第20話 2034年7月23日日曜日②"

 周防は会社に連絡を入れ、2週間の長期休暇を取った。通常であれば長期休暇の申請は3ヶ月前までにしなければならない決まりであったが、警察の井上が電話を代わり周防の身に危険が迫っている可能性が高いと事の重大性を訴えたことで、例外的に申請を受け付けてもらえた。

 周防を連れて愛知県に戻る間に電話で井上が知り合いのアパート経営者に連絡をして、少しの間だけという約束で空き部屋を1つ借りることができた。そこに周防を匿い、井上と大里が見張りをするということになった。井上は周防が生活出来るように必要最低限の生活必需品の買い出しに行くということで、純武はそのまま帰宅した。



 帰宅した時間は16時を過ぎていた。とりあえずは周防が犯人の可能性は否定され、彼女との接触中に犯人と出くわすという最悪の状況にはならなかった。無論、犯人という表現が幽霊だった場合には相応しいかは不明だが。

 帰宅してすぐに純武はシャワーを浴びに風呂場へ向かった。今日1日で外にいた時間はそこまで長くはないが、それでも汗をしこたま掻いている。帰りの車の中で1日の出来事を整理しようとしたが、乾いた汗がベタついていたのが不快で頭が働かなかった。

 シャワーを浴び始めて数秒たってから、純武の思考は動き始めた。今日、周防の口から出た事々を整理していく。

(あの6人はオカルトに興味を持った。でも、逢沢さんだけは違う。周防さんも言っとったけど、興味を持ったというよりは最初からオカルトを研究するつもりやった……そうすると、逢沢さんが何故オカルトを研究対象に選んだのかが分からん。なんか突拍子もないよな。あと、5人の亡くなった順番には意味があるんか?例えば祠を触った順番に急死していったとか。あー、でも調べたのは逢沢さんだけみたいやし……それに急死の時期はバラバラで間が2〜3ヶ月くらい開いとる理由もよく分からん。幽霊の仕業やったら直ぐにでも急死させられそうや。後は俺の記憶だと白い服の女は多分成人女性だったはずやけど、それが幽霊なんか?周防さんが言ってた女の子はたまたまそこに居た地元の子供って可能性が高そうだし……よし、俺が気になったのはこの3つや。1つ目、逢沢さんが何故オカルトに興味を持ったのか。2つ目、急死した順番と期間。3つ目、俺の記憶の白い女は幽霊なのか。まずこれを────いや──待てよ?そもそも6人は郡上市の心霊スポットに行ったんだよな?その心霊スポットの情報を調べれば白い服の女の情報が見つかるんやないか!?)

 シャワーの栓を閉める。風呂場を出てタオルで濡れた身体を手速く拭き、下着とTシャツを着ると急いでスマホを起動させる。

 すると聖真、菜々子、馬斗矢、足立から鬼のように連絡通知が入っていた。周防の話が衝撃的過ぎてスマホを確認することをつい忘れていた。きっと、彼方瑠璃と一・ウェイクフィールドと会って話したことを報告したかったのだ。急いで聖真に電話を掛ける。

「──もしもし?」

「お〜純武〜、遅いよ〜、何やってんのよ〜」

「すまん!ちょっとスマホを見てなくて」

「何してんの〜。まぁいいけど。俺らさ、馬斗っちとあだっちとはグループ通話でお互いの情報は交換済みなんだけど、結構どっちも予想外?」

「予想外?なんだそれ?なんかマズいことでもあったのか?!」

「違う違う〜。収穫は色々あったんだけど……ま、全員で話した方が分かり易いでしょ?」

 スマホにアプリ通知が届く。聖真からのグループ作成の通知だ。これで5人で通話するつもりなのだろう。純武は自分の部屋に向かいながらグループに参加をするために通知をタップした。グループ名が表示されている。名前は〈虹〉。どういう意味なのかと考えながら更にグループ参加アイコンをタップすると、脚の動きを止めた。そこには5人では無く、7人の名前が表示されていた。

 グループ通話を開始すると、接続されているのは聖真と菜々子と馬斗矢だけだった。

 その間に3人から、彼方瑠璃と一・ウェイクフィールドに会って話した内容を伝え聞いた。

彼方瑠璃は高校1年にして次世代AIを開発してしまう天才プログラマーであることを聖真と菜々子から聞き、一・ウェイクフィールドは宗一郎と理論をぶつけ合える程の天才イケメンだと馬斗矢から聞いた。そして、なんとその2人もこの事件の捜査に協力したいと名乗りを上げたというのだ。

 彼方瑠璃の場合は菜々子が勧誘した形ではあったが、本人は協力を自分から言い出すつもりだったと聞いている。こちらの話の流れは納得がいった。しかし、一・ウェイクフィールドが協力を申し出た経緯が馬斗矢の話からはよく理解出来なかった。

 そう純武が思案していると、グループ通話に参加者が増えたことを知らせる通知が表示される。参加者の名前はよく知る学友の名前では無く、一・ウェイクフィールドだった。

「あんまり集まってないね」

 シャワーを浴びた純武は部屋に戻ってクーラーの電源を付けたばかりだ。室温が下がっていないため、若干汗が滲み出てきそうだなと思っていたところに冷感を感じさせる声が聞こえた。日本には夏になると風鈴を吊るす文化があるが、あれは風鈴の音で涼しさを感じる為のものだ。人の声──それも男の声でそれを感じたのだ。これは肝試しで感じた不快な寒気ではなく、真逆のものだ。馬斗矢の言った通りだと純武は思った。

「初めまして。一・ウェイクフィールド君。雅巳純武です」

「あぁ。初めまして。君以外の皆にも言ったんだけど、一でいいよ。敬称も不要だよ」

「わかった。なら俺のことも呼び捨てで呼んでくれ」

 数秒の沈黙の後、一が純武の名を口にした。

「なら純武と呼ぶよ」

「うん」

「それで、僕のことは他の仲間から聞いているかい?」

「大まかには。ただ、少し確認したいんやけど、いいか?」

「勿論だよ」

「馬斗矢から聞いたんだけど、この捜査には命の危険が無い訳じゃない。急死する原因も犯人も分かってない。彼方瑠璃の動機は理にかなってたけど、君はよく分からない。馬斗矢から聞く限り、一が手伝ってくれるなら俺達としても有り難いんだけど──本当にいいのか?」

 小さく笑う声が聞こえる。

「逢沢さんには、毎回わざわざ家まで来てもらって色んな話に付き合ってくれたことを感謝している。その人に対して、最低限何か供養をしてあげられればと思うよ。だけど本当の理由は違う。馬斗矢と大介にも言ったが、僕は知的“好奇心”をくすぐられたんだ。自分でも危険が伴うことは理解している。だけどね──この気持ちは止まらない。逢沢さんが亡くなったのに不謹慎だと思われるかもしれないが、これが本音さ」

 まだ純武には一がどういう人間を知らない。ただの恥ずかしがり屋で、感情的な理由で動いていることを正直に白状出来ない人間なのか。それとも、所謂マッドサイエンティスト的な“好奇心”に身を任せた頭は良いがイカれた人物なのか。

「一は宗一郎さんが何故亡くなったと思う?」

「何故?それはまだ分からないよ。2人から聞いた話だと、死因の脳損傷は熱傷によるもので、純武の幼い頃に会ったという『脳だけ焼く』と言った女性がいる。その女性とは関わりがある可能性は確かに高い。中々言わない台詞だからね。それに、“におい”なんていうトンデモ能力を持つ刑事が言っている全てが連続殺人だという話。現状これだけの話だからね。逢沢さんが殺されたのだとしたら、それを考察する材料が少な過ぎるよ」

「聖真、菜々子」

 2人が返事をする。

「彼方瑠璃には逢沢さん以外の4人の急死の詳細は話したか?」

「いんや〜。そこまではまだ〜」

「うん。情報量が多すぎて……」

 聖真は違うが菜々子が申し訳無さそうに言う。

「いや、その方が良い」

「そうなの?」

 菜々子の声から多少の安堵が伺えた。

「昨日喫茶店で俺達が知った詳細な情報と、今日俺が知った情報を新顔2人に聞いてもらう。その上でどういう考えを持つのかが知りたい。今の俺達の考えを話さずに」

「そうだね。変なバイアスを掛けない方が僕としてもストレートに考えられる。でも、資料は手元にあるのかい?」

「あ……」

 純武は忘れていた。資料は井上が持っている。車の中で例のファイルをシートとセンターコンソールの間に突っ込んでいた光景を思い出した。

「──今は無いようだね」

「すまん……」

「いや。今日は自己紹介だけにしておこう。ほら、君の言う新顔が来たよ」

「えー、初めまして。彼方瑠璃です」

 清楚な声が聞こえた。菜々子の元気あふれる声とは違う。

「初めまして。雅巳純武です」

 純武は聖真から菜々子と一緒に瑠璃と下の名前で呼んでいることを聞くが、いきなり顔も見たことがない女子の名前を呼び捨てには出来ず、菜々子と同じく〈ちゃん〉付けで呼ぶことにした。瑠璃は嫌がることなく了承し、純武のことは雅巳さんと呼ぶと言った。

 純武は敢えて素通りしたが、一が足立のことを大介と呼んでいたことを聞き逃さなかった。名前で呼ばれる足立の顔を想像すると少し可笑しかった。

「それじゃあ宜しく、瑠璃ちゃん」

「こちらこそ。雅巳さん」

「一と瑠璃ちゃんはもう自己紹介は済んだんか?」

「ああ。簡単にだけど、お互いの立場も分かっているはずだよ。でもそのKAIってAIには凄く興味を惹かれる。僕にも会った時に見せてもらえるかい?」

「当然ですよ。私も一さんの感想を聞かせて頂きたいです」

 丁度その時、馬斗矢と足立がグループ通話に参加した。これで7人揃った。

「じゃあ揃ったな。とりあえず詳しい話は明日まとめてする。大分端折るけど、例の周防さんは井上さんと、井上さんの後輩の大里刑事が保護して一宮市内のアパートに匿ってる。明日、そこに集まって今までの話を整理して考えよう」

 一同はそれぞれに了解の意を示す。



 その後、通話を終えた純武はグループ通話前に思いついた内容をスマホで検索する。

(郡上市……心霊スポット……と。出た出た。白い服の女…………ここには無いな。なら他のサイトは…………)

 検索のキーワードを色々変えてみたが郡上市の心霊スポットや心霊現象、心霊写真などに白い服の女性が出たというものは1つも見つからなかった。因みに、心霊スポットや心霊現象にはキャンプ場や川、神社等、沢山の情報が散らばっていたが、純武には正直全て眉唾に思える情報ばかりだった。

(そういえば、瑠璃ちゃんのKAI……名前はチコパフだったっけ?それを使えばありとあらゆる検索方法で情報を引っ張ってこれるかもな)

 ならば、と純武は明日に備えて今日は早めに床に就こうと決めた。周防は大丈夫だろうかと心配したが、あの2人が付いているなら安心しても良い。

 いつの間にか18:30を回っていた。下の階から夕食の匂いがする。〈ぐぅ~〉という腹の音を出してから、純武は自分の部屋を出た。

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