第9話 2034年7月21日金曜日④

「それで、馬斗矢は何か捜査を手伝ったんか?」

 一同はニンニクの臭いを漂わせる馬斗矢に.菜々子が常備していたミント味のキシリトールガムを噛ませ、2年2組の教室で思い思いの席に座り話し合うことにした。

「一昨日はお通夜で昨日はお葬式だったから、あんまり動けてないんだ……」

 と、馬斗矢が片手を顔に当てる。

「でも、昨日も井上さんと電話して……夕方頃だったかな?その時は、何でもいいから兄ちゃんの過去の出来事で印象に残っとることは無いか、トラブルや不自然な出来事は無かったかって教えてくれって言われたんだけど、すぐには思い出せなくて。でも、昨日寝る前にいくつか思い当たったんだよね」

「逢沢君は何を思い当たったんかな?」

「2年前……だと思うんだけど、兄ちゃんがまだ大学院に居た頃、凄い中学生を見つけたって大騒ぎしてたんだ」

「2年前ってことは〜、俺達が中学3年生の頃か。時期は覚えとる〜?」

「確か……暑かったのを覚えてるから──夏……そう!夏休みの時だ!」

「2年前かー。中学の時からお前とつるんでりゃ、俺も覚えてたかもしんねーけど……」

「馬斗っちとあだっちは高校から仲良くなったんや〜。んで、その騒ぎってどんな感じ?」

 馬斗矢は記憶を呼び起こそうと目を閉じて集中する。10秒くらいで目を開け、せきを切ったように言葉を連ねた。

「かなり思い出せてきた……!あの夏、兄ちゃんが大学院の研究で行き詰まってるから頭の柔らかい小中学生の意見が欲しいって、ネットの掲示板で募ったって言ってた!それで同じ愛知県内に住んでる2人の中学生が面白い意見をくれたから直接会って話をするって!確か…〈はじめ〉って名前と、んー……。ごめん、もう1人の名前は聞いてない。それで、その子達に会ったら仲良くなったらしくて、その後も何回か会ったりメッセージで連絡を取り合ったりしてたよ!その年の末くらいに、どっちかの子と何かトラブルがあったみたいで……兄ちゃんが言ってたんだよな。『何で取らないんだっ!』って」

「『何で取らないんだ』って何のことなんかな?──資格とか?」

 菜々子が言って「んー」と考える。

「情報が少すぎて今は分からんな……それよりも本人に聞いた方が早い」

「その〈はじめ〉ってのは名前だけか?名字は何つーんだ?」

 「うーん」と再び目を閉じる。人を探すにしても名前だけなのとフルネームなのとでは難易度が数段違う。皆が頼むと念じる中、聖真がまたあっけらかんと馬斗矢に問いかけた。

「馬斗っち、兄ちゃんのスマホとかパソコンとか今どこにあんの〜?」

 聖真に全員の視線が集中する。

 宗一郎のスマホかパソコンにはメッセージのやり取りの履歴があるはずだ。そこから〈はじめ〉という名前を見つけ出せばいい。加えて、2年前の今頃から連絡を取り始めたという情報から、もう1人の名前を聞いていない学生も分かるかもしれない。時期から絞り込めるはずだ。

 純武が馬斗矢の方を見ると、手を前に突き出していた。黒い馬斗矢のスマホとは別の、青いスマホの液晶を正面に向けて、目を大きくひん剥いている。それが何か分かった4人がバッと青いスマホの周りに固まった。馬斗矢がそれを操作するが、パスワード入力の画面が表示された。

「おいおいおいー!」

 頭を抱えて天井を見上げる足立。それに対して座ったままで首を振る。

「ううん。多分これは──」

 独り言をブツブツ言いながらパスキーをタップしていると〈パスワードが違います〉という表示が2、3回出たが、4回目であっさりとロックが解除された。その時、馬斗矢が哀しげに笑った。

「────母さんの誕生日だ」

 手を止めること無く、メッセージアプリを開いて履歴を確認していくその横顔が、純武の目には逞しく映った。

 自分に兄弟は居ないが、もし自分が同じ状況だったらここまで前を向けるだろうか。井上という刑事の言葉の影響なのかもしれないが、純武には馬斗矢の様に振る舞える自信が無かった。

「あった!」

 意識を画面に戻して純武は皆とメッセージの履歴を見る。〈はじめ〉という名前が見つかった。プロフィール画像は白に塗り潰されている。

「これは……はじめ・うぇいくふぃーるど?ハーフなのかな?」

 一・ウェイクフィールド。これが1人目の名前だった。後は、もう1人の学生とのやり取りを、さっきの時期を目安にして探す。

「あった!やっぱり聞いたこと無いな。もう1人の子の名前は彼方瑠璃かなた るり。女の子みたい」

 馬斗矢がタップするとプロフィールアイコンが表れた。菜々子が覗き込むと元気良く言った。

「女の子だね!」

 アイコンは可愛らしいマスコットキャラクターであった。

 女の子の名前だと純武も思ったが、自分達の年代にはジェンダーレスの名前が多いので、絶対とは言い切れない。

「ウェイクフィールドもそうだけど、こっちも珍しい名字やね〜?純武もやけど」

 今まで聖真には何度も言われた。純武は自分の名字が珍しいのだとは、年齢を重ねるうちに感じるようになった。

 覗き込んだ姿勢のままで、菜々子が「彼方」と小さく連呼している。すると馬斗矢の方へ鬼のような速度で首を振った。

「カナタ自動車!!」

 足立はまさかという表情をした。その事よりも、今の振り向く速度で菜々子が首をやってしまったのではないかを心配していた。

 2日前、ニュースでサイバー攻撃の被害にあったと菜々子と話していた時に、カナタ自動車のことが話題に上がったばかりだ。

 もしこの彼方瑠璃がカナタ自動車の関係者であれば、純武は少しではあるが面白い偶然だと思った。

 それを、馬斗矢はあっさり認めた。

「カナタ自動車の会長の孫みたいだよ?」

 「ほら」と宗一郎と彼方瑠璃のメッセージ履歴情報を皆に見せる。文面から、カナタ自動車との関係性が垣間見える。「逢沢さん!この前相談に乗ってもらって改良した次世代AIを祖父に見せたら、会長推薦を出すから新型スパイラルに採用されるかもしれないって言われたんです!」とのやり取りがあった。

 純武は車にあまり興味が無いので良く分からないが、カナタ自動車のスパイラルのCMは見たことがある。

「やっぱり!珍しいからそうやと思ったよー!」

 何が嬉しいのか分からないが妙に喜んでいる菜々子だった。

 純武は、後はこの2人と連絡をとって宗一郎との関係性を調べれば何か情報が得られると思った。それと並行して、純武にはある考えがあった。それを皆に伝えると、一同は純武の考えに同意をした。

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