31.裁定
「見られてると、話しづらいでしょう?【
銀髪の彼女はそう呟き、彼と自身を囲うように、そして英雄達と彼の間を隔てるように火の壁を作り出した。
燃え盛る円の中、彼と対峙する彼女の目には喜びがあった。まるで長年来の親友、もっと言えば家族に会ったかのようなその感情。
しかし彼は無感情な瞳で彼女を見た。
「本当に、久しぶり。
「ならばまずはその喋り方を改めろ。不快だ。吐き気がするんだよ」
「……あっそ。なら、改めまして。久しぶり、元気してた?」
口元に笑みを浮かべた彼女。彼は躊躇なく右手を構えた。
「【
「【
不意打ちに彼が打ち込んだ掌底を、彼女は水を纏う掌底で受け止めた。
踏み込んだ彼の掌底と、受け止めた彼女の掌底。当然、威力として上回ったのは彼の一撃。しかし、その威力は水の膜によって分散し、十分な威力を発揮することはなかった。
「……私、お話ししようと思っただけなのに。まあでも、やりたいなら、やろうか。【
「【
火を纏う拳を舞うように繰り出す彼女と、手の皮膚が焼けるのも構わず捌く彼。数回繰り返し、彼女は唐突に攻撃を止めた。力を抜いた両手から火が消えた。
「ねえ、昔を思い出すね。ずっと、昔」
「何が目的だ」
彼女の言葉を彼は取り合わない。殺意の込められた彼の視線が彼女に向けられた。
「目的なんて無いよ」
呆気なく言う彼女。
しかし、彼は問い詰めるように言葉を続けた。
「以前お前と会ったのは数百年前だ。それも、お前が一方的に俺を邪魔した。……今回は何のために現れた」
「……うーん、そうだね。強いて言うなら」
うん、と一人で頷いて彼女は答えた。
「会いたかったから、かな?」
右頬に手を当て、うっとりと微笑む彼女に。彼は、淡々と右の拳を構えた。
「殺すぞ?」
「それでも良いんだけどね。別に私は嘘をついてないよ」
「……どういう意味だ?」
「私、気づいたの」
純粋なる愛情。そして、愛情に隠れた憎悪。
二つの相反する感情を合わせた笑顔。頬を薄桃色に染め、蕩けたような瞳で彼女は彼を見た。
「追いかけてばかりだな、って。もっと早く気付けば良かった。どこにいるかも分からない貴方を探すよりも、私の存在を示して探してもらう方が確実だ、って」
「……」
「勿論、貴方が来ない可能性だってあった。でも、貴方は来てくれた。世界の異常を察知して、均衡を保つために、この世界にわざわざ訪れた。……それに、気づいていたんでしょう?私が【剣聖】達に協力してるって」
彼は、溜め息を吐いた。
「ああ。……お前以外の可能性もあったがな」
「うんうん、やっぱりそうでないとね」
「つまり、お前の目的は終わったのか」
なら、と彼は続けた。
「何故お前は未だこの世界に留まっている」
彼がこの世界に来た。
その目的は果たされたはずなのに、彼女はこの世界に止まっていた。
その理由は、
「だから言ったでしょう?貴方に会いたかったの」
単なる、感情論だった。
「……お前馬鹿か」
「だから、そろそろ私次の場所に行くことにする。精霊を無事に取り戻したら、次はどの世界に来るのか。決まってるよね?私は先に行ってるから追いかけてきてね」
「ふざけるな。お前の言葉に従うつもりはない」
「うん。でもね、均衡が乱れたら、貴方は必ず現れる」
「……だが」
「言いたいことは分かるよ。そんなに簡単に均衡は乱れない。……私が、手を出さなかったら」
彼女は、笑った。
純真な笑みを浮かべていた。
「【剣聖】さんに助言したのは思いつきだった。もちろん、その理想に共感するところがあったのは本当の話。でもね、都合が良かったんだ」
貴方を誘う撒き餌に、丁度良かった。
悪びれもせず、彼女はそう宣った。
【剣聖】の理想に共感した。それは、嘘ではないだろう。しかしながら、本来の目的は彼を誘い出す事であって理想を叶えることではなかった。
彼を誘い出す方法を考えていたところで、【剣聖】の理想を知った彼女は、新たな世界を作る柱として精霊を利用できると教えたに過ぎない。
彼を誘い出せるのであればいい、そう考えて彼女は手段を問わなかった。
「だから、良いんだよ。私に感知される心配があるから全力を抑えるなんて真似をしなくても」
「……相変わらずの思考だな、お前は」
「褒められてる、と考えておくわね。……そろそろ、お別れの時間よ」
燃え上がる火に向かって、彼女は歩いていく。彼は、その後ろ姿を見ているだけだった。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
その姿が火に飲まれる直前。
彼女は言った。
「またね」
その言葉を言い残して彼女は姿を消した。まるで蒸発するように炎の勢いが増し、彼女の姿をかき消した。
彼女の制御から離れた火は、その勢いを増して今度は彼を飲み込もうと広がり始めた。
「……何がまたね、だ。ふざけやがって」
罵倒の言葉を吐き。彼は、右手を伸ばした。
そして、静かに呟く。
この戦いを、終わらせる為の一手を。
ーーー
ーー
ー
炎で隔たれた、外側、すなわち英雄達のいる場所。
【天魔】は、状況を理解できていなかった。それでも、【剣聖】と【護心】を助けるために可能な限り急いで魔術を構築、発動させた。
「……【
二人を治療しながら、しかし彼女は考えていた。
(何故、彼女がここに?)
かつて、この世界を作り出す前、元の世界で知り合った女性。【剣聖】の理想を叶えるために、精霊を【世界の柱】とする方法を彼女は教えてくれた。
だが、【天魔】からすれば怪しさしかなかった。
世界創造、及び安定させる方法。何の対価も無しにその知識を授け、姿を消した。すると今度は彼との戦いに介入し、まるで彼と顔見知りであるかのような会話を目の前で交わした。
何故か、背筋が凍るような気配。
それを感じ取ったのか、【天魔】と【真影】はそれぞれの武器を構えた。
目前で燃え盛る火は衰える事なく。ただただ燃え続けていた。
「……【天魔】」
「分かってる。あの女、消えたわね。……【極藝】、彼の姿が見えたら撃ちなさい。私は二人の回復を最優先にするわ」
「了解した。【錬成】」
「……これ、どうする?」
「彼の刀……よね?一応、武器として持っておきなさい。いざとなれば投げて飛び道具にも出来るでしょうから」
【
何か、分からない何かが。
三人の根源的な恐怖心を露わにさせようとしていたその時。
【剣聖】と【護心】が目を覚ました。
「……そうか。【天魔】、すまな……」
「違うでしょう」
「……ありがとう」
「ええ、それでいいわ」
「旦那、大丈夫か?」
「多分な。……流石に心臓破裂させられたのは初めての経験だな……」
万全に戻った五人の英雄。だが、それは一時の猶予でしかなかった。
突如として燃え盛って広がり出す炎。制限されていたものが解放されたように、天に向けても一気に燃え上がり出した。
揺らぐ火の向こうから、静かに、しかしはっきりと、誰に向けるでもない言葉が、彼の声で響いた。
「【
本能が、それを察知した。
【剣聖】と【護心】は防御の構えを。
【天魔】はすぐに新たな魔術の構築を開始。
【真影】は短剣と彼から奪った刀の投擲姿勢に。
【極藝】は引き金に手をかけた。
「何だ……!?」
炎が消えた。見えるのは、両手で持った長刀を左腰あたりに構えている彼の姿。その手には、目を離せないほどに重苦しい重圧を放つ長刀があった。見た目こそ【真影】が奪った長刀と同じではあるが、比にならないほどの力が込められていることが嫌でも分かるほどに別物。動くことすら出来ない威圧の中。
だが、英雄達は動いた。
「ッ!!」
【極藝】は、真っ先に引き金を引いた。二度、弾かれた砲撃を、さらに強化した状態で。【天魔】は、直感に従い、攻撃魔術のために用意していた魔力を、別の魔術へと変更。【真影】は短剣と彼から奪った長刀を投擲。【剣聖】は長剣を彼の長刀と打ち合おうと構えて。【護心】は、受け流すための姿勢で構えた。
一瞬で戦闘体勢に入った英雄達。
彼は、英雄達の行動を見ていなかった。
見る必要が、無かった。
己の心と、敵の位置。ただそれだけを感じ、長刀を振り抜いた。
「【
その斬撃は、届くはずの無い地平線の先までの、一切を攻撃範囲に収めていた。
【極藝】の弾丸。
【真影】の投擲した短剣と長刀。
受け流そうとした【護心】。
次弾を必死の形相で作り出していた【極藝】。
隠形で姿を消そうとした【真影】。
受け止めようとし、しかし抉られていく【剣聖】の長剣。
魔術を発動させようと、しかしその首に斬撃が食い込んだ【天魔】は、首を落とされる前に魔術を発動させた。
「【ーー】【ーーーー】【ーー】」
聞こえない声。
聞こえていないはずのそれが、聞こえていたように【剣聖】は【天魔】を見た。
首を落とそうとする斬撃に腕を挟んで延命する【天魔】は、微笑んでいた。
自身の末路が分かっているかのように。
「【天………!!」
ゆっくりと、消え去る英雄達に。
【剣聖】は、必死に呼びかけた。
「
必死の呼びかけは、怒りへと転化し。
全てを何の躊躇も無く行う彼へ。
【剣聖】は怒号を上げた。
「やめろおおおぉぉぉ!!!!!!!!!!」
この世界を象徴する都市の城壁。
遥か先に存在する、【牢獄】。
市井。
大通り。
評議会の建物。
都市の人々。
今まで英雄達が築き上げてきたこの世界の象徴の一切を。
彼の斬撃が、呑み込んだ。
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