程度の自分なりの推理を聖真と菜々子に話していた。自分と同じ考えをする人間が他にいれば、その推理内容の信憑性が高まるからだ。だから2人には他の人間に推理内容を伏せておくように言ってある。

「全て公の場所。死亡時間は全て一般人の活動時間内だ。」

「公の場所?活動時間?」

 足立が資料を覗いて確認する。

「誰でも行ける場所で大方の人間が活動している時間帯、ということさ。そうだろう?」

 一は純武に問い掛ける様に言う。純武は頷き「続けてくれ」と先を促した。

「誰も自宅の部屋や車の中といったプライベートな空間では急死していない。深夜でもない。つまり周防さんはここに匿われている間は、特に活動時間外の夜中はかなりの確率で安全のはずだね」

「良かった〜!」

 周防だけでなく菜々子がそう言って安堵する。

「それと急死した順番。これは現時点で不明な点が多過ぎるから自信は無いけど──純粋に考えて犯人が移動しながら急死させているんじゃないかな。最初が山梨、次が東京、岩手。ここまでは本州を北上していった軌跡にも思える。獲物を目指して……」

 足立がゴクリという唾を飲み込む音を響かせる。

「そこで馬斗矢に質問がある」

 馬斗矢は自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。緊張した挙動をしている。

「な、なんだい?」

「この宮下久留麻という人が急死した同じ頃……もしくは少し前の時期に、逢沢さん──君のお兄さんは愛知県に居たのかな?」

 馬斗矢が一から書類を渡され、宮下久留麻の死亡日を確認する。

「5月22日……この2ヶ月前くらいに一宮のアパートに引っ越して……4月から研究所で働き始めて──あ、これ!」

 馬斗矢は左手首に付けたリストバンドを顎下辺りには持ってくる。

「このリストバンド、ゴールデンウィークに兄ちゃんが実家に来た時にくれたんだ。仕事か学会かよく分かんないけど何処かに行ったって。それで『暑くなるからこれ買ってきたよ』って」

 リストバンドには手の甲側には英語で〈I’ll help you〉と刺繍があり、手の平側には牛にも豚にも見える正体不明のキャラクターが見える。

「あ!これ〈ウッタブシ〉じゃん!」

 菜々子が馬斗矢の腕を掴む。

「知らないの?宮崎県のご当地キャラだよ!」

「そ、そうなの?僕は知らないな……」

 菜々子がもっと見せろと馬斗矢の腕を離さない。

「チコパフ、これはどこで販売されてるか分かる?」

「どれかなン?見せてンー」

 瑠璃が拘束されていると言っても過言では無い馬斗矢の腕に向かって、KAI 端末を近づける。

「どう?」

「ちょっと待ってねン────これは菜々子嬢の言った通り、宮崎県のご当地キャラ〈ウッタブシ〉のオフィシャルグッズだねン。オンライン販売や転売もされているけど、何処かで買うとなると宮崎県内の42店舗の何処かで買うしかないかなン」

 瑠璃のKAI端末を見て興味深そうな仕草をしている一だったが、頭を振ってすぐに話を再開した。

「そうか。だったらやはり軌跡という説は捨て難い。岩手までの道中で3人を急死させた後、犯人は本当は愛知に向かったんじゃないかな?けれど、寸前に逢沢さんが宮崎に移動してしまった。犯人は予定を変更して先に京都へ向かって宮下久留麻を急死させてから、愛知に戻った逢沢さんを急死させる。そして、周防さんは日本に居なかったから急死することを逃れた……」

一はため息を1つ付くと純武に尋ねる。

「どうかな?君達……いいや、君と同じ考えだったかい?」

 多分、一は純武がミステリー好きの"考え病"だということを馬斗矢か足立から聞いているのだろう。このくらいは君も考えたんじゃないか?と言われなくとも仕草から感じ取れる。

「──うん。でも一も言っとったけど自信は無かった。馬斗矢のリストバンドで可能性は高まったけど……」

「僕が今言ったことに、付け加えることはあるかい?」

「そうだな……。犯人は急死させた人間の場所をどうやって知ったと思う?」

 無言になる。一さえも眉毛の形を変えて熟考している。

「単純に考えりゃ、スマホの位置情報じゃね?」

「それは単純過ぎるでしょ?知ってる人だったら見れるかもしんけど────もしかして!犯人は周防さん達6人ともと面識のある人なんじゃないッ?」

「いや……菜々子。いくら面識があったとしても位置情報共通アプリでも入れてない限り無理がある。周防さん、そういうアプリは?」

「ううん。入れてないわ」

 純武の質問で、菜々子ががっかりという顔をする。

「後は発信機くらいしかありませんよね……でもそんなことも不可能ですし」

瑠璃が言い「チコパフ」と呼び掛ける。今の話をKAIにして、そんな方法があるかどうか検索して貰う。

「それー、スマホをハッキングするしか無ないのン」

「……そうだろうね」

 チコパフの画面を覗くようにして一が言う。

「それと、聖真と菜々子には話したんやけど、一の言った、犯人が移動しながらって推理は俺と同じや。だけど急死が起きる間隔が長過ぎる。それを加味すると犯人移動説は俺はやっぱり自信が無いかな」

「純武。君は、どう思う?」

 今朝会ってから、一は話をする時は爽やかな笑みを浮かべていた。その笑みを消し、真顔で純武に問い掛ける。

「……何についてや?」

「急死の間隔は気になるけど……今の仮説が正しければ、刑事さんの“におい”の通り連続殺人事件になる。位置情報を知った方法が不明なのもあるし、周防さんの話を加えるとオカルト要素が滲み出てくる。死因も不可能と言える所業だ。君は────犯人は人間だと思うかい?」

 純武は少し考える。自分のこの考えはまだ誰にも話してはいない。だが、これは言わば直感。勘と言って良い。井上のような能力では無い。しかし、自分の考えは皆に伝えておいた方が良いかもしれない。あの白い服の女に会ったことがあるのは自分だけなのだ。

「────俺は、人間だと思う」

 話を黙って聞いていた井上と大里、周防の身体が反応したのが分かった。

「俺のあの記憶……あの白い服の女……あいつが犯人だと正直俺は思う。あの女と会った時の感覚──あいつは幽霊じゃない気がする」

 自分には霊感など微塵も無い。そんな自分が、幽霊と会話出来るだろうかというスピリチュアルな理由もあっての考えである。

「良かったよ。ここで意見が割れたらどうしたものか、と思っていたところだ。その女が犯人だという考えにも僕は同感だね。勿論、女の仲間が犯人という可能性は捨てきれないが」

 一が見慣れた爽やかな笑みを復活させていた。

「一も、犯人は幽霊じゃないって考えか?」

「残念ながらね。幽霊の方が僕は面白かったんだけど……色々世の中面白い仮説が多いからね。ひも理論、多次元宇宙(マルチバース)論、世界はVR(バーチャルリアリティー)、実は宇宙人が世の中に溶け込んでるとかね。幽霊と言われる存在が別次元の住人だという話も聞いたことがある。でも、今の材料では僕も人間の仕業に思える。そもそも幽霊ならプライベートの空間だろうが、海外だろうが、夜中でもお構い無しに手を出してくるだろう。少なくとも、僕が幽霊なんて存在だったらそうするよ」

 途中で何かよく分からないことを言っていたが、とりあえず一が犯人人間説を肯定してくれたことは素直に嬉しかった。そこに井上が「だが」と割り込んだ。

「急死時に周りに不審人物がおらず、死因も常軌を逸している。それはどう考える?」

 複雑そうな井上の心境が垣間見える。先日は死因を考えるのは後回し、と井上本人が言っていたはずだ。

 周防の証言で犯人幽霊説が浮上したことで、幽霊が犯人では警察としてもどうしようも無いと、井上の心が挫けそうになっているのでは、と純武は感じていた。自分と一が推している犯人人間説に井上が同調しないのは、井上の心の隙にオカルトの存在感が入り込んでいるからだろう。その能力と正義の心で馬斗矢に接触し、犯人を捕まえることに執念を燃やす刑事が、オカルトの存在のせいで葛藤している。まずは、彼に初めて会った時の刑事に復活して貰わなければならない。一が君が答えろよと純武に笑い掛けるが、それが無くとも自分が言うつもりだった。

「井上さん。急死させた方法は一旦置いておきましょう。この殺害方法が最も難解なんです」

 学校の試験でもそうだが、難しい問題に時間を掛けすぎてもいけない。まずは確実に解ける問題から片付けるべきだ。

「置いて……そうか。そうだったな。何かしらの殺害方法があると仮定すればいいか」

「そうですね。でしたら、そうしましょう。脳を熱傷させることが出来る殺害方法があると仮定します。さっき一も言ったように、犯人が5人の下へ移動します。急死事件が起きました。さて、ここで犯人の目撃情報がありません。そうすると見えてくる可能性がありませんか?」

「ん〜。犯人が加茂田さんとか今永さんとかの所へ移動するんやよね〜。だったら普通に考えて5人に接触しに行ったってことやよね〜?」

「それか、殺害可能な射程距離に入るまで近づく……とか?」

 聖真と菜々子が順番に考えを述べる。

「いいね。殆ど正解だと僕は思うよ」

 2人に一が言葉を掛けると菜々子が驚く。

「そうなの?!」

「ああ。俺も2人の言う通りだと思う。後付け加えると、宮下さんが急死した時の状況が気に掛かる。彼は何かに驚いて倒れたとある。──やって来た白い服の女か他の誰かの姿を見たんじゃないか?」

「ちょっと待て!不審人物は居なかったんだぞ?」

 井上が頭痛を収めようとする様に額に手を当てて言う。

「そこです。そこが重要なんですよ」

 足立は考えることを放棄している感じで純武を急かす。

「分かんねーよ!早く教えてくれよ!」

「大介。純武は自分の考えが正しいかどうか、他の人間が同じ考えに至るかどうか確認しようとしているんだ」

 足立は一に言われるとバツの悪そうな顔で押し黙る。

「つまり……」

 周防が小さく手を挙げて覗き込むように純武に向かって口を開いた。

「つまり、近くか周りに白い服の女か誰かが来ていた……疑われないただの通行人や周りの中に──それだけのことなんじゃ……」

 純武は大きく頷き、一も目を閉じたまま1つ頷いた。井上が立ち上がって両手を握りしめていた。

「そ、そんな自然に──通りすがりや周りに〈居る〉だけで脳を熱傷させるなんてことがっ──」

「出来る。と、仮定すればです」

 純武が落ち着いて下さい、といった口調で井上に向ける。

「この仮説を立証する為に必要なのは、周りに居た人の証言です。もしくは監視カメラの映像。別の場所で同じ女かもしくは共通する別の誰かが確認出来れば、十中八九そいつが犯人でしょう。でも──」

 と純武は言いかけて井上と大里を見る。2人は何かを相談してから皆に聞こえるように伝えた。

「目撃情報は……時間が経ちすぎていて頼りにならない可能性が高い。ただ、2人目の今永美咲と5人目の逢沢宗一郎はそれぞれコンビニと駅のホームの監視カメラ映像が警察内に保管されているはずだから確認は出来るだろう」

「3人目の浅霧さんという方が亡くなられた盛岡駅の周りにも、監視カメラがいくつかあるのでは無いでしょうか?」

「────あるよン!盛岡駅周辺に22ヶ所の監視カメラを発見したよン!」

 瑠璃とチコパフが言うと、大里が「残念だけど」と残念そうにする。

「ああいう監視カメラの保存期間は大体1ヶ月くらいなんだ。岩手県警が防犯カメラの映像を証拠物として保存してなければ、もう消去されているよ」

「でも、警視庁は保存しているんですよね?岩手県警は保存してないのですか?」

「連続急死って世間的に取り出たされ始めたのは4人目の宮下君からなんだ……。今永さんの場合は亡くなった場所がコンビニの前だったから、警察もカメラ映像を接収したんだけど……浅霧さんの場合は……僕等の日頃の経験上、カメラ映像は接収しないだろうね……」

 元々は事件性の無いただの急死扱いだったのだ。2つもカメラ映像があるだけまだ良い方かもしれない。

「実は、宗一郎君のカメラ映像は井上さんと僕で確認したんだ。本当にいきなり倒れて……何かされたようには見えなかったな……周りに女性なんて沢山居るだろうし……」

「周囲の人物全員に目を向けてもう一度確認するぞ。今永美咲のコンビニの映像も手に入れて……犯人を必ず見つけ出す──!」

 その佇まいから初対面の時と同様の圧を感じた。元の井上に戻ったのは明白だ。これで井上に対しての心配は無くなった。

「僕、駅の映像をコピーしてきます!コンビニ映像は井上さんから警視庁から回してくれるよう取り計らって貰えればそれもコピーしてきます!」

 大里が快活に言うと出掛ける準備をしている。井上がここに残り周防を警護するのだろう。

「わかった。警視庁には何が何でも映像を回してもらう。宜しく頼む」

「はい!」

 大里が外に飛び出していき、井上はスマホを耳に当てながら隣の部屋へ移動した。警察の動きはこれで決まった。彼等にしか出来ない捜査だ。純武はここで、兼ねてから疑問に思っていたことを一同に聞く。

「俺、気になってることがあるんやけど、馬斗矢のお兄さんは何でオカルトの研究に走ったんかな?」

 主に馬斗矢の顔を見て言ったが、馬斗矢も首を傾げている。

「分からない……兄ちゃんはそういうことに興味なんて無かったと思うんだけど……。それこそ、周防さんみたいに精神的に参ってたのかもしれない……」

 そう馬斗矢が言うと、一がひょうひょうと事実を伝えた。

「僕が提案したんだよ」

 一斉に視線が一に集中した。馬斗矢がこぼすように言う。

「一君が……?」

「ああ。逢沢さんから『重力と気温の関係』について相談を持ち掛けられていたことは話しただろ?ある時、自然現象の中にそういった類いのものが有るか無いか調べていたみたいだったけど──結局見つからなかったと言っていて落ち込んでいてね。それなら、一度心霊現象とかで調べてみるのも面白いんじゃないですかって言ったんだ。それがまさか本当に……最新のサーモグラフィーカメラや量子型絶対重力計まで使って心霊現場を測定していたなんてね」

 馬斗矢がフラっと立ち上がり一に近づいていく。

(マズい──!)

 反応したのは純武だけでは無かった。聖真と足立も馬斗矢の身体を掴んでいる。

「き、君が兄ちゃんをッ──訳の分からない方にッッ──!!」

「馬斗矢落ち着けよッ!!」

「馬斗っち!それは違うよッ!」

 もの凄い力で一に向かって進もうとする馬斗矢は、3人掛かりで抑えつけるのがやっとだった。

「君が兄ちゃんを殺したようなもんじゃないかぁ──ッッ!!」

 馬斗矢の絶叫が密着する純武の鼓膜を激しく振動させる。それには及ばないまでも、違う種類の大声が後ろから聞こえた。

「それは違いますッッ!!」

 馬斗矢の力が緩み後ろを見る。品の良い大声の正体は瑠璃だった。

「そもそも……自然現象に着目することを提案したのは私です。一さんを責めるのであれば、まず私から責められるべきですッ」

 目を閉じてお祈りをする様に両指を組み、涙を流しながら瑠璃は言った。まるで許しを請うシスターだった。その彼女を菜々子が後ろから両肩に手を添えて馬斗矢に優しく語りかけた。馬斗矢の動きも止まったが、純武も指1つ動かなかった。眼球さえも、菜々子の方向へ向いたまま固定されていた。

「逢沢君。違うよ?瑠璃ちゃんも一君も悪くなんかないよ。お兄さんが望んで意見を求めてたのは知っとるでしょ?だったら2人は悪くなんかない。本当は分かっとるんだよね?溜まってた感情の行き先が分からなくなっちゃっただけやよね?お兄さんが亡くなったばっかりなのに、頑張って前を向いてたから疲れちゃったんやよね?」

 菜々子が目を潤ませながら説く。少しだけ残っていた馬斗矢の力が完全に抜ける。啜り泣く声が純武の真横から聞こえた。直前に大きく振動した鼓膜が、その音で調和されていく感覚を感じた。

「うぅ……ご、ごめんよ……一君……彼方さん……」

 顔を菜々子に向けて馬斗矢は続けた。

「ごめんよ……可世木さん……ありがとう────」

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