第二章 集う友

第10話 2034年7月22日土曜日①

2034年7月22日土曜日

 人目に付かないように署内の資料室に忍び込んだ井上は、大量の資料を印刷し、それらをファイリングしていく。

 長年付き従ったベテラン刑事は、世の中の多くがデジタル化されていくのもお構いなしの古人で、情報集中は新聞等の紙媒体のみ、連絡は電話のみ、買い物は現金のみであった。恩師の影響を全て受けることは無かったものの、情報を頭に入れて吟味するのは自分にも紙媒体が合っている。

 現在、井上は別件、警察官としてはこちらが本件であるが、市内のスナック店で起きた婦女暴行事件の裏取り調査を担当している。被害にあった女性には同情しているし、女性に暴力を振るったことには憤りを感じる。しかし、井上は早くこちらの資料にかぶりつきたかった。事件後すぐに常連客の中年男性が自首をし、潔く自供をした為、後は供述内容と相違が無いかどうか裏を取るだけとなった。供述内容には信憑性があったし、何よりも“におい”を感じない。そんな仕事よりもこちらの方を優先すべきだ。そういう訳で、裏取り調査は今回組んでいる大里という3年目の刑事に押し付けている。

 他署にいる叩けば埃が雲のように出てくる同期を脅して、各地で起きた急死事件の情報をデータベースから選別してもらった。山梨、東京、岩手、京都、そして愛知。まだ資料を読んではいないが、今のところ5つの急死についての共通点は死因以外は不明である。推理は苦手ではないが得意でもないという自己評価だ。

 そうか、と井上はファイルに資料を挟む手が止まる。

「あの学生から感じたのは────なら、それもやむを得ないか。」

 ズボンの後ろポケットにあるスマホが着信を告げる。大里からだった。

「何だ?」

「何だ?じゃ無いですよー!僕だけに押し付けて!1人なのがバレたら僕も怒られるんですからッ!」

「そうだな。で、そっちの方は終わったか?」

 感情を剥き出しにするが、井上の白けた対応に挙げた拳をただ下ろすしかないと察した大里は、ため息をついて答える。

「終わりましたよ……供述と特に矛盾することはありません」

「よし。ご苦労だった。あと、書類の方も頼んだぞ。今度奢る」

 素早く通話終了アイコンをタップする。その間際、スピーカーから大里の悲鳴が聞こえたが無視した。再びスマホを耳に当てる。呼び出し音が数回鳴って相手が「もしもし」と通話に応じた。

「おはよう。資料が手に入った。俺の勘だが、周りに仲間が居るんじゃないか?」

 相手の声が裏返っている。その時点で「そうです」と言っているようなものだ。

「別に怒りはしない。俺の方も手詰まりでね。学生の柔軟な発想が必要かもしれないと思っていたところなんだ。今何処にいる?」

「すみません……一宮駅の近くの喫茶店です。友達が、ここなら井上さんもすぐ来られるんじゃないかって」

 感心した井上は片方の眉を上げた。やはり“におい”を感じたのは、捜査の助けになる学生が馬斗矢の周りに居るぞ、ということなのかもしれない。

「何処の喫茶店だ?」

 知っている店名を聞くと通話を終える。ファイルを脇に挟むと、資料室のドアを片目で覗ける隙間だけ開け、廊下を確認する。音を立てないようにドアを閉め、井上は馬斗矢達の集う喫茶店へと向かった。

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