第14話 2034年7月22日土曜日⑤

 足立が「マジかッ!」とガッツポーズする。スマホを持つ手を震わせて馬斗矢が読み上げる。

「加茂田明宏、今永美咲、朝霧寿徳、宮下久留麻──全員あるよ!しかもグループチャットもしてる!」

「み、見せてくれッ」

 井上が馬斗矢の席の後ろに回り込む。

「──てことはよぉ?本当に連続殺人なのか?」

 足立が戸惑って言う。半ば強引に馬斗矢から借りたスマホを必死にスマホをタップ、フリックさせる井上を全員が見守っている。

「本当だ……こりゃ君達お手柄だぞ。まさか死因が同じ人間同士が、実は知り合いだったとはな。しかも5人じゃない──6人だ」

 言いながらスマホのプロフィールを開いて純武達に見せる。

「同じグループチャット内には6人のやり取りがある。だが、この周防実千すおう みちという女性は急死しているという記録は無い……人知れず急死しているという可能性もあるが、この女が雅巳君の記憶の〈白い服を着た女〉の可能性もある!」

 プロフィール画像は集団で撮影された写真が引き伸ばされており、その人が周防実千と分かる。

(この人が白い服の女……?お洒落な格好をしとるけど、女性はメイクをすると年齢が分かりづらくなるからな……)

 少なくとも純武の記憶の女は成人で若めであった。11年経っているとすると広く見積もって20代後半〜30代くらいのはずだ。

「菜々子、この周防実千さんの写真を見て何歳くらいだと思う?」

 まだ純武と聖真が菜々子と知り合ったばかりの頃、休みの日に課題を一緒にしようと一宮駅近くの図書館に集まった。その時の菜々子はメイクをしており、純武は何も言わなかったが大人の雰囲気を感じて不覚にも見惚れてしまった。多分メイクの技術が高いのだろう。そんな菜々子なら、この写真からでも年齢くらい看破出来るのではないかと、純武は期待しながら返事を待った。

「28か29だね」

 自信たっぷりの返しが来た。疑問符も付かない程の圧倒的な自信が、普段と変わらないトーンから感じた。

「随分な自信だね」

 井上が興味津々といった感じで言うと、菜々子はたじたじしながら理由を説明した。

「あ、はい……多分ですけど女子なら分かると思います。これ、この手首のアクセサリー。これMike Coseってブランドで20代半ばから30代前半の人向けなんです。あとこのカバン。それから、このイヤリング。どっちも20代がターゲットで人気の────」

「い、いや、大丈夫だ。分かった。ありがとう」

 その場の男性全員が──というか菜々子以外は男性なので、菜々子以外はちんぷんかんぷんといった顔になる。説明されたところで「そっかー、なるほどねー」とはならない。井上は(男性諸君、すまん)と心の中で言ったが、伝わったのか4人が(構いませんよ)と返事をしたように頷いた。

「と、とりあえず、持ち物から年齢が28、29歳くらいだと推測出来るってことやな」

 純武はもう十分ですありがとうございます、と話を切る。

(菜々子の推測が正しいとなると……11年前は17歳か18歳……うーん。その年齢かもしれないと思うとそう思えてくるな)

「どうだい?」

 井上が純武の思考を読んだように聞く。

「……正直なところ分かりません。15歳でも20歳でもおかしくないと感じます……」

「まぁ……そうだろうな」

 気にするな、という感じで何回も頷くと今度は馬斗矢に顔を向けた。

「それで、この女性からは“におい”を感じますか?」

 純武は井上の感性、“におい”をほぼほぼ信用していた。それは自分の記憶を受け入れてくれたという理由もあるが、他にもある気がした。きっと〈勘〉なのかもしれない。井上は純武の問い掛けに対して、じっとスマホに映る周防の写真を見つめながら言葉を返した。

「感じる。が、犯人だとは感じない」

「犯人だ、と感じることも出来るんですか?」

 スマホから目を離し、純武の方に向きかえる。

「犯人だったら“におい”の強さが違う。“これが犯人のにおい”というのじゃなくて、とりあえず強い“におい”を感じたやつが犯人だったというのが俺の経験だ。それでいくと、雅巳君から感じた“におい”はレベルが違う。なんなら今の時点で一番強く“におい”を感じたのは君の方さ」

 純武から目を切ると今度は馬斗矢に方を向く。

「このスマホから連絡することはできるか?」

「出来ますけど……」

「よし。なら警察として俺が名前を出して周防実千と、後は一・ウェイクフィールドと彼方瑠璃にも連絡を取ろう」

「井上さん」

 提案する井上に純武は声をかけた。

「全員に直接会うんですか?」

 「そうだ」と大きく頷く。

(この流れだと──1つ目は周防実千も急死するか、2つ目は周防が白い女で犯人であるか、3つ目は犯人と関係があるか、の可能性が考えられるよな。でも“におい”を信用するなら1つ目。コンタクトを取らんといかんけど、2つ目と3つ目の場合は危険じゃないか?“におい”を信用はしたいけど絶対じゃない。1つ目の可能性の場合、6人が殺される心当たりを何としても急死する前に周防実千から聞き出さんといかん。2つ目と3つ目の場合は──やっぱり事件を嗅ぎつけた人間を放ってはおかないやろ。──急死させられる可能性は否定できない……せめて急死させる方法が分かれば、対応も取れるのに……)

「井上さんの“におい”を信用しない訳じゃないですけど、周防実千と接触するのは危険じゃないですか?」

「ん?────あぁ、そういうことか。それなら大丈夫だ。ここまで徹底的に事件性の無い急死で片付けてこられたんだ。ここで話を聞きに来た刑事を殺す方が自分の首を絞める。余程のバカなら考えもせずやりそうなもんだが、きっとこの周防も優秀な頭脳の持ち主だろう」

(なるほど。あの5人の経歴を考えればそう推測が出来るんか。推理は得意じゃないって言っとったけど、全然そんなこと無いやん)

「てことはよ?疑わしい奴にはこっちから先に会いに行った方が有利ってことか?」

 足立が誰に聞くわけでもなく言った。

「そういう考え方も出来るな。それが刑事じゃなくても、『俺達は急死の件であなたに話を聞きに来きに行きましたよ』と匂わせておけば、刑事が聞きに来たことと同じくらいの効果が出る」

 純武が言うと4人の友人達はホッとした表情を見せる。そうであれば自分達も比較的安全に行動しやすいと考えたのだろう。その様子を見て井上が空気を締めた。

「だが絶対じゃない。切羽詰まれば何をするか分からない。だから──」

 井上が間を取った後、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

「周防実千については俺に任せてくれ」

 危険性が高いのはやはり周防実千だろう。すでに亡くなっているならまだしも……生きていて且つ犯人じゃないとして、会いに行った時に今まさに犯人と対峙していたら……考え無しにこちらを狙ってきてもおかしくない。いくら“におい”に自信があっても子供達に危害が加わる可能性は排除しておきたいのだろう。しかし、純武は悠然と手を挙げた。

「俺も……井上さんと行かせて下さい」

 その言葉に、即時に菜々子と聖真が止めに入った。

「ちょっ、純武ッ!危ないよッ!」

「そうだぜ〜?!何で純武が命張んなきゃあかんの?!」

「…………」

 黙ったままの純武は、記憶を何度も振り返ったことで感じたことを皆に吐露した。

「実はさ、馬斗矢には何て言ったらいいのかわかんないんやけど……この連続急死の原因?というかきっかけというか責任というか……それが俺にあるんやないかってどうしてか思うんや」

「はぁ?!何で純武に責任があんのよ!」

 菜々子がすかさず言うが、純武はゆっくり首を振る。

「そう……よく分からんけど感じるんや。だからこそ知りたいんや────」

 馬斗矢が困り顔で純武の話を聞いている。

「兎に角、俺は井上さんに付いて行く」

「──いいのか?」

「はい。俺なら周防実千が白い服の女かどうか分かるかもしれませんし」

 菜々子が説得しようと席を立つが、聖真が手を横に広げて止める。

「菜々っち。無駄だよ」

 聖真の顔からは諦めの色を認めた。長年の幼馴染が諦めるのだ。悔しさと無力さを感じ、ドスッと音を立ててソファに尻を落とす。数秒の間俯いていたが、いきなり顔を上げ、声を上げた。

「──ならッ!逢沢君と足立君は一・ウェイクフィールドに!私と聖真は彼方瑠璃に会いに行って話を聞く!いいよねッ?!」

 急に割り振られた馬斗矢と足立があたふたとしている。足立が何かを言おうとしたが、菜々子の眼力に負けて萎れた花の様になった。聖真も何かを言いたげだったが、それは純武に向けてのものであったことは本人は気付かなかった。

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