第16話 2034年7月23日日曜日②
「僕の自己紹介は──必要無いかな。それで、逢沢宗一郎さんが亡くなったということの事後調査で、僕に話を聞きたいんだってね」
今回、一・ウェイクフィールドには井上から事件の事後調査に協力して欲しいとの体裁を取っている。担当の刑事と逢沢兄弟とに親交があり、その弟が直接兄の話を聞きたいと言っているので学生がそちらに行く、と伝えてあるのだ。
それを思い出し瞬間遅れて馬斗矢が反応した。そこに足立が続く。
「僕、逢沢馬斗矢って言います」
「お、俺は足立大介」
一・ウェイクフィールドは2人を交互に見ると馬斗矢に視線を固定した。
「逢沢……馬斗矢。君が逢沢さんの弟君かい?」
「そうだよ。えっと、一・ウェイクフィールド君──」
「ちょっと待って。一でいいよ。長くて言い難いだろ?」
少し笑いながら言ってくれたことで、助かる、と2人が息をつく。仕切り直して馬斗矢がもう一度質問する。
「一君は、うちのお兄ちゃんとどういう関係だったの?」
一が一瞬考えて口の端を挙げながら答える。
「関係性で言うと、利害関係者ってところかな。冷たい表現に聞こえるかもしれないけど」
聞き慣れない言葉に、馬斗矢が意味を理解出来ずにいる。
「利害関係者ってどういう意味だよ?」
緊張が取れた様子の足立がいつも通りの口調で一に問い返す。
「意味?そのままの意味だけど……そうだね。詳細を話した方が分かりやすいかな」
一は「とりあえずそこに座りなよ」と2人が座れる程度の大きさのソファに着席を促す。
「あれは2年前の今頃だったかな。ネットで量子力学の論文を読み漁っている時に、名大の大学院が出した面白い論文を見つけてね。それが逢沢さんの論文だったんだ」
話をしながら一は机の足下に備え付けられたミニ冷蔵庫から缶コーヒーを3本取り出した。「飲むかい?」と差し出すと2人ともペコッとお辞儀をして受け取った。
「逢沢さんの名前で検索をかけると、ある掲示板に目が止まったんだ。『重力と気温の関係性についての実験を行いたいが、柔軟な発想を持つ学生に意見を聞きたい』とね」
馬斗矢も足立も口の端から液体が漏れそうな感覚を感じていたが、コーヒーの栓はまだ開けていない。睡眠薬を盛られた訳では無かった。
「過去にも似たような話はあったんだけど、逢沢さんの話は実に面白かった」
一が缶コーヒーを開けて口に含む。それを見た馬斗矢と足立は意識を取り戻したように、自分達もコーヒーの栓をプシュッと開けて飲み始める。冷たいコーヒーが2人の火照った内臓を冷やしてくれた。
「掲示板に『僕で良かったら話をさせて下さい』と書き込んだら返信が来てね。それで逢沢さんが会いに来たんだ。10回以上は来てくれたかな。ここで基礎的な分野の質問もしたり、お勧めの論文を紹介してもらったり、逢沢さんの煮詰まっているという研究に僕の発想を話したこともあるし。お互いの知識欲を満たす為の会話をすることが殆どだったからね。だから利害関係者と言ったんだよ」
コーヒーを飲み切り、一がキーボードの横にコトンと缶を置く。そして自嘲気味に言った。
「それでも、僕も話し相手が欲しかったし。逢沢さんには感謝はしてるんだ」
馬斗矢と足立の2人は途中の内容が全く理解出来なかった。この自分達と変わらない歳の少年は、2人に歴然とした知能の差を感じさせた。
「一体、君はいくつなの?」
「歳かい?今年で17 だよ」
「同い年かよッ」
宗一郎からは2年前に中学生と話しをしたと聞いていたので、馬斗矢はやっぱりそうかとは思うが、ここまで知能に差があると惨めにも感じる。
「だけどね」と、一が話の流れをもう一度作るように言った。
「僕と逢沢さんが知り合った年の年末に、逢沢さんがちょっと僕の家庭の問題に口を出してきてね。それからは疎遠になってしまったんだ」
それを聞いた馬斗矢はピンと来た。例のあの言葉が、宗一郎の言葉が頭の中に再生された。
「それ、兄ちゃんから聞いたことかもしれない。『どうして取らないんだ』ってやつかな?」
馬斗矢が視線を一の目に合わせると、真正面からそれを受ける。その目には迷いは一切認められなかった。
「すまないがそれはノーコメントだ。家庭の問題だと言ったろ?僕のこの状況を見て普通の17歳だと思うかい?」
それは馬斗矢も足立も十分に分かっていた。この家の主はさっきの染谷老人のはず。その老人の家の2階に住む天才イケメンハーフ。あの老人と血が繋がっていると言われても2人が信じることは難しい。
一が複雑な家庭の事情があるのは明白だ。馬斗矢は、兄がその触れづらい問題に口を挟んだことが信じられなかった。
「それで……一君は兄ちゃんを恨んでいるの?」
自然に一番聞きたい質問を投げかけた。足立は(上手いッ)と一の死角にある右拳を握った。
「恨む?────あはははッ」
爽やかに笑うとすぐに片手を挙げて謝罪した。
「すまない。お兄さんが亡くなったばかりなのに。そうか。なるほどね」
一は空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、今まで開いていた脚を組み、腕を組んだ。
「事情聴取──という訳かい?」
足立がギクリッとして背筋を正す。
露骨なその反応に、馬斗矢は本気で足立は頼りにならないかもしれないと不安になる。
「沈黙は大概の場合は肯定を意味するんだけど……ま、いいかな。僕は宗一郎さんが亡くなった時、勿論ここに居たよ。大体、事件性は無いってニュースやネット記事では出てたはずだけど?原因不明の急死だって。百歩譲って僕が殺人を犯すとして、その動機が家庭の事情に口を出されたからってのは行き過ぎだとは思わないかい?」
馬斗矢も足立も何も言う言葉が無い。
「でも妙だ。何故、事件性が無いと警察が発表しているのに、刑事から事情聴取目的で僕に連絡があったのか。何故、刑事では無く逢沢さんの弟君とその友達がここに来たのか……」
足立がギクリッとして背筋を正す。
リプレイを見せられたと錯覚した馬斗矢は、足立はもう駄目だと投げやりになって諦めた。
「あの、一君、ごめん!」
もう自分達の立ち回りでは、隠しながら会話を引き出すのは無理だ、と判断した馬斗矢は昨日までの出来事、井上、仲間、5 人の急死者、本当の死因、周防実千、純武の過去、全てを一に話すことにした──。
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