ツイン・ブレイン 〜俺が[俺]をエンチャント〜
吉木生姜
プロローグ
横転したバスからは炎が上がり、周りにはガソリンの臭いが漂っている。時間は19時前頃だろう。この時期はもうかなり暗い。でも時間の割には車通りが全く無い。炎が上がっているからどの車も動けないのかもしれない。炎が立てる音がハッキリ聞こえる程、静かに感じる。
予定していた時間のバスに乗り遅れたからこんな目にあったのか。もし、時間通りに乗れていたらこんな事故に巻き込まれずに済んだはずだ。何で俺は財布をアパートに忘れてきた。普通、絶対に持って行くものだろうに。
バスから放り出されてうつ伏せになる俺は、右頬をアスファルトにくっつけている。眼球から入る情報は世界を90度回転させたままだが、どうすることも出来ない。こうやって頭の中で考えることは出来るが、指一本すら身体を動かせないのだ。
「あ……」
俺の記憶だ。頭の中で記憶が切り抜き動画の様に切り替わる。幼稚園の時に風邪を引いて、病院の待合室で母さんに膝枕をして貰った。小学生の時に買って貰ったグローブで、初めて父さんとキャッチボールをした。中学生の時に友達と夜中の公園で、ブラインド缶蹴りなる夜遊びをした。高校生の時に初めて出来た彼女、皆に自慢出来る程の容姿の彼女は4股をしていた。これはつい最近、バイト先の中華料理屋で知り合った1個下の
しばらく経つと、救急車らしきサイレンの音が聞こえてきた。俺は助かるだろうか。これから斗希奈ちゃんとの初めてのデートなんだ。只でさえ遅刻しそうなのに勘弁してくれ。視界の端から赤い光が見えたり消えたりを繰り返している。でも、それから何も起こらない。誰も来ない。救急隊員が来るんじゃないのか。僅かでも良い。数cmで良いから首を動かせ。赤い光を放つ物を視界に捉えろ。
赤い光が見えない。炎の音も感じない。感じるのは下から突き上げるような振動と、エンジンの音。
『────あれ?』
バスの車内だった。前の席に座っていたはずの、鬱陶しいくらいイチャイチャしたカップルが居ない。通路を挟んで隣に座っていたはずの、アニメのグッズを大量にマイバッグに突っ込んでいたキモヲタが居ない。
それに、外はまだ夕方だった。
「え?」
『は?』
勝手に口が動いた。それだけではない。声も勝手に出てくる。
「何だこ──」
『おいおい何だ、こ─』
口と声だけじゃない。身体も勝手に動く。自分の思った動きと違う動きをする。腕時計を見ようとしたのに──出来ない。頭を触る──のも出来ない!
(何で、この、動けっ──ちょ────)
少し動くと何かに抵抗される。素直に身体が関節が筋肉が動かない。
だから、俺は心の中で叫ぶ。
(どうなってんだ──────ッ!!)
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