第11話 2034年7月22日土曜日②
昔ながらというのはこういう店のことなのだろうと、純武は5人で入った店内を見渡す。
6人掛けのL字ソファにぴったり合う大きめのテーブルには、各々が注文したドリンクがすでに並んでいる。赤いフカフカのファブリックソファに黄ばんだ白い壁紙、その壁に並んだ手書きのメニュー表。店員は老年の男女2人だけで厨房にいる男がオーナーだろう。夫婦で経営しているみたいだ。店内は5人以外にテーブル席の1組の老夫婦だけであった。
純武の読み通り、こういう店には人はあまり入らない。特に若者は入ってこないだろう。老人であればSNSをしている可能性は低いので、あまり人に聞かれたくない話題をするには格好の場だ。
「しっかし〜、まだこんな喫茶店があるんやね〜!」
聖真が嬉しそうに言うが、菜々子も同じく目を輝かせている。全員の服装は私服である。予報では最高気温40℃と今年最高になるらしいので、揃えた訳でもないのに菜々子以外は半袖と半ズボン、足立はキャップ帽を斜めに被っていた。菜々子はノースリーブの水色のワンピース姿で、横に黒い日傘を置いている。
「ね!何か心が温まる感じ。外はすっごい暑いのに!」
「津島だと割とまだこんな雰囲気の喫茶店いっぱいあるぜ?なぁ?」
「あ、うん。確かにこっちはお洒落な店が多いなって思った」
駅周辺には至る所に喫茶店があったが、言い出しっぺの純武がこの店に入ることを決めた。菜々子は一宮駅の近くに住んでいるが、この店には初めて来た。
「井上さんが来たら、まず一・ウェイクフィールドと彼方瑠璃の話をするんだよね?」
馬斗矢が全員に向けて尋ねる。前者の名前はほうれい線を誇張させて言い難そうにしていた。
純武は少々聞きづらいが、ここで確かめなければと思っていたことがあった。
「そうやな。でも馬斗矢、お兄さんのことでなんやけど……」
昨日教室で宗一郎のスマホでメッセージの履歴を確認した時に純武が気に掛かったのは、宗一郎のプライベートでやり取りをしている相手が家族だけだったということだ。それ以外は研究所の人間との業務関連、大学時代の研究関連であった。一・ウェイクフィールドと彼方瑠璃のやり取りに関しても研究関連と言えばそうだが、唯一プライベートの内容を含んでいたのは彼方瑠璃くらいだった。
「お兄さんには仲の良い友達とか彼女とか、そういう人間関係は無かったんか?」
聖真の真似事では無いが、純武は出来る限り自然に言葉に後ろめたさを出さないよう心掛けた。馬斗矢は取り立てて嫌そうにもせず答えてくれた。
「うん……僕も気にはしてたけど、昔から友達と遊ぶってことはあんまり無かったよ。昔から僕の遊び相手ばっかりしてくれてたから……」
「そうか。ありがとう」
馬斗矢にとってとても良いお兄さんだったのだろう。少しずつ、逢沢馬斗矢の人物像が純武のイメージの中で形成されていく。
菜々子が私も聞きたい、と大袈裟に手を挙げる。
「お兄さんって一宮に住んでたの?」
馬斗矢の実家は津島市であるが、宗一郎が亡くなったのは早朝の一宮駅であった。馬斗矢以外の全員が失念していた質問だ。
「そうだよ。大学院を卒業してから就職する時に1人暮らしを始めたんだ。一宮だと名古屋にも岐阜にも行きやすいって、一宮駅に近いアパートに引っ越したんだ」
微笑を浮かべて答える。馬斗矢は、宗一郎が家を出てすぐにオンライン狩猟ゲームを始めた。それまでは、兄弟2人で遊べるゲームをしていたので馬斗矢にとってオンラインゲームは必要無かったのだ。
丁度その時、馬斗矢のスマホから着信音が鳴った。
相手は純武の予想通りだった。通話が終了するまで様子を見守った。
「────井上さん、すぐにここへ来るって!」
「本当に純武の言った通りじゃん!」
「流石やのぉ〜」
「すげーな雅巳!」
純武は称賛を浴びたことで、照れながら言う。
「ちょっとした賭けだよ。もし空振りしたら、皆と課題をする時間に当てればいいだろ?」
純武が昨日考えたことは、明日頃に井上という刑事が馬斗矢に会いに来るのではないかということだ。であれば、刑事の所属する一宮警察署の近く、つまり一宮駅周辺の喫茶店で集まっておこうと4人に提案したのだ。もしも連絡が無かった場合に備えて、夏の課題を全員に用意させて。
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