第1話 俺、敷島英玖汰×2

 俺、敷島英玖汰しきしま えくた、大学2年生、20歳。地元を出て大学に進学した俺は、バイト代と親の仕送りで1人暮らしをしている。そういう訳で大学の講義の受講とバイトをする日々を送っている。

 学業はそこそこ。単位は順調に取っているが、今は特に社会に出てやりたい事は無い。強いて言えば公務員にでもなろうかと考えている。

 家賃と小遣いを稼ぐ為のバイト先は、借りているアパートから大学の間にある〈満満軒〉という少し古い中華料理屋だ。この春休みは、出来るだけシフトを入れて稼がねばならない。いや、それだけではない。働きながら斗希奈ちゃんと過ごせるという、一石二鳥の時間を作ることも出来るのだ。


 俺は中峰斗希奈なかみね ときなちゃんのことが好きになった。恋の病に侵された心ここにあらずの俺を見て「当たって砕けろ!」と背中を押してくれた店長の喝により、人生2度目の告白をした。人生1度目はまさかの4股を掛けられる(俺が4人目)という恐ろしい結果に終わったが、斗希奈ちゃんは確実にフリーだ。俺も馬鹿ではない。2度目はしっかりと裏を取った。

 意識が飛びそうになった。あっさりと告白が受け入れられたのだ。なんと、斗希奈ちゃんも俺の事が気になっていると言ってくれた。俺は天にも登る様なテンションをここ1週間持続させ、昨日初めてのデートをした。

 デートは────散々だった。斗希奈ちゃんは「どうしたの?具合でも悪いの?」と普段と違う俺を気遣ってくれたが、嫌われたのでは無いかと気が気じゃない。何せ、1人で突っ込みを入れたり、1人で脚を絡ませて転んだり、飲み物も食べ物もまともに食べられなかったのだ。────そう。全てはこの────[もう1人の俺のせいだ]



『──と、いう訳だ』

「なるほど……」

 デートからアパートに帰って来て、まずやったことは確認だ。この身体と口が勝手に動く原因を知らなければならないからだ。

 どうやら、俺の中に[俺]が入っているらしい。いや、意味は分からない。しかし、[俺]の話には説得力があった。なんでも、俺と違って[俺]は斗希奈ちゃんとのデートの待ち合わせに向かう時に、部屋に財布を忘れたそうで、1本遅いバスに乗ることになったらしい。そのバスが事故にあったらしく、気が付いたら俺の中に居たと。調べてみると[俺]の話の通り、俺が乗ったバスの1本後のバスが大型トラックと事故を起こして炎上するというネットニュースが出ていた。

「帰りのバスに乗ってる時に、そんな事故が起きてるなんて気が付かなかったな……」

『道を変えてたんだろ。あれじゃ通行止めになってるよ』

 地図アプリを開いてみると、確かに普段のバスのルートで通行止めになっている箇所があった。余程の事故だったのだろう。

「つまり……お前はパラレルワールドの俺で……そのバス事故で死んだって事……だよな?」

 [俺]が財布を忘れた世界と俺が財布を忘れなかった世界があって、[俺]はバス事故で死んだ。最近よくある〈異世界転生〉というアニメや漫画があるが、その違う世界の[俺]が俺の世界に転生してきた……いや、これは憑依と言った方が正しいかもしれない。

『やっぱり……俺は死んだんだよな……』

「なんか……お前は[俺]だからな……俺も悔しいな」

 独り言を言うように慰め合う。涙が出てきたが、これはどっちの涙なんだろう。俺か、[俺]か。



 俺の身体ではあるが[俺]に対する同情もある。だが、お互いの意識が共存している以上、ルールを決めた。

 まず1つ目、寝る時は一緒に寝ること。これは、俺が寝ている時に[俺]が身体を活動させてしまうと体力が回復しないからだ。

 2つ目、基本的に身体の主導権は俺が持つこと。[俺]に同情はしているが、あくまでもこの世界もこの身体も俺のだ。だから、[俺]に主導権を渡すのは俺が許可した時だけにしてもらう。

 やはり[俺]は俺だからか、聞き入れが良かった。それとも、俺の中に入ってしまった事に対しての罪悪感があるのかもしれない。もし、俺が[俺]の立場でも……[俺]の身体の中に入ったことに罪悪感を覚えるだろう。

『なぁ、頭の中で考えたことは共有出来ないのかな?』

「あー、なるほど。口は1つしか無いしな。やってみようか」



 結論を言うと、意識の共有は出来なかった。口も身体も1つだが、思考は2人同時に行える様である。

「──だったら……申し訳無いけど……人前では出来るだけ喋らないで貰えるか?身体の主導権を渡した時は、俺も黙ってるからさ」

『そうだな。気を付けるよ』

 ただし、緊急で喋る必要がある場合は左耳を触るという動作をサインとして、どちらに主導権があるとしてもその動作だけはお互いに常時許可するということになった。


 その後は、お互いが身体の主導権を持った時に、意識をどうすればお互いの動作を邪魔しないように出来るかを確認した。結果、全身の力を抜くようなベッドに横になる様な感覚をしていると主導権側の動きに、呼吸も含めて干渉しない事が分かった。大発見だったのは、片方が目を閉じてベッドに横になる感覚を持つと、視覚の主導権も渡せるみたいだった。しかも、視覚情報は両方に入る。目を閉じて発声だけすれば口以外の動作にも影響は無いみたいだった。なので、基本的に[俺]には目を閉じてベッドで横になっていて貰って、俺が[俺]に主導権を渡す時は、今度は俺が同じことをすれば良いということだ。



「大体分かってきたな」

『そうだな。これでお前の邪魔をしなくて済む』

 先のデートでは原因が分からなかったので確かに邪魔だったが、原因が分かった今となっては[俺]は俺自身と変わりはないので、「邪魔」という言葉は訂正したかった。

「邪魔だなんて思えないな。お前は[俺]じゃないか」

『でも……この世界は俺の世界じゃないんだぞ?今話してる、この口も舌も身体全て……』

「……父さんがいつも言ってるだろ?物事には必ず縁と意味があるって。だから……きっとお前が俺に入ってきたのも、何か理由があるんじゃないか?」

 その後、俺の口は動かなかった。共有出来ない意識の中で[俺]は今、何を思っているんだろうか。

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