第2話 2034年7月20日木曜日

2034年7月20日木曜日

 純武のクラスである2年2組は理系であるため、男子20名、女子8名と圧倒的に男子が多い。男子はそうでもないが、数が少ない女子は団結力が違う。

 女子は、昼食時などはその席に座る男子を追いやり、8人で机をくっつけて即席のダイニングテーブルを形成し女子会が始まる。女子グループでは珍しいが、リーダー各のような存在は見当たらない。以前、聖真が菜々子に女子間でのリーダー各は誰なのか、という質問を投げかけたことがある。すると菜々子は自分がリーダーかなと寂しい胸を張っていたが、純武と聖真はそれは勘違いである一蹴した。そういう訳で、皆対等の立場である平和な女子達なのだろう。

 一方、男子はグループではなく、グループの下位互換に位置する、つるむ関係というのが主体だ。基本的に2人1組でつるみ、たまに共通の趣味や興味を持ったものの話題があると4人ないしは6人でグループの様に固まる。純武と聖真も、映画やドラマ、音楽、ゲーム、アニメ、漫画、小説といった様々なジャンルをきっかけとして、男子達と会話を重ねてきた。そういう訳で、男子達はそれぞれの人柄をある程度ではあるが理解出来ているだろう。

 その中で、純武には気になる男子生徒が1人いた。昨日風邪で欠席していた4人の生徒の内、3人は今日登校してきている。1人は女子で2人は男子、今日も休んでいるのは男子1人だ。つまり、この男子と普段つるんでいる生徒は2日続けて退屈のはずだ。

「よっ足立。相方が居ないと寂しいな」

「ん?なんや雅巳、気を使ってくれんのか?」

 下敷きをうちわ代わりにしてボサボサの髪を揺らす足立大介あだち たいすけが、半笑いの表情を純武に見せる。

「まぁ、そんなとこやね」

「そんなにナイーブに見えんのか俺?」

 オーバーな予備動作からスローモーションでパンチを出してくる足立の右拳を、純武は左の掌で受け止める。直後、ケラケラと2人で笑う。

「またお得意の“考え病”か?」

 クラスメイトの一部は純武の“考えすぎる”癖を“考え病”と呼称する。否定的なニュアンスで無いことは純武自身分かっている。

「ま、明日には復活するっしょ!」

 足立が背伸びをしながら努めて明るく言う。

「連絡は取ってんのか?」

「既読は付いてんだけど返事がねーんだよ。でもあいつ、結構既読無視と言うか既読返信忘れ多いからよ?まぁ、俺の予想じゃ明日には来る!」

 鼻息を荒くする足立を正面に見据えた純武の後ろの方から、痰混じりのゴホゴホッという女子の咳が聞こえた。その女子は昨日まで休んでいた生徒ではなかった。

「……俺達も、気を付けんとあかんな……」

 顔をしかめながら足立は2回小さく頷いた。

 スピーカーからチャイムの音が鳴り、次の科目の先生がガラガラという引き戸を開け入室してくる。純武は手を軽く足立に向けて挙げ、自分の席へ戻っていった。



 下校の道中、菜々子がスマホを見ながらネットニュースの内容を純武と聖真に聞かせてきた。

「うわー、SENYもやられたんだって!」

「ん?菜々っち何の話〜?」

「サイバー攻撃だよ!最近多いんだよ?知らんの?!」

「菜々子、聖真はそこまで社会に興味無いんやから」

「そのと〜り」

 聖真のこの態度で菜々子がヒートアップしそうな雰囲気を察した純武は、すかさず話題を盛り上げようと続けた。

「えーっと、この前はカナタ自動車とオルランド生命保険会社が被害にあったんやっけ?」

 ぱぁっと顔を明るくさせ、菜々子のスマホを握る力が強くなる。

 菜々子の情報収集好きは社会、芸能、スポーツなど様々な分野に渡るが、華の女子高生としては珍しい。普通の女子であれば芸能くらいのものではないだろうか。

「特にカナタ自動車は愛知県を支えてくれてるから心配なんだよね〜。SENYも好きだから腹たっちゃう!何が目的やと思う?やっぱり株取引とかの情報目的かな?それとも、ライバル会社が技術を盗もうとかしとるんかな?」

 スマホを握りしめる手と反対の手を胸の前で交差させて、嬉しそうに純武の方へ顔をやる。

「んー、どうやろ?欲しい情報って千差万別やからなー。推測するのは難しいぞ」

 短髪の軽いくせ毛をくしゃくしゃと触っていると、続けて続けて、というように目の前の女子は目をパチパチとさせる。それを見て菜々子が“考え病”を希望していることを読み取った。「わかったよ」と純武は、自分が思考した内容を言葉にする。これまで読み、聞き、観て得た知識を総動員させる。

「例えばさ、ある自治体で開発話が持ち上がったとする。勿論、建築会社や土木会社に委託するはずやけど、会社は沢山あるやんな?会社としては自分のところが委託先に選ばれればお金になる訳やから、そいつらは担当させて貰うために有利な情報を求める。開発の予算額とか。予算が分かればその金額に収まるか、それよりも安い値段の見積もりが出せるやろ?そうすれば委託してもらい易くなる。今度は不動産会社で考えると、どこで開発が進むのかという情報を知りたい。開発が始まる前にその周辺の土地を押さえられれば価値が上がって儲けられるから」

「なるほど!それだと可能性が絞りきれんって訳やね。後は、このサイバー攻撃をしたのが個人か企業かってのもあるやんね?」

「個人だとしても、何処かの企業とかが依頼して動くって可能性もある」

 電車内のロングシートに3人並んで座り、その真ん中で純武は考える像と似た姿勢をとって呟く。

「正義と悪にも分かれるな……」

「どういうこと?」

 不思議そうに聞く菜々子と、今までの話を聞いていた聖真が純武に目を向ける。

「抜いた情報をどう使うか、っていうことや。自分もしくは自分達が得をするためだけに使うんか、それとも不正やなんかの証拠を掴んで白日の下に晒すために使うんか。どっちにしてもサイバー攻撃は違法やけど…私利私欲を悪とするなら、悪を使って悪を成す。不正を証明することを正義とするなら、悪を使って正義を成す。そんな風にも分けられるんかなって」

 言って、全身がむず痒くなってきたのは、“考え病”に加えて“中二病”っぽい発言をしてしまったせいだろう。菜々子の表情は先程と変わらず、ゆっくり静かに相づちを打っているだけだったが、案の定、反対側の聖真は頬に空気を溜めて、腹筋をピクピクさせていた。

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