第5話 2034年7月21日金曜日②

2034年7月21日金曜日(終業式後)

 終業式が終わる。本来であれば、帰りに何処かへ遊びに行こうとか夏休みに校則で禁止されているバイトを隠れてしよう等のコソコソ話をあちこちでしていたであろうが、クラスメイトに起こった問題が皆にそれをさせなかった。

 終業式の最中、純武は馬斗矢が体育館から出ていく姿を目にしたが、先生達は何も言わなかった。式が終わり、教室に帰ってもそこに馬斗矢の姿は無い。

 この間、菜々子が終業式が終われば夏休みと言ったが、その後のホームルームのことは忘れていたなと余計なことを考える。

 荷物が置いてあるのに主が不在の席があっても、溝口先生はそのことには一切触れず、淡々と夏休みの過ごし方などを話すだけだった。

 ホームルームが終わり、担任が教室を出ていくと、入れ替わるようにもう1つのドアから馬斗矢が教室に入ってきた。その姿に純武は何となく違和感を感じたが、その感覚を遮るように菜々子が聖真を連れて純武の席に近づいてきた。

「逢沢君、大丈夫かな?」

 小さく言うが、それが本題では無いことは誰だって分かる。純武はそこで答えることはせず、次の言葉を待った。

「純武、ちょっと……」

 そう廊下の方へ遠慮気味に指を差す。あっちへ来てということなのだろう。菜々子の後ろを見ると、聖真が首を捻っている。

「わかった」

 廊下に移動すると他のクラスの生徒が下校し始めており、ぞろぞろと川のように流れる状態だった。3人は隅の方へ移動し中庭がある窓の方を揃って向く。

「なんだよ?」

「菜々っちどしたの〜?」

 純武と聖真が菜々子に問う。菜々子は聞いている者が居ないかどうか左右を確認し、声のボリュームを2人だけに聞こえるようにして話す。

「この前の一宮駅で亡くなった男の人……テレビでは名前が出とらんかったんだけど、ネットでは名前が出とるところもあってね。名前が────」

 嫌な予感を純武は感じる。それを肯定する言葉が菜々子の口から飛び出す。

逢沢宗一郎あいざわ そういちろうって名前やったの」

 2人は絶句した。純武は眼球を四方八方に転す。ニュースを見ながら両親と、電車内で聖真と菜々子と他人事のように話をしていた光景。推理を楽しむ様に、またそれらを心地良いと感じていたことがカウンターとなって純武の心をえぐる。それに追い打ちをかけるように、馬斗矢の丸くなった背中が頬を張る感覚を錯覚させる。今朝、足立の言葉を聞いた時の菜々子の表情はこれが理由だったのだと、ハの字になった眉毛が思い出された。

「菜々っち、まさか、馬斗矢の……兄ちゃんか?いやいや〜、たまたま名字が一緒ってだけ……でしょ?」

 聖真が菜々子の推測を受け入れたくない、という様に絞り出す。

「──いや。亡くなった日も、同じ可能性が高い……」

 純武の言葉に聖真がしばらく考え、ハッとなる。馬斗矢が休んだ日にちと事件があった日を照らし合わせて気付いたのだろう。

「でも……確実じゃあ、無いだろ〜?」

 聖真がおどけていると、菜々子が心苦しそうにしながら2人に言う。

「年齢が25歳って出とったんだけど……歳が離れすぎかな?」

 純武はとうに誕生日を迎えたが、高校2年は17歳になる学年だ。25歳であるなら8歳差ということになるが、少々離れているもののは珍しくは無い差だろう。話し込んでいると、声量が普通になっていた。マズい、と思い3人は周囲を見るが、廊下の生徒の数は殆どいなくなっていた。揃って軽くため息をつき安堵した束の間、開いたままになっている教室のドアを純武が見る。そこには引き戸のレールを踏み、立っている馬斗矢が居た。

「あ、いや……」

 喉元に何か詰まった、という情けない声が純武から出た。また聖真が、平然と馬斗矢の方を向いて笑いかける。

「よっ!大丈夫──って、んな訳無いよな〜」

 乾いた声でハハッ、と頭に手を当てうつ向くと、聖真独特の軽くもなく重くもない絶妙な空気で切り込んだ。

「聞こえちゃったか?」

 純武は昔から、聖真がヘラヘラしているのは本当の姿では無いのでは、と感じていた。普段はゲームで出てくる“スライム”の様に、周りから向けられる好意や敵意、期待や共感といったあらゆるものを投げつけられても、柔らかい表面で衝撃を和らげて核に届かせない。良く言えば寛容、悪く言えば無関心。しかし、いざという時には相手の心を上手いこと理解し、最善の行動を取ろうとする。“スライム”の例えを補足するなら、普段は無形であり何も通さないが、ここぞという場面では必要な物を透過させて核に届かせ、そこから得た情報を元に身体の形を変える。その姿こそ、本当の聖真なのだと。

 純武は密かに、“考え病”と対比し劣等感を抱いた。

 静かに頷く馬斗矢。それを見て聖真が純武と目で合図を交わし、察した菜々子と共に馬斗矢に歩み寄る。そして、3人の考えていたことが事実であると、彼の口から語られるのであった。

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