30.本気の欺瞞

 彼に胸部を斬られ、【天魔】は地面へと倒れ伏した。

 ドサリと地面に落ちる音。各々の位置を共有していた英雄達に動揺が走った。


「【天魔】!?」


 驚く【剣聖】の声。それを合図にしたように、辺りの霧が晴れていく。【天魔】の制御から外れた魔法陣は、輝きを失い、霧散した。

 突然の変化に、英雄達は動きを鈍らせた。彼はその変化によって生じた隙を逃さない。真っ直ぐに、【極藝】に向かって突き進んだ。


「まずはお前だ」

「っ!?舐めんな!!【錬成】!!」


 【極藝】は、彼の接近に合わせて錬金術を発動させた。手にある銃を巻き込むように金属を両手に纏い、本来加速用の電磁機能を強化機能へと変化させ、強化パーツとして腕に纏う。

 まさに剛腕。巨大な金属の腕が現れた。右腕を前に、左腕を後ろに。交差させた、防御の姿勢。

 それを見た彼は、左手を何をするでも無く伸ばした。その瞬間、左手の中に長刀が現れた。評議会の建物内の時と同様、いつの間にか左手に長刀が握られていた。

 右手、左手、それぞれの長刀を同時に左腰あたりに構え、彼は機械の腕へ振り抜いた。


「【双嵩そうこう羅刹らせつ】」


 強力な多重斬撃。

 二振りの長刀のうち、生成した長刀の方がへし折れるほどの反動で放たれたそれは、あまりの威力に、衝撃波が剛腕の防御を貫通し大地を揺らした。

 舞い散るように折れた長刀の破片が宙を舞う。

 防御のために機械の腕を盾にしていた【極藝】。剛腕は、彼の重撃を防ぐ事自体には成功したが、右腕は粉砕、左腕は破砕されていた。

 

「は……!?」


 振り抜いた右腕を、引き戻して彼は再び長刀を構えた。


「【刹那せつな】」


 驚きの言葉を最後に【極藝】は斬られていた。肩から腰へと走る斬撃の軌跡。それをなぞるように赤い液体が傷から吹き出した。

 斬られた【極藝】は、仰向けに倒れていく。その様子に目もくれず、彼は走り出した。

 その先には【護心】の姿があった。自身に向かって迫る彼に、【護心】は構えた。


「次は俺か!」


 自身を鼓舞するように吠え、両手を構える【護心】に対して、彼は無言で構えた。

 息を僅かに吸って、吐く。そして、目を鋭く細めて長刀を振るった。


「ッ!!」


 連続する斬撃が、【護心】を襲った。一撃重視のような立ち回りをしていた相手が、連続した攻撃を繰り出している。そういった刷り込みが少しずつ負傷へと繋がる。

 彼の一撃を防ごうという無意識のうちに考えていた【護心】の思考は一瞬で切り替わる。だが、すぐさま体に反映されるわけではない。既に押されている戦況で、立て直す暇を彼が許すはずもない。

 刃を逸らすように両手を用いて捌く【護心】。しかし完全に捌くことは出来ず、掠る刃が【護心】の皮膚を切り裂いていった。

 その最中、【剣聖】は彼へと突撃した。


「【第一剣・】!!」


 彼に向かって突き進む【剣聖】。その姿を視認した彼は、すぐさま【護心】から距離を離した。

 【天魔】と【極藝】を斬られた事による怒りもあったのだろう。

 【剣聖】は怒りを滲ませた声で怒鳴った。


「【至正】!!」


 長剣による、強力な振り下ろしの一撃。

 彼はそれを受け止めるように長刀を構えた。


「【神楽かぐら】」


 その言葉と共に、彼は【剣聖】の長剣を弾いた。受け流された長剣が地面を抉るが、彼には一切負傷していない。

 体勢を崩した【剣聖】の腹部を彼は蹴り飛ばした。


「ぐぅっ!?」

「しつこい」


 【剣聖】を蹴り飛ばした彼は反動で距離を取り、長刀を掲げるようにして構えた。


「【雨月うつき】」


 狙いの先は【護心】。咄嗟に防御の構えを取った相手に、彼は構えを。【護心】が防御の姿勢に入った、そう確認した瞬間に彼は【護心】に肉薄した。


「しまっ……!!」

「【羅刹らせつ】」


 【護心】が狙いに気づいた時には、彼は目の先まで迫っていた。

 ゼロ距離から放たれる彼の強力な斬撃。両腕の防御諸共叩き伏せるように吹き飛ばした。


 たった数十秒。


 【神秘の夢霧ミスティア】が霧散してから、それだけの時間しか経っていない。その上で、【剣聖】以外の三人は、地面に倒れ伏す結果となった。


「最後はお前だ」


 唯一未だに立っている【剣聖】に、彼は長刀を向けた。後はお前を倒せばそれで終いだと。

 そう宣言する彼へ、【剣聖】は不敵な笑みを見せて長剣を構えた。


「…………どうかな」

「【刹那せつな】」


 彼は一気に一歩、踏み込む。

 【剣聖】の真正面から堂々と、最速で突き進んでいく。奇襲も搦め手も使わない、ただただ単純な斬撃の連続。

 ある意味では【剣聖】にとって最も戦いやすく、ある意味では最も戦いづらい相手だった。


「ぐ………!!」

「【羅刹らせつ連進れんしん】」


 今、二人の間で起こっているのは単純な力比べだ。

 【剣聖】は【天魔】の強化を受け取った上での斬撃の応酬。対して、彼は威力を落とす事なく手数を増やすという、本来あり得ない攻撃を行っていた。

 威力は溜めに応じて伸びる。

 溜めが少なければ威力は落ちる。


 明らかに、彼の剣戟の威力は変化していた。


 威力はそのままに、手数は増える。普通はあり得ない事象。

 だが、その実、彼の攻撃のカラクリは単純な理由で解決できる。


「回転か……!!」


 移動と回転。それが答えだ。

 彼の【羅刹らせつ】は一撃必殺の威力。溜めを作り出し、振り抜き、斬り裂く。

 【羅刹らせつ連進れんしん】は一撃の威力を続けて二撃目、三撃目と繰り返していく。長刀を振り抜き、その速度と威力を保たせたまま回転を加速させ更に移動を加える。

 単純ながら効果は絶大。一撃が多段攻撃に、隙が無くなる。

 どれだけの鍛錬を積んだのか、思わず【剣聖】が胸中で愚痴を吐くほどに正確に彼は斬撃を繰り出した。

 【剣聖】が彼の剣戟を弾こうとも防ごうとも、その動きは止まらない。ただひたすらに高威力の斬撃が長剣にぶつかるだけだった。

 衝撃が地面を削り、ぶつかる金属の音はより激しく。彼の速度は変わらず、一気に戦況は傾き始めた。


「……くそっ!!【第三剣・正連】!!」


 反射的に自身の有利を取り戻そうと技を放つ【剣聖】に、その一瞬を狙っていた、そう言わんばかりに彼は足を止めた。


「【神楽かぐら】」

「ッ!?しまっ……!!」

「【羅刹らせつ】」


 全ての斬撃を受け流し、【剣聖】へと斬り返した。【羅刹らせつ】による、強力な一撃を。

 吹き飛ばした【剣聖】へ、彼は更に長刀を左腰辺りに構えて彼は突き進んだ。


「【刹那せつな】」


 あまりにも、鮮やかな連撃だった。同じ技を何度も放っているからこそ分かる変化。

 【神楽かぐら】で弾き、【羅刹らせつ】で崩して、【刹那せつな】で決める。

 突進と同時にすり抜けるような正確性、威力は変わらず強力に、戦っている相手を出し抜くような一連の斬撃。

 静寂に包まれた場で、彼の背後から僅かに音が鳴る。その方向へと視線を向けた彼は、必死に立ちあがろうとしている【天魔】をその視界に写した。


「……頑丈だな。後衛職の割には、だが」

「…………」


 【天魔】は両手を地面につけて上半身を無理矢理支えていた。

 真っ青な顔に、震えている手足。外傷こそ治っているが、はだけたように裂けた衣服は治る前の傷の深さを物語っている。死人のような青白い顔は、【神秘の夢霧ミスティア】による精神への直接攻撃の効果。胸部への攻撃は心臓に多大な負荷を与え、心不全を起こしかけるという後遺症を残していた。

 立ち上がる事は出来ず、顔を上げるだけで精一杯のその姿。しかしながら、その瞳には力強い意思が見え隠れしていた。

 震える右腕で掲げられた魔法陣が、輝きを増した。


「……ふ…………ぃ…………………ら…………」


 だが、発動はしない。

 ガラスが割れるような音と共に魔法陣が砕け散る。魔力を十分に供給出来ない。さらに集めた魔力を保持出来ない。

 まさに満身創痍の状態の【天魔】を前にして彼は長刀の刺突を放とうと構え、しかし思い直したように構えを解いた。


「……ああ、忘れていた。お前には聞きたいことがあった」


 彼は【天魔】の前まで歩み寄り、そしてその首に刃を突きつけて問うた。


「精霊を、【世界の柱】として扱うという手段。



 ……誰から教えられた?」



 彼の懸念。

 それは、精霊を【世界の柱】として扱うという考え自体、誰から教えられたのか、という部分だった。

 精霊を【世界の柱】とするためには、何らかの手段を用いてまずは現存する世界との繋がりを断つ必要がある。更に、新たな世界の支柱として、役割を与える必要がある。

 前者、世界との繋がりを断ったのが【剣聖】。

 後者、精霊を世界の支柱としたのが【天魔】。

 方法は彼の予想通りであるとして、その方法そのものは誰からの入れ知恵なのか。

 もしくは、【天魔】の発想か。

 【天魔】の返答を聞いた彼は確信した。


「な……んの………は……な、し…………」

「なるほどな」


 【天魔】は、プライドの高い女だ。誰から教えられた、と問われた時、【天魔】自身が考えたのであれば、自分が考え出した、そう自信満々に言うだろう。

 だが、他者からの入れ知恵であれば答えは変わる。話を誤魔化す、無視する、どちらか。

 その返答は暗躍する存在が居る事の証明そのもの。その事実に忌々しげに顔を歪めて、彼は長刀を振り上げた。


「ご苦労。死ね」

「…………」


 振り下ろされる金属の刃を前に。

 【天魔】は笑みを浮かべて見せた。


「……死ぬわけないでしょう」


 重い音が鳴った。

 肉を貫き、骨を抉る金属の音。その音は、彼の右腕から聞こえた。


「……!?」


 二の腕。

 そこから金属の刃が僅かに見えていた。外側から貫き、内側まで貫通して止まったそれは、装飾の無い、黒い刀身を持つ短剣。

 彼の右腕から力が失われる。糸が切れた操り人形の腕のように、右手に握っていた長刀が滑り落ちていった。


「【真影】…………!!」


 初めて彼の顔が歪んだ。右後方にいた【真影】を狙った彼は左の裏拳をすぐさま放つが、命中する前に再び【真影】は姿を消した。丁寧にその短剣を彼の腕から引き抜いた上で。

 奇襲にも、強化された【剣聖】の斬撃にも動じなかった彼が顔を歪める。それほどまでに【真影】は意識から外れた存在となっていた、ということ。

 それこそ、心臓や脳を狙われていれば彼は反応できただろう。【真影】の四肢を狙うその判断が奇襲の成功へと繋がった。

 彼の意識が外れたその一瞬を狙い、【天魔】は密かに練っていた魔力を一気に魔法陣へと注ぎ込み、怒鳴った。


「【治癒の雫フィーラ】アァッ!!!!」


 【剣聖】、【護心】、【極藝】。三名の足元に魔法陣が展開され、その体の負傷を全て癒し、意識が叩き起こされた。


「……厄介な」


 呟き一つ。右手を伸ばそうとした彼は、違和感に気づいた。

 右腕に残る刺された痕。そこから、紫色の線が右腕を伝って肩まで伸びていた。ただの装飾や見た目の変化だけでは無い。

 右肩から動かすことが出来ず、更に言えば傷が再生しない。見えない何かが完全に固めてしまっているような、そんな感覚。

 つまり、彼の右腕は今は治らず、動かせない。

 咄嗟に左腕を伸ばす彼の視線の先。


 地面にあった長刀が彼の視界から消えた。


 掠め取るように、【真影】が彼の前から奪い去って行った。

 消えた、いや、奪われた。

 そう認識した瞬間に、彼の顔は歪んだ。


「返せっ!!!!!!」


 彼の口から怒号が放たれる。

 視線は【真影】を射殺さんばかりに細められ、左の拳は血管が浮き出るほどに握りしめられている。

 左の拳を【真影】へと狙いを定めて突進した彼。

 突き進む彼の前に二人の人物が割り込んだ。


「させるかよ……!!」

「【第一剣・至正】!!」

「天ちゃんは任せて!!」


 【天魔】の元に走る【極藝】。

 対して彼と【真影】の間に割り込むように、【剣聖】が長剣を、【護心】が拳を構える。怒りで我を失い、隙だらけのはずの彼を見た【護心】は。


(っ!?まずい……!)


 選択を誤った。彼という人間を見誤っていたと気づいた。


 【剣聖】と【護心】が彼と【真影】の間に割り込んで構えた、その瞬間から彼の表情が消えていた。

 それは、長刀を奪われた怒りなど本当は欠片も抱いていないという、彼の本心を一切見抜けていなかったという事だった。

 彼の右腕に残っていた紫の線が消え、傷が再生。そして、動かないはずの右腕を彼は難なく動かした。


「【神楽かぐら】」


 前方にいる二人の英雄からの攻撃を背後へと受け流し、彼は両の掌底を構えた。

 【剣聖】達は、武器が無ければ彼はその技を放つ事が出来ないだろう、と無意識に思い込んでいた。所詮それは思い込みだったのだと。

 彼の両の掌底が、二人の胸部を穿った。


「【羅刹らせつ】」


 衝撃だけが、二人の英雄の体を突き抜けた。衝撃が消え、ゆっくりと前のめりに体勢を崩した二人の英雄。

 彼は、【羅刹らせつ】によって二人の心臓を破裂させた。

 内部破壊に特化させた掌底の一撃は、二人の心臓を衝撃で正確に打ち貫き、爆ぜさせた。


「……え?」


 完全に隙をついたつもりであった【天魔】の呆然とした声を背後に彼は再び拳を構えた。

 崩れ落ちる二人の体。

 その頭部を狙い、打ち出された拳。誰も止められないはずの一撃。

 炎を纏う手が、彼の前へと翳された。



「【火掌かしょう】」



 掌から吹き出すように放たれた、炎の衝撃波が彼を吹き飛ばし全身を焼いた。

 熱を払うように、彼は体を大きく振った。それだけで、火と熱は彼の体から消えて行く。そして、彼は自身に火をつけた張本人へと視線を向けた。


「……やはりお前か」

「ええ、私よ。嬉しいでしょう嬉しくないでしょう嬉しくないでしょう嬉しいでしょう?」


 気づけばそこに居た、その人物。

 女性と分かる体つきと、フードの隙間から見える銀の髪。

 それ以外の一切が分からなかった。


「私はね」


 愛しげ憎々しげに、憎々しげ愛しげに彼に笑いかけた。



「とても嬉しくて苦しくて苦しくて嬉しくて楽しくて悲しくて悲しくて楽しくて愛しくて憎らしくて憎らしい愛しい



 エコーのかかったような、しかし響くのは正反対の言葉。彼女の口から溢れ出る矛盾の言葉が彼へと向けられた。


見つけてくれたね見つかっちゃったね。ううん、見つかっちゃったね見つけてくれたね


 その瞳には、純然たる愛情と殺意を宿していた。

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