虹と焼ける脳

吉木生姜

プロローグ 2034年7月18日火曜日

2034年7月18日火曜日

〈続いてのニュースです。今朝7:30頃、愛知県一宮市の一宮駅構内で20代の男性が倒れるところを発見されました。その場に居合わせた人物が通報し救急隊が駆けつけましたが、すでに息が無く、搬送先の病院で死亡が確認されました。当時は通勤ラッシュ時で、男性が突然倒れるところを大勢の通勤客が目撃しており、周りに怪しい人物は居なかったとのことです。検死の結果でも、外傷や争った形跡も無い為、事件性は無いと警察は発表しています〉

〈また急死……ですか。前回急死があったのが京都、その前は岩手、東京……最初は山梨でしたか。この5件のいずれも、警察は事件性が無いと発表していますが……ということは、恐ろしい話かもしれませんが私達の知らない新たな病気なのでしょうか。それではここで、急死された方に共通する所見について、〇〇大学医学部名誉教授の町田先生に伺いましょう〉

〈はい。私もこの所見については詳細な情報がありませんので、あまり多くは語れないのですが……脳に損傷がみられたと聞いています。特に頭頂葉の損傷が著しいと〉

〈頭頂葉……ですか?〉

〈はい。脳には──厳密には大脳には前頭葉・側頭葉・頭頂葉・後頭葉といった区分分けがあるのですが、そのうちの1つである頭頂葉が大きく損傷していると聞いています。頭部等に外傷が見られていないので、原因は分かりかねますが……例えばシンナーやアルコールは脳細胞を破壊しますし、疾患でもアルツハイマー型認知症は脳細胞の破壊、即ち損傷を起こします。脳の損傷と一言にいっても様々で、脳出血も損傷と言えます。ひょっとしたら、気温差による脳出血ということも考えられます。例えば最近だと気温が40℃を越えることも珍しくないので、20℃の冷房の効いた部屋と外とを出入りすると──〉



 スマホの画面越しにテレビニュースが流れる。その視界の端に、冷やっこを突きながらビールを飲む父親が入る。父親は半袖の白いシャツに短パンといった、いかにも風呂上がりという格好だ。

「急死だってよ。しかも一宮(ここ)で。母さん、知っとる?」

 食器からカチャカチャと音を出して洗い物をする母親が、顎をクイッと動かし答える。

「さっき純武じゅんぶから聞いたのよ。騒ぎが起きとるのを駅で見たんだって」

 父親が自分の方に顔を向けたので、純武はスマホの画面から目を離す。

「登校する時にたまたまね」

「どんな感じやった?」

「いや、登校時間と出勤時間が被っとって人混みなんだでしっかり見れんよ。それに停車した時だけの短時間だし。なんか人がざわざわしてて救急隊の人が来とって……それ位しか分からん」

 父親は肩透かしだったのか小刻みに頷きながら口を尖らせる。

「続く原因不明の急死か……」

「ちょっと調べたけど、連続って言っても去年の夏の終わりからで5人みたいだよ?」

「外傷を伴わずに……脳の損傷か。薬か何かか?」

 純武の言葉が聞えているのかいないのか、何やら物騒な事を言い出す。

「事件性が無いって警察が声明出してるんやから、それは無いでしょ」

 雅巳まさみ家はミステリー好きな一家だ。両親が殺人事件を題材にした小説、ドラマ、映画ばかり観賞していたので、当然の如く息子であるこの雅巳純武まさみ じゅんぶも大のミステリー好きに育った。その影響で、小学校に上がった時くらいから“考え過ぎること”が癖になってしまった。だが、それには良い面と悪い面がある。良い面は、他人の行動の理由や気持ちを知ろうとするので人間関係を無難に構築できること、何かを始める前に万全の準備をするので大きな失敗をしないことだ。悪い面は、身動きが取れなくなることと、視野が狭くなりやすいということだ。

 そんな訳で、今のニュースを聞いても考えよう考えようとしてしまう。それは両親も同じであるみたいだが。

「それじゃ、何かの感染症かしら?」

 濡れた手をタオルで拭きながら、母親は心配しているのか興奮しているのか分からない表情をしている。

「感染症か。可能性が無いとは言えんな」

 ビールが入ったコップを空にした父親に、純武が反論する。

「約1年でたった5人だけの感染症?全然違う地域で?」

 純武が幼稚園児の頃、世界中で感染症が流行った事があった。高校2年になった今でも当時のことはよく覚えている。感染症対策としてマスクをしたり、人との距離を気をつけたり、手洗いとうがいをやたらめったらした記憶がある。そのことを踏まえると、感染症というのは考えにくいのではないか。感染力が極めて低いのか、感染力は強いが発症率が低いということが考えられるが、それもどうなのだろう。過去にあんなことがあったのだ。それこそ感染症の可能性など、すぐに思案して検査をするのでないか。自分の母親程度が思いつくことなのだ。また考え込んでしまったが、結論など出ない。

「あかんあかん。明日も学校だでもう寝るわ」

「……そうか。そろそろ1学期も終わりか?」

 父親は少々残念そうではあるものの、子どもの夜更かしを助長する訳にはいかないのだろう。スパッと話題を切った。

「明後日まで授業で、その次が終業式。22日から夏休み。じゃ、おやすみ」

 両親に声をかけリビングを出て階段を昇る。自分の部屋のドアノブを人差し指と中指の2本で下ろして入る。

 部屋は6畳で、内開きのドアを開けると左側奥に本棚一体の勉強机、手前がクローゼット、右側にベッドといった間取りだ。

 すぐに電気を付けるが、豆電球に調整し直したのでオレンジ色の暗い空間が広がる。ベッドに仰向けになり、スマホを枕元にあるワイヤレス充電器に置く。目を閉じて眠りにつこうとするが、何故か今日のニュースが気になった。まるで既視感にも似た感覚。

 純武は自分の胸のモヤモヤした感覚を鬱陶しがりながら、考えないよう徐々に意識を沈めていった。

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