29.先の見えない霧

 彼の長刀と【剣聖】の長剣がぶつかり合い、激しい金属音を奏でる。

 衝突は一瞬。すぐさま二人の距離は離れた。


「【護心】、援護を。【天魔】、【極藝】、狙撃だ。【真影】は……」

「もう動ける」

「ならば、いつものように。行くぞ!!」

「了解」

「了解〜」

「分かったわ」

「……了解」


 【天魔】は魔術を構え、【護心】は【剣聖】と共に彼へと向かって行く。【極藝】は距離を置き、【真影】は姿を消した。

 その先、彼は調子を戻すように長刀を一度振り、盾のように前に構えた。英雄達の一挙一動を見逃さない、そう言うように細められた目が、【剣聖】と【護心】に向けられる。

 大きく振り上げられた長剣と、正拳が彼に迫った。


「【第二剣・悪烈】」

「はっ!」


 振り下ろしの斬撃と、正拳による突撃。目を細めた彼は、長刀を振るった。

 まずは、【剣聖】の斬撃。

 振り下ろしの斬撃を右へと振り払うように受け流し、【剣聖】の側を通り抜ける。

 続けて、【護心】の拳。

 左手で受け止め、膝蹴りを【護心】の顔面に叩き込むが、反撃は【護心】の左手で受け止められ、その威力を発揮することなく防御された。

 そして、彼の動きが止まったその瞬間。


「【第五剣・正道】」

「【氷槍アインスピア】」


 【護心】が斜線上に入らない場所から、【天魔】の魔術による狙撃と、【剣聖】の突きが放たれた。彼の位置で交差するように空間を突き進む長剣と氷の槍。

 彼は曲芸師の如く、体を後方に跳ね上げて交差する二つの攻撃を回避した。顔のすぐ側を通過する、冷気を纏う槍と剣の切先。僅かに顔を歪めながら、彼は空中を舞う。

 一回転して距離を離しつつ着地した、彼。

 そこに、【極藝】が仕掛けた。


「【分解】」


 錬金術の過程の一つ、【分解】によって彼の足元の土が砂状に。着地の瞬間であったために、彼は飛び退く間もなくバランスを崩す。

 そこへ、次々に攻撃が迫った。


「【第六剣・悪閃】」

「【雷閃ヴァント】」


 衝撃波を纏う斬撃と、雷の線。不安定な足場、崩れた姿勢。

 彼は、攻撃を受け止めた。

 衝撃波を可能な限り長刀で散らし、雷撃は半分諦めのように左手を突き出して受け止めた。

 当然、彼の体を雷撃が走る。左半身が麻痺し、尚更体勢が崩れ、砂の上に体が倒れた。更なる追撃を、と【剣聖】達は武器を構える。

 追撃が行われる寸前。

 彼は、倒れた体のまま長刀を地面へと叩きつけるように振るった。


「【羅刹らせつ】」


 爆ぜる地面、飛び散る土と砂の混合物。

 その威力で強引に飛んだ彼は、回転する視界の中、器用に地面に立って着地。自身の体についた砂を払う間もなく、英雄達による攻撃が更に彼へと放たれた。


「【第四剣・】!!」

「【錬成】!!」


 長剣を構えて彼の右側面から迫る【剣聖】と、【極藝】の銃による砲撃。【剣聖】は彼の逃げ道を塞ぐように、【極藝】の砲撃は【剣聖】には当たらないように。

 二つの攻撃を、彼は長刀で迎え撃った。


「【神楽かぐら】【雨月うつき】」


 砲撃による弾丸は、【剣聖】の斬撃を弾いた時と同じように右後方へと流すように弾き、その動きで長刀を大きく引いて構える。今、まさに技を構えている【剣聖】に、両手で構えた長刀の刺突を放った。


「ぐっ……!!」


 両手を用いた、高威力の刺突を真正面から受け止めた【剣聖】はバランスを崩す。その隙を逃さず、彼は両手で構えた長刀を高く上げた。


「【……」


 だが、彼の長刀は振り下ろされなかった。

 彼が長刀を構えた、その瞬間を狙い【天魔】が複数の魔術を同時に行使した。


「【減衰スロース】、【裂傷クレェーク】、【隠滅デュアク】、【幻惑光メイラル】」


 彼の周囲に四つの魔法陣が現れ、輝いた。

 始めに彼は、体が重く感じた。水の中で動いているような、異常な重量。続いて、全身に裂傷が走った。頭部四肢胴体問わず、皮膚が裂け、血が吹き出す。痛みを感じた時には視界は暗闇に包まれていた。甘い匂い、焼けた焦げ臭さ、薬品の匂い、虫の羽音、爆発音、叫び声、ガラスの破砕音、理解不能な言葉、圧迫感、混在するはずの無い大量の感覚が彼の五感を支配した。


「弱体化魔術か」


 ただし、彼は呟き一つでそれを破った。

 ガラスの割れるような破砕音。すなわち、魔術が一秒と経たずに効力を失い、破壊された。

 彼の体に走った裂傷も、瞬き一つの時間で完全に再生した。

 仕方ないか、そう言い出しそうな表情を見せた三人の英雄達とは裏腹に【天魔】は驚愕していた。

 

「……信じられない。【嵐奏(ウィンド)】」


 その一言と共に放たれるのは複数の風の玉。

 吹き飛ばす事を目的とした、しかしそれでも圧倒的な破壊力を秘めている魔術の弾丸。

 それを察したかのように彼は英雄達から大きく距離を離して長刀を体の前面に構えた。

 そのやり取りを最後に、双方は膠着状態に陥った。彼からは仕掛ける事なく、英雄達はあからさまな『待ち』の姿勢に警戒し、攻め手に悩む。

 この状況に陥ったのは、単に彼としては積極的に攻める必要がないからだ。即死と捕縛さえ躱せば再生によって戦いは続けられる。時間をかけて削り殺す、そういった戦略も可能。

 対して英雄達からすれば彼の狙いは透けて見えてはいるが、下手に攻めれば【神楽(かぐら)】による反撃が、かといって受けに回れば威力の高い斬撃と刺突でジワジワと削り殺される。都市を守るために、逃げるという選択肢は決して取れない。

 緊張感だけが漂う戦場で、時間だけが静かに過ぎていくその最中

 【剣聖】は彼から目を離さないようにしつつ【天魔】と【護心】、【極藝】に声を掛けた。


「……存外、身軽だな、彼は」

「その割に、蹴りは結構な威力してたがな」


 呟く【護心】は左腕に痺れを感じていた。彼の膝蹴りを受け止めた際、その威力は骨が折れるかもしれない、と一瞬思ってしまうほどに強力だった。


「【天魔】、どうだ?」

「弱体化は、あまり効果が無さそうね。【雷閃(ヴァルト)】は一応、人が気絶する威力だし、弱体化の方も下手すれば精神崩壊を起こして廃人になるはず」

「……【天魔】」

「やりすぎ、なんて言わないわよね?殺す気でやり合ってるんだから」

「言うわけないだろう。結界の方は?」

「見ての通りじゃないかしら。近接戦をしている間は、魔術が通ってた」


 とはいえ、と【天魔】は続けた。


「少しの間なら、弱体化は効く。……タイミング合わせるわ。防御は【護心】、貴方に頼むわよ」

「了解した。……だがまあ、強化魔術はかけてくれ。流石に素手で打ち合うのは危なすぎる」

「……それもそうね。【極藝】、貴方は続けて搦手を仕掛け続けて。ついでにチャンスがあれば、砲撃も」

「了〜解」

「構えて。【強化ヴァスト】」


 魔術の光が【剣聖】と【護心】を包んだ。その様子を眺めていた彼は、さて、と言うように長刀を肩に担いで見せた。


「作戦会議は終わったか?」

「……余裕綽々って感じで苛つくわね。あれかしら?強者の余裕ってやつ?」

「いや、欠片も無いが」

「【剣聖】、【護心】、時間を稼いで」


 彼の揶揄うような言葉に苛立ちながら。【天魔】は、新たな魔術の構築を始めた。

 今までよりも大きく、強大な魔力の込められた魔法陣が形成されていく。無論、彼とて黙って見ているわけではなかった。


「【……」


 刺突を放つ、しかしその動きはすぐさま止まった。

 明らかに速度の増した【剣聖】と【護心】。その動きに警戒を露わにし、彼は長刀を構え直した。


「【神楽かぐら】」

「【第一剣・】」


 振り下ろしを受け流そうと彼は長刀を構えていた。受け止め、威力を自分から逸らす。何度も行っている動作。

 だが、【剣聖】の長剣を彼は受け止め切れなかった。

 受け流そうとした威力は逸らせない。振り下ろされる刃は完全には軌道を逸らされない。

 彼の、右肩へと食い込んだ。


「【至正】!!」


 【剣聖】の声と共に振り下ろされた刃が、彼の右肩から脇腹へと斬り裂く。激しく血を吹き出し、彼は仰け反った。

 しかし、彼は完全には斬られていなかった。

 血を吹き出して肉と骨を剥き出しにしながらも、右腕を斬り落とされてはいなかった。


「……ちッ」

「舌打ちしてる場合かよ!!」

「ッ!?速い……!!」


 【剣聖】の後退と合わせて彼へと突撃する【護心】。

 その動きは、【剣聖】と同様先ほどまでとは一線を画す速度。かろうじてその拳を防いだ彼。激しい殴打の音が鳴り、彼を大きく吹き飛ばした。

 すぐさま立ち上がり、傷を再生した彼の視線の先。両手で魔術を構築し、ついに完成させていた。

 光輝く魔法陣を手に、【天魔】は唱えた。


「【神秘の夢霧ミスティア】」


 輝く魔法陣がその光で辺り一体を照らしていく。【天魔】の発動させた魔術は、ある物を生み出した。辺りに満ちる、不自然なほどに視界を埋める白い霧。

 彼に限らず、この場にいる全員の視界が白に染まっていく。相手の姿が白の霧に呑まれ、景色が呑まれ、そして足元すら朧げになるほど深い霧に包まれていく。

 霧によって白く染まる視界の中、彼は長刀を前方に向け、刃の上に左手を置いて深く息を吸った。


「……」


 静かに息を吐き、彼は目を閉じた。



ーー◆ーー



 【神秘の夢霧ミスティア】。

 ある二つの特性を内包した、特殊な霧を発生させる魔術。

 一つ目の特性は、干渉されない事。ただ振り払おうと、風を発生させようとこの霧は決して影響されない。武器を振り回しても、魔術を乱発しても一切変化しない。

 そして二つ目の特性は、霧の範囲内限定で効果を発揮する。


 精神への、直接攻撃。


 被攻撃者は肉体への損壊のみならず、該当する部位に応じた精神ダメージを負う、危険な魔術。ただし、この点に関しては霧の中にいる全員が影響を受ける。

 さらに加えて、術者は範囲内の事象を把握し、術者の意識が乱されるか、魔術そのものに干渉されるか、どちらかでしか解除されない状態異常系統に属する魔術。

 勿論、【天魔】はその情報を英雄達に魔術によって共有し、彼を包囲するように動いていた。

 【剣聖】と【護心】は彼を両側から挟み込むように。【極藝】は中距離、【天魔】は遠距離に待機していた。

 最初は【天魔】の魔術、【剣聖】と【護心】が一撃加え、距離を取る。そして、【極藝】が回避を援護する。この動きを互いに共有した事を確認し、【天魔】は魔術を構えた。


「……【爆震弾バルカー】」


 まずは、一撃。

 構えた魔術が放たれた。爆撃の威力の秘められた光球。

 霧の中、誰に見られるとでもなく、彼に向かって進んでいく。






「【刹那せつな】」





 誰も油断していなかった。

 だが、その瞬間、確かに彼の攻撃を防ぐ事はできなかった。

 一瞬でその姿は【天魔】の前に現れた。霧を突き破るように、真っ直ぐ、迷いなく。振るわれた長刀の一撃によって、【天魔】の胸部が斬り裂かれた。

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