第5話 擬態人類《シェイプシフター》

「ツイン……」

『ブレイン……?』

 女は先程と同じように頷くと、口調を変えながら話し始めた。

「そう。昔は双頭脳と読んでいたそうだけど、研究が進むにつれてツインブレインと呼ばれるようになったらしいわ」

『はい。海外の研究者が松嶋組に加わってからですね。第二次大戦以降と記憶しています。擬態人類もその頃からシェイプシフターと呼ばれています』

「ちょっと待ってくれ……!」

 痛みは引いたが頭がクラクラする。斗希奈ちゃんが死に、斉藤を殺してしまったことで動転した気持ちはまだ収まっていない。

『……ちゃんと説明してくれ!君は俺がもう一人の俺だって分かるのか?!』

『貴方が中に居るのが分かるのは人格石パーソナルストーンの私だけです。私は又軒杏美またのき あずみと申します』

 女がルームランプの灯りを付けてニット帽を上にずらす。さらりと垂れた長い前髪を掻き上げると、その額に白濁したオレンジ色の石が埋め込まれていた。人格石パーソナルストーンと言ったが、この石が又軒杏美ということなのか。

「私は松嶋翠葉まつしま すいはよ。杏美にする家系、松嶋家の血筋よ。君は?」

「お、俺は敷島英玖汰……」

『同じく、敷島英玖汰……』

「敷島君ね。杏美、私は説明が下手だからお願いするわね」

『仕方がありませんね……では、順番に説明していきます。まず、私達は警察庁公安部直轄の松嶋組の者です。私の主人格の翠葉は、その松嶋組の若頭になります』

『「わ……若頭……?」』

 聞き覚えのあるワードだった。若頭というのは、確かヤクザの役職ではなかったか。この自分と変わらない歳の女性がヤクザで、しかも役職に就いているというのか。しかし、さっき警察庁公安部と言っていたはずだが、組織関係がめちゃくちゃではないだろうか。

「すまない[俺]、主導権を統一しよう。俺に譲ってくれないか?」

『わ、分かった』

 俺の意を[俺]が汲んでくれた。話を聞くにはそうした方が良いと思えたからだ。

「ヤクザが警察とグルになってるってことなのか?」

『そうですね……その話は長くなりますが……まぁいいでしょう。英玖汰さん達の考えているように、松嶋組は極道です。前後の日本は治安が悪く、警察の手に負えない犯罪数でした。そこで、地域の治安を守る為に発足したのが極道という名の自警団です。他の現在の極道、殆どの人達が言うヤクザとは、警察組織が力を付けて不要になった自警団が、我が身可愛さで組織を守る為に落ちぶれたクズの集まりのことです。松嶋組は違います。今も松嶋組は擬態人類シェイプシフターから日本の治安を守るべく警察庁と協力して活動しています。と言っても、警察庁公安部と松嶋組の関係は、警察庁長官も政府も認知していない極秘の関係で、代々の公安部長しかこの関係を知りません。公安部長は隠蔽工作や予算の確保でかなり苦労をしていますが……そこまでは英玖汰さんも聞かなくても宜しいですよね?』

 同じ人物に名字と名前を両方呼ばれるのは違和感があったが、そこに意識を持っていく訳にはいかなかった。

「あぁ……つまり、松嶋組は今も自警団をしている?」

『はい。主に擬態人類シェイプシフターの対応を、ですが。松嶋組の独自の判断で動くこともあれば、警察庁公安部長の指令で動くこともあります』

「それで、その……擬態人類シェイプシフターって何なんだ?斉藤さんがその擬態人類シェイプシフターって奴だったのか?」

『そうです。擬態人類シェイプシフター世界に存在しないはずの存在。私の──英玖汰さんの中の[英玖汰さん]の世界には存在しない人間のことです』

 [俺]が言っていた。俺の知っている斉藤さんを「知らねぇ」と。[俺]の世界に存在しない人間が俺の世界に存在していれば、それが擬態人類シェイプシフターだというのか。

擬態人類シェイプシフターの説明をするには、まず私と英玖汰さんの中の[英玖汰さん]の話をする必要があります。私は──この人格石パーソナルストーンの中に、私の人格が入っています。元々は人間だった私ですが、この世界の人間ではありません。私は別の世界で死に……この石の中に人格だけを宿した元人間です。それに気付いたのが、松嶋組の初代組長松嶋才蔵さいぞうの娘、松嶋詠子えいこでした。この翠葉の曾祖母です。当時日本では鉱山があちこちにあったのですが、詠子はたまたま通りかかった鉱山の中から私の存在を感じたそうで……私の石を見つけて手に取ると、意識を通して私と会話出来ることに気付いたのです』

 松嶋翠葉が額の石を軽く撫でる。俺はその石を見つめてみると、この中に杏美が居るということが信じられなかった。

『私は詠子と話をする中で、この世界が自分の世界とは微妙に違う別の可能性の世界だということが分かりました。向こうの世界でも松嶋組はありましたし、第二次世界大戦もありました。ただ、違ったことは……微妙に人間関係が異なることです。私の知っている世界に居なかった人間がこちらに居る。そして……そういう人間が人を殺すんです』

擬態人類シェイプシフターは……犯罪者予備群ということか?」

『んー……、少し違いますね。擬態人類シェイプシフターが起こす事件と、日本で報道される犯罪とは全く別の事件なんです。日本では年間8万人前後の行方不明者がいることを知っていますか?』

「そんなにいるのか……で、それが擬態人類シェイプシフターの仕業だってことか?」

『そうです。擬態人類シェイプシフターの起こす事件は事件として扱われません。なぜなら────擬態人類シェイプシフターは被害者を吸収するからです』

「吸収……?食べちゃうって……ことか?!」

『まぁ……そんな感じですね。警察は死体が出ないと動かないって知っていますか?』

 刑事ドラマか何かで聞いたことがある。死体が見つからないことには、事件として扱うことが出来ないと。それにしても食べるというのは想像がつかない。擬態人類シェイプシフターがライオンとかワニの様な存在であるならば、食べるというのもまだ理解は出来る。しかし、斉藤さんは人間の形をしていた。確かに骨は無かったが、人間の形をした生き物が人間を食べると言うのは想像するのが難しいと思えた。

「でも……食べるってことは……その……どう食べるんだ?食べる時だけ口が大きくなる、とか……?」

『吸収です。口から食べる行為とは違います。を吸収するんです。擬態人類シェイプシフターは、その吸収したい人間の首、両手首、両足首に自分の印──爪痕や歯型、自身の身体を使った打撲痕を残すことで、その存在を吸収出来るんです。私は何度も見てきましたが、擬態人類シェイプシフターの身体に呑み込まれます。例えると……排水口の水みたいに、ですね』

「な、何の為に擬態人類シェイプシフターはそんな事をするんだ?!」

『自分の存在を存続させる為です。擬態人類シェイプシフターは人間を吸収しなければ消滅してしまうのです。これは、松嶋組の研究チームにより証明されています。擬態人類シェイプシフターを捕獲して監禁しましたが、約1年後、蒸発する様に消滅しました。勿論普通の食事を与えていたにも関わらず』

「きゅ……吸収された人間は?どうなるんだ?」

『肉体的には消滅します。しかし、その容姿、声、服装、持ち物……記憶すら全てがコピーされます。文字通り、その存在を乗っ取るのです。これは調べようが無いので分かりませんが……吸収されてしまった人間は、あちらの世界では何らかの事由で死亡したと考えられます』

「じゃあ……もう一人の俺が斉藤さんを知らなかったのは……」

『恐らく、1年前に亡くなっていたのでしょう。その斉藤の名を語る擬態人類シェイプシフターとは、いつ頃知り合いに?』

「い、1年前くらい……だった……」

 斉藤さんがパートとして満満軒に入ってきたのは、俺が大学1年生の終わりくらいだった。今が春休みであるから、杏美の言う期間とも符合する。要は、擬態人類シェイプシフターは約1年以内の間に誰かを吸収しながら生き長らえているということか。

擬態人類シェイプシフターに寿命みたいのは無いのか?」

 松嶋翠葉の身体が少し考える素振りをすると、左右に首を振った。

『……擬態人類シェイプシフターの存在が確認されたのは、詠子が私の石を見つけてから──第二次大戦中の1943年からです。寿命が80年なのか100年か200年なのかは分かりません。ただ、個人的には人間を吸収し続ける限り、永遠に生き続けると考えています……』

 そこまでは分からないということか。斉藤さんは擬態人類シェイプシフターに殺され、存在を乗っ取られていた。満満軒でパートを始める前に吸収されたのか、パートを始めてから吸収されたのかどちらかという訳か。いや違う。[俺]が斉藤さんを知らないのであれば、満満軒に入る前にすでに擬態人類シェイプシフターだったのだ。

「杏美。そろそろ着くわ。残った説明はまた後で頼んでもいいかしら?」

『分かりました』

 その会話を聞いてフロントガラスの向こうを見ると、昔ながらの大きな日本家屋の門をくぐるところだった。極道のドラマとかで見たことがある光景だ。

 今までの話が全て本当だとしたら、斉藤さんも斗希奈ちゃんも擬態人類シェイプシフターに殺されたということになる。だとしたら、俺は擬態人類シェイプシフターを殺し、すでに仇は討った。そこに一種の達成感を感じたが、言いしれぬモヤモヤした気持ちが──まだ俺の心の中に残っていた。

 

 

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ツイン・ブレイン 〜俺が[俺]をエンチャント〜 吉木生姜 @KG-mt

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